226.メニュー会議
メニューを決める打ち合わせのメンバーには鶴見の他、5人の男女が居た。有志で集まった、当日実際に調理を担当する者たちだ。
隼人が席に着くや否や、鶴見を中心にポンポンと意見が飛び出してくる。
「いわゆるコンセプトカフェになるから、メニューも雰囲気を重視したいよね」
「ファンタジーな貴族のお茶会って感じ?」
「てことはケーキやお菓子がメインになるのかな?」
「そのへんはイギリスとかのアフタヌーンティーを参考にすればいいんじゃね?」
「スイーツ系だけじゃなく、軽食としてちゃんとした食事も出したくはある」
「そういやアフタヌーンティーって、サンドイッチもなかったっけ?」
「なるべく多くの種類を出したいよな」
「でも種類が多いと材料揃えたり、調理を覚えたりするの大変じゃない?」
「それはそうとして、件の吸血姫の好きな食べ物とかってあったりするのか?」
「確か公式で卵料理が好きで、辛いものが苦手だったって設定があったはず」
「辛い物……激辛チャレンジメニューとかあってもよくね?」
「それってコンセプトイメージ的にどうなの?」
「ん~、微妙なライン。大食いよりかはありとは思うけど」
「でも、そういう遊び心もあるといいよね」
「うんうん、話題作りにもなると思うし」
「確かに、それは言えてる」
「じゃあさ――」
「それなら――」
怒涛の勢いで議論が白熱していく。
隼人は次から次へと意見が飛び交い目まぐるしく変わる状況に、目を回す。こうして同世代と行う意見交換は初めてのことで、聞きに徹して現状を把握するのに精一杯。
すると、ふいに隼人を連れてきた鶴見が話を振ってきた。
「ね、霧島くんはどう思う?」
「え、えーっと……」
急なことで、何について問われているのかわからない。
隼人は困った顔でガリガリと頭を掻き、少し気恥ずかしい顔で、素直に胸の内を晒す。
「すまん、同世代とこういうことするの初めてでさ、聞いて話題を追っ掛けるのでいっぱいいっぱいだった」
「「「……ぷっ」」」
皆は隼人の予想外の言葉に目を瞬かせ、そしてどこか納得の表情と共に吹き出す。
「そうだった。霧島くんってば田舎の人だったっけ」
「すっかりクラスに馴染んじゃってるし、忘れてたぜ」
「あぁ、だからそういうアイデアとか、求められても頭が回らないな」
そう言って隼人がおどけたように肩を竦めれば、皆からあははとほのぼのとした笑いが広がっていく。
そして気を取り直した鶴見が、再度隼人に言う。
「霧島くんに聞きたいのは、料理する人の目線の意見なんだ。材料とか手間だとかを考えたとき、どういうメニューがいいんだろうなって。ほら、えまりんから喫茶店でバイトもしてるって聞いてるしさ」
「なるほど、そういう」
ふむ、と顎に指を当て、先ほど出ていた意見と共に、姫子が朝食やおやつにとねだるものや、御菓子司しろでのかき氷やあんみつ、わらびもちといったものに想いを馳せる。
あまり調理に時間がかからないもの、もしくは事前に用意しておけるといいだろう。
それでいて色々と差を付けられるものといえば――
「パンケーキとワッフルをメインにしたらどうかな?」
「へぇ、どうして?」
「どっちもミックス粉で手軽に作れるし、それに生地にチョコや抹茶を練り込めば違いも出せる。それにトッピングで色んな種類を作れないか?」
「っ! なるほど。ワッフルメーカーとか使えば焼くのも難しくなさそうね」
「トッピングはフルーツとか蜂蜜、チョコソースとかで色々組み合わせられそう」
「和風な感じで餡子やきな粉もありじゃね?」
「ワッフルとかの間に何か挟んでサンドしても面白いかも」
「それだとハムとチーズ、ベーコンレタストマトとか総菜系もありじゃ?」
「生クリームやカスタードってうちらでも作れるかな?」
「それならジャムも――」
「あずきも――」
「激辛系チャレンジメニューも――」
