227.ま、がんばれ
普段なら授業中の時間だが、がやがやと騒がしい非日常的な光景の廊下を、文化祭への期待と高揚感に浮き立って歩く。
すると、ふいに廊下の窓から見えるグラウンドで、何かを言い争う生徒たちの姿が見えた。
察するに、どうやら屋台の位置で揉めているらしい。
彼らは剣呑な空気を振り撒き、他で作業している人たちも遠巻きに見守っている。隼人も渋面を作った。
「……ぁ」
すると、そこへ白泉先輩が何人かと連れ立って颯爽と現れた。その中には春希の姿もある。
白泉先輩は彼らを宥めると共に、てきぱきと指示を出してはメジャーを持った春たちを動かし、あっという間に事態を収拾させていく。
見事な手際だった。思わず一部始終を眺め、ほぅ、とため息を吐いてしまうほどに。
その中でも春希の動きは、指示の意図を的確に汲み取ったのか、一際機敏だった。
舌を巻くほどだ。隼人には真似できないだろう。喜んでいる様子の白泉先輩が、春希を称えるように絡んで頭をわしゃわしゃとさせれば、眉を寄せる。
「どうした、隼人?」
「っ! と悪ぃ、伊織。ちょっとアレを見ててな」
「うん? ……あぁ」
すると、訝しんだ様子の伊織が声を掛けてきた。
どうやらグラウンドの様子を見ている間に、少し集団から遅れていたらしい。その理由を視線で窓の外へと動かし説明すれば、伊織も納得して苦笑する。
その時、校舎の方から白泉先輩の方へ何人かが駆け寄ってきた。
2、3言何かを話すや否や、白泉先輩は春希たちを伴い移動し始める。今度は別のところで、何かまたアクシデントが起きたのだろうか?
「大変そうだな、二階堂さん」
「あぁ、人手が足りないとは聞いているけれど」
「やっぱり、生徒会入るつもりなのかな? 指定校推薦とか奨学金とかで有利になるって話を聞くし。隼人、その辺のこと何か聞いてるか?」
「さぁ、特になにも。それよりも急ごう、はぐれちまってる」
「っと、そうだな」
隼人は胸に渦巻くもやもやとしたものを振り払うように小さく
◇
やってきたのは、学校から2駅ほど離れたところにある、ホームセンターだった。
都会のホームセンターは横ではなく縦に伸びたビルで、洗練された外観をしている。
隼人のよく知るやたら広大で、大規模な駐車場を構え、屋外ではやたら充実した園芸コーナーが特設されているものとはイメージが大きく違い、思わず見上げてぽかんと口を開けてしまう。
そこへ伊織が声を上げた。
「とりあえず、先に買い出し済ませちゃおうぜ」
「あぁ。そういやここへ何を買いにきたんだ?」
「看板用の木材に内装用の布地、それから大きな紙……これってどこで売ってるんだ? 文房具とは違うよな?」
「画材コーナーじゃないか? なかったらお店の人に聞けばいいだろ」
「それもそうか。木材はDIY、布地は服飾、えぇっと近いのは――」
伊織に先導される形で、皆と共にホームセンターへ足を踏み入れる。
内装も田舎の打ちっぱなしのコンクリートや配管剥き出しの天井ではなく、雑貨、手芸、専門家の工具など取り扱うコーナーごとに特色を出したオシャレなポップアップがなされており、目にも楽しくわくわくしてしまう。
それは隼人だけでなく伊織や一緒に来たクラスメイトたちも同じの様で、そわそわと普段は見かけないものを興味津々に見回しては思わず口に上げる。
「うわ、アレってホッチキス!? あんな大きいの見たことないぞ……製本用かぁ。こっちは針の要らないホッチキス!?」
「シルバーアクセサリー自作キット!? なにそれ気になるんですけど!」
「まるまるハロウィン特集フロア、何か参考になるかもだし、あとで行ってみない?」
「業務用圧力釜にノンフライヤー……あ、あの包丁研ぎ器あったら便利かも!」
