232.掃除道具入れ


 なんとも緊張感を孕んだ空気の中、春希は柚朱を伴い、敢えて人気の少ない旧校舎の方へと足を向けていた。

 当然ながら資材置き場になっているそんなところに、未提出原稿を回収する先なんてない。

 会話もなく、ただただ歩く。

 時折柚朱から何か探るような視線を受け、どうにも息が詰まりそうになる。

 何か話す取っ掛かりがないかと周囲に見回し、そして手元にある演劇部でもらったパンフレット原稿に目を落とし、ふと疑問の声を零れた。


「……戦国白雪姫?」


 白雪姫はわかる。誰でも知っている童話だ。

 しかし戦国の2文字が付くと、途端にどういう内容なのかわからなくなる。

 春希の呟きを耳にした柚朱は「あら」と声を上げて人差し指を顎に当て、くすりと愉快気に笑う。


「うちの演目よ。舞台は架空の戦国時代、継母との権力闘争に敗れた白雪姫若子が一念発起、我に七難八苦を与えたまえと三日月に誓い、7人の勇士と共に家督を取り戻すため奮闘する話よ。もちろん協力を求める王子様的なイケメン大名も出てくるわ」

「それ、微妙に長宗我部元親と山中鹿之介混じってますよね!? あと王子様な大名が織田信長っぽいんですが!」

「あら正解。詳しいのね?」

「っ! いやその、ゲームとかで……」

「ふふっ、脚本を書いた子もそう言っていたわね。どう、面白そうでしょう?」

「まぁ、それは確かに」


 柚朱の言葉に春希が頷く。

 実際どういう話になるのかあれこれ想像力を働かせると、興味がわいてくる。表情も綻ぶ。

 そんな春希の顔を見た柚朱は、ふと自嘲を零す。


「私じゃこんな演目思いもつかなかったわ。時間もないし、既存の作品でやるしかないって頑なに思っちゃってて」

「……へ?」

「先日、あなたも演目をオリジナルかどうかで揉めているのを見ていたでしょう?」

「えぇ、まぁ」


 同時に春希は彼女が他の部員と折り合いが悪かった場面も目撃したことを思い返し、何とも渋い顔を作る。


「脚本の子がね、完全なオリジナルでなく既存のモノをベースにすれば大丈夫って言って書いてきたのよ。もちろん、それまで停滞して淀んでいた空気を吹き飛ばすくらい、素敵な出来だったわ」


 そう言って柚朱は目を細め、嘆息を1つ。そして、ジッと春希を見つめ、言葉を続ける。


「きっと貴女なら私のように揉めず、上手く状況を纏められたのでしょうね」

「それは……」


 どうだろう、という言葉を呑み込んだ。

 春希は周りの空気を読み、無難にやり過ごすことに長けている。

 確かに表面上は玉虫色の代替案などを上げて落としどころを見つけ、上手く取り繕えるかもしれない。しかし、遺恨を残しそうだ。

 だって春希には、彼らを納得させ呑み込ませるほどの熱や色がないから。

 ただそうした方が自分を良く見せられるという打算があるだけ。

 柚朱はそんな考えが顔に出てしまった春希を見据えたまま、これが本題とばかりに話を切り出す。


最近・・の一輝くんなら、どうまとめるかしら?」

「っ!?」


 最近・・の一輝。

 再び飛び出したその言葉にビクリと肩を震わせ、足を止める。柚朱も足を止め、表情が真剣なものになる。

 秋祭り以来、一輝の雰囲気が変わった。そのことに気付かない彼女ではないだろう。

 そして春希はその理由を知っている。

 しかしそれはおいそれと誰かに言えるようなものじゃない。一輝への恋慕を抱いている柚朱には、ことさらに。

 口を噤み目を逸らし、視線を彷徨わす。

 柚朱はそんな春希を見て意外そうな顔を作った。


「あら? 貴女――」

「やー、悪いね海童くん。こっちの方まで付き合わせちゃって」

「気にしないで。ついでだよ、ついで。それほど手間じゃないしね」

「「っ!?」」


 そこへふいに、背後から渦中の人物とクラスメイトと思しき女子生徒の声が聞こえてきた。

 春希と柚朱は咄嗟に顔を見合わせ頷き合い、適当な空き教室へと身を滑らせる。そして僅かに扉を開けつつ、彼らの様子を窺う。

 一輝は段ボールを抱えていた。中に何が入っているかは分からないが、おどけた調子で軽く揺らし、さほど重くないとアピールしている。女子生徒はそんな一輝に「お、頼りになる!」と言ってくすくすと笑う。

 どうやらこちらの方には何かのついでに資材を取りに来たらしい。

 女子生徒は一輝の少し前を歩きながら、きょろきょろと周囲を探る。


「えぇっと遮光カーテンがあるのは……あの部屋かな?」

「「っ!」」


 春希と柚朱が同時に息を呑む。

 間の悪いことにこの教室に向かってきているようだ。

 サッと教室を見回してみる。

 奥の3分の1ほどに使われていない机と椅子が積み重ねられており、空いたスペースにはカラーコーンや虎ロープ、埃臭い体育マットや長椅子、中身の分からない段ボールがいくつか積み重ねられ、モップや箒といった掃除道具が雑多に壁に立てかけられている。とてもじゃないが、隠れられそうな場所は見当たらない。

 春希がどうしようか狼狽えていると、ふいに柚朱が強引に手を引いた。


「(こっちよ!)」

「(え!?)」


 柚朱は小さな声で囁き、共に掃除道具入れの中へと押し込まれた。

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