228.どういうものが似合うだろう?


 買い出しは渡されたメモに従い、速やかに終わった。

 購入したものはさほど重いわけではないが嵩張るものが多く、皆で手分けして余裕をもって持つ。

 あとは帰るだけだが、皆の興味は他の売り場へと向いていた。

 空気を読んだ伊織が、苦笑しつつ皆に向かって言う。


「後は自由行動にしようか。幸い今日買ったものはすぐには必要ないみたいだし、門が閉まる前に戻ればいいだろ」


 その言葉で歓声が上がり、それぞれ興味の赴くフロアへと去っていく。

 伊織本人も、いそいそとどこかへ向かう。

 隼人も先ほど気になっていたキッチン用品コーナーへと足を向けた。

 そこには鍋やフライパンといった定番のものから、一体何に使うのか見た目からは予想もつかない物珍しい様々なものまでディスプレイされており、気分が高揚してくるのがわかる。


「圧力釜といっても色々種類が……お、このスパイスラック細々としたもの片付けられていいかも。けど、1万円近くはちょっと躊躇うな。こっちのにんにくスライサーはまな板使わなくていいのは便利そうだけど、にんにくのためだけにっていうのは……む、この冷蔵庫用回転台は悩ましいな! 奥に入れたものを引っ張り出すの、いつも苦労するし!」


 興味を引いたものを手に取り、使ってみるところを想像してみる。そんなことが中々に楽しい。

 いくつか気になるものがあったがそれなりに値が張り、生活費用の財布から出すのも躊躇われ、一旦保留する。今度皆と一緒に来て、意見を聞いてもいいかもしれない。そんなことを考えていると、自然と頬も緩む。

 一通りキッチン用品コーナーを堪能した後、他にも何か興味を引くものがないか散策する。

 平日だが店内には手帳を吟味するサラリーマン、工作道具を見繕う職人と思しき男性、手芸や雑貨を見ては談笑する年嵩の女性たちなど、それなりの数の利用客がいた。

 そんな中、制服姿で浮きだった足取りでうろちょろしている姿が散見された。

 店側としても、この時期に尋ねてくる学生というのも珍しいものではないのだろう。

 心なしか店員から店員から向けられる視線は微笑ましい。

 自分もその中の1人だと思うと、苦笑が零れる。

 さて、それはそれとして次はどこを見てみようか?

 そう思って周囲をきょろきょろしていると、見知った後ろ姿が見えた。伊織だ。

 伊織にしては珍しくやけに真剣な様子で、時折唸り声を上げながら何かを真剣に検討しているようだった。

 それがやけに気になった隼人は、反射的に声を掛けた。


「伊織、どうしたんだ?」

「っ!? て、隼人か。ビックリした。ええっと、これは……」

「……指輪?」


 思いもよらないものだった。

 そんなものまで売っているんだという驚きもあるがしかし、あぁと納得するものがあった。

 伊織は少し気恥ずかしそうにしながら、答え合わせのようにその理由を話す。


「まぁ恵麻とも付き合って結構長いし、ほら、文化祭って外部からも色んな奴がやってくるだろう? だからその、ナンパよけにいいというか、いい機会というか」

「なるほどな」

「値段もピンキリだけど、案外手が届かないってわけじゃないし、気になって」

「そっか」


 伊織が不安に思う気持ちがわからないわけでもない。

 隼人がなんとも微笑ましい目を向ければ、伊織はぽりぽりと人差し指で頬を掻き、視線を逸らす。

 アクセサリーを異性に送るというのは非常に大きな意味を持つ。

 その経験がない隼人には特に何か言えることはない。ここにいても伊織の邪魔になるだけだろう。

 隼人は軽く手を上げ「頑張れよ」と言ってその場を離れれば、「おぅ」とという伊織の声を背に受けつつ、周囲を見回してみた。

 指輪以外にも貴金属を扱った様々なデザインのペンダントやイヤリング、ブレスレットといった装飾品がいくつも陳列されている。

 照明を受けて絢爛に輝く様は、まるでケースの中で瞬く星たちのよう。

 きっとこれらは身に付けた者をその光で彩り、より魅力を引き出してくれるのだろう。

 だからふと、それらで飾り立てた身近な少女たちのことを想像してしまった。

 数多の表情や姿を見せる春希なら、どんなものでも自分とアクセサリの良さを十全に引き出すに違いない。さながら色んな顔を見せ、それぞれに魅力がある月のように。

 そのどれもが似合いそうなだけに、苦笑を零す。

 一見線が細く色白な沙紀はしかし、幼い頃から見ている巫女舞だけでなく、転校を機にぶつけてくるようになったまっすぐな言葉から感じられる、しっかりとした芯があり鮮烈な輝きを放つをことを知っている。まるで、太陽のように。

 ならば沙紀には、自らの煌めきに負けないようなものや、その光を更に引き立てるようなものがいいだろう。

 ふと、誕生石コーナーというところが目に入った。

 それを見て春希が3月生まれだということを思い出し、その一画にあるアクアマリンアクセサリのどれが似合うだろうかと眺めつつ、じゃあ沙紀は――と思ったところで、誕生日を知らないことに気付く。

 そんなことも知らないことに愕然とする。自ら相手のことを知ろうとしなければ、つい最近まで春希の誕生日を知らなかったことを思い返す。

 もう過ぎたのだろうか? まだなのだろうか?

 自分の誕生日だけ祝ってもらい、沙紀だけ祝わないというのはないだろう。

 そして知らなかったら、率直に聞けばいいということに思い至る。最近の沙紀を、倣って。

 しかし今度はどんなプレゼントがいいかと気になってきた。

 この間も、月野瀬で風邪をひいて世話になった時のお礼で、散々頭を悩ませていたのも記憶に新しい。

 目の前に広がる装飾品の中には、確かに沙紀に似合うものがあるだろう。

 しかし、女の子にこういったものを送るということは、大きな意味を持つ。

 軽々しく送るようなものではないことが、それがわからないわけじゃない。つい先ほど、伊織が恵麻に指輪を選んでいるのを見ていたから、なおさら。

 しかし、送りたいかどうかと問われれば――


「――ふぅ」


 考えるとドツボに嵌りそうになった隼人は、何かを誤魔化すようにガリガリと頭を掻き、大きな息を吐く。

 するとその時、ぱたぱたと小柄な女子が目の前を通り過ぎる。みなもだ。

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