また、他のクラスや上級生と思しき生徒たちの姿もあった。同じように買い出しに来ているのだろう。彼らも隼人たち同様、売ってるものを物珍しそうにしながら会話に花を咲かす。
それとなく見ていると、やけに男女で盛り上がっている様子が目につく。
いつもはあまり話さない人たちと、普段は上がらない話題は、独自の盛り上がりをみせる。なるほど、この状況は意中の相手と距離を詰める絶好の機会なのかもしれない。
誰も彼もが文化祭の準備という非日常に浮かれていた。
だからクラスメイトの1人は、本来なら言わないようなことを口にした。
「なぁ、霧島って結局、二階堂さんとどうなのさ?」
隼人は、あぁここでもかと苦笑する。
しかしそれだけ春希と特別に思われているのは、悪い気はしない。
「どうも何も、友達だよ」
「そっかー。じゃあ付き合ってるとかじゃないんだ」
「あぁ」
「ならオレ、後夜祭で告ってみよっかなー」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
隼人を置いてけぼりにして、彼を中心にその話題で盛り上がっていく。
「いやいや、お前じゃ無理だろ。あの海童だってフラれてんだぜ?」
「特に仲が良いとか、そういうのでもないんだろ?」
「でもさ、言わなきゃ可能性はゼロじゃん? それに折角の文化祭だし、思い出作りにもなるし」
「えー、私だったら思い出作りとか、そんな軽い気持ちで付き合いたいって言われるの嫌かも」
「あとさ、いつも傍にいる霧島くんってさりげない行動イケメンだよ?」
「それに比べてお前ときたら……」
「うぐっ」
彼を中心に笑いが起こる。
すると、伊織がふと何かに気付いたかのように言う。
「でも実際、この機にかこつけて二階堂さんに告ろうってやつ、多いかもな」
「あー、部活の先輩とか後夜祭で叫ぶとか言ってたな」
「叫ぶ……それって後夜祭のステージでやる公開告白だっけ?」
「去年は2年の高倉先輩へのそれがすごかったらしいね」
「あぁ、演劇部のすっごい美人の!」
「なんかすごい騒ぎになっちゃって――」
「それって――」
「……」
その会話を唖然と聞く隼人。
春希がモテるということは、頭ではわかっていた。
ただ具体的に、目の前でアプローチをすることを語られれば、どう反応していいかわからない。表情が険しくなる。
そんな隼人の顔を覗いた伊織が、揶揄うように口を開く。
「うかうかしてられないな、隼人」
「っ! 別に、俺は、その……」
「誰かに言い寄られるのが気に入らない、って顔してるぜ?」
「……まぁ、今までそういう風にならないよう気を付けてたみたいだし、大丈夫だろ」
「今はそうかな?」
「伊織?」
すると一転、少し困ったような顔を作る伊織。
隼人も訝しむ顔を返す。
「今までの二階堂さんは確かに高嶺の花というか、他人を寄せ付けなかった。けど、今は違う。ここ最近はすっかり身近な人になっちまった。もしかしたら、とぐいぐい迫ってくるやつとか出てきもおかしくない」
「それは……」
「何かあるとめんどくさいぞ? 先日の恵麻とのこともそうだったけど、ほら、一輝もそれで中学時代色々揉めたわけだし」
「……」
もっともな言葉だった。反論も思いつかない。恵麻や一輝の件を例に上げられたら、なおさら。
今まで素の春希が受け入れられていくのは良いことだと思っていたのに、一度考えだすと途端に胸がざわついていく。
伊織はふっ、と苦笑を零して隼人の肩を叩いた。
「ま、がんばれ」
そう諭すように声を掛け、皆と共に売り場に向かう。
隼人は憮然とした顔で内心、何にだよ、と毒づき後を追った。
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