「ある程度統一しないと、種類が増えてコストが――」
「コンセプトに合わせて――」
隼人の提案から具体的な方向性が決まり、それを定めるべく様々な意見が飛び出し議論が交わされていく。
そして案を煮詰めるべく、どうすれば見栄えがよくなるか、コンセプトに沿うかといった話題に変わっていけば、もう隼人の出る幕はない。これで役目は果たしたとばかりに目の前の状況を眺める。
するとそんな隼人に気付いた鶴見が、ごめんとばかりに片手を上げた。
「助かったよ、霧島くん。おかげで何をどうすればいいのか見えてきた」
「あんなのでよかったのか? その、ごく普通なことしか言ってないけど」
「いやいや、そんなことないよ! ベースとなるパンケーキとワッフルって意見も原材料を考えて納得だったし、生地やトッピングでのアレンジなんて思いもよらなかったし!」
「そっか、それならよかった。まぁそれもバイトでの経験側からなだけなんだけどな」
「バイトとかしてないとそういう発想が出てこないんだって。うーん、なんていうか二階堂さんや森くんも言ってたけど、霧島くんってそういうところ生活力があって頼りになるよね」
「なにせ"おかん〟だもんな」
「あはは! けど今は頼れるお兄ちゃんだっけ?」
「うっ! それはやめてくれ……」
今朝のことを思い返し、顔を赤くする隼人。
鶴見は揶揄うようににししと笑ったあと、ふと瞳に好奇の色を滲ませ、気になっていたことを尋ねてきた。
「それはそうと結局のところさ、二階堂さんとどうなの?」
「どうって……見た通り別になにもないけど」
隼人にとってはいきなりで、そしてよくわからない質問だった。首を傾げる。
しかし他の皆にとっては違う。
鶴見の言葉を耳聡くとらえた皆は、メニューの話をそっちのけで話題に乗っかかってきた。
「でもさ、二階堂さんって霧島くんが転校してきてからイメージ全然変わったよね」
「そうそう、最初はどこか人を寄せ付けない雰囲気あったし」
「しかもあの容姿で、運動も勉強も完璧でしょ? 同じ人間だって思えなかった」
「それがまさかソシャゲのキャラをあんなに熱弁するとか!」
「こういう文化祭の出し物とかやってくれるとか思いもしなかった」
「結構ノリがよくて、たまにネットスラングでツッコみいれることとかあるよね」
「あ、こないだ例の動画を歌ってって言ったら、なんだかんだでやってくれたよ」
「……何やってんだ、春希」
わいわいと春希の話題で盛り上がる。
話の端々で残念さを感じさせられるが、それでも露見しつつある素の春希が好意的に受け入れられていることに、頬を緩ませる。
すると鶴見が隼人の顔を覗き込み、ジト目を向けた。
「あやしい」
「あやしいって」
「絶対、霧島くんと二階堂さんの間に何かあるでしょ?」
「と言われてもな」
「てわけでここだけの話、どんな関係なのか教えてよ」
「どんなって……」
鶴見は揶揄うだけでなく、純粋な疑問の色を滲ませ問う。
しかし隼人は困ったとばかりに苦笑する。
春希との関係を聞かれても、返す言葉なんて1つしかない。
昔と今の様々な春希の顔を思い浮かべれば、自然と綻んでしまった顔で答えた。
「友達だよ」
「っ」
隼人の言葉に鶴見は息を呑み目をぱちくりさせる。予想外の反応だった。
どういうことだろうと内心首を捻っていると、「お!」と声を掛けられた。伊織だ。
「そっち、話し合い終わった感じ?」
「色々方向性が決まって、俺の出番は終わった……のかな?」
「なぁ鶴見、これから買い出し行くんだけど、荷物持ちに隼人借りてっていい?」
「え、あ、うん。いいよ」
「てわけで行こうぜ」
「おぅ」
隼人はそれじゃあと鶴見に軽く片手を上げ、伊織たちと共に教室を後にした。
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