222.おかえり
一体何が? どうして母が家に? 病院は?
ぐるぐると思考が空回り、立ち尽くす。
一方で真由美は隼人の姿を見て目をぱちくりとさせた。
「隼人ってば、なにその格好!?」
「っ!? あぁその、ちょっと思うことがあって……」
「やだもう、びっくり! でもこうしてちゃんとキメれば、我が息子ながらなかなか悪くないじゃない。ね、はるきちゃんもそう思わない?」
「っ! う、うん、ボクも驚いた。前からちゃんとすれば、って思ってたけど……やるじゃん、隼人」
「お、おぅ」
春希はそう言いながら、少し赤くなった顔でにししと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ちょん、っと人差し指で隼人の鼻を突く。
隼人はそんな春希からの真っ直ぐな言葉にドキリと胸を跳ねさせ、視線を逸らす。
するとリビングのソファーの上にやけにレースやフリルふんだんに使われた、まるで童話から飛び出したかのようなふりふりひらひらした少女趣味の、しかし一目で手の込んだ、春希が着ているのと同系統のものと分かる服が広がっていることに気付く。
「……これは?」
「私が作ったのよ。ほら、入院中暇でレース作りに凝っちゃって。いっそどうせならと、服も作ってもいたの。どう、可愛い?」
どうやら春希はこれらの着せ替え人形にされていたらしい。
母に促され、改めて気恥ずかしそうにしている春希を見てみる。
「可愛いらしいとは思うけど……うーん、なんて言うかだな――」
実際可愛いし、技巧を凝らせており華やかだとは思う。
ただそれらは
「――こういうの、沙紀さんにこそ似合いそうだ」
「ふぇ!?」
「「っ!」」
隼人の言葉に驚きの声を上げる沙紀に、春希と真由美の視線が突き刺さる。そして2人は頷き合う。
「沙紀ちゃんの髪の色や肌の白さ……うん、隼人の言う通りボクより沙紀ちゃんの方が映えそう!」
「ホントだわ! どう沙紀ちゃん、ちょっと着てみない?」
「え、えっとその、私は……」
手をわきわきさせながらにじり寄る春希と真由美。
困惑しつつも満更でもなさそうな沙紀が、どうしたらといった視線を向けてくる。
隼人は一瞬少女趣味全開の沙紀の姿を想像し、それはそれで少し悪くないなと思いつつ、それよりも気になっていることを制止する形で尋ねた。
「で、どうして母さんがここにいるんだ?」
「そりゃあ退院したからよ。といってもちょくちょく検査やらなにやらで病院に通わなきゃだけど」
「退院? 何も聞いてないぞ。親父もそんなこと欠片も言ってないし」
「そりゃそうよ言ってないし。サプライズ成功ね!」
「は!?」
そう言って真由美はあははと笑う。突然の通告だった。
真由美の悪戯が成功したかのような笑みに、呆気に取られる隼人。
「ほら、あの人ってば心配症でなかなか首を縦に振らないもんだからさ、お医者様に直談判して不意打ちで退院してやったの!」
「だからって! 親父はその、このことは……?」
「さっき言ったわよー、はるきちゃんの写真と一緒に、帰りにお祝いのケーキとお酒よろしくねって。久々にあの人の慌てふためく声を聴いたわ!」
「……ったく」
口に手を当て思い出し笑いをする真由美。
隼人はそんな母を見つつ、驚きてんやわんやする父の姿を想像し、眉間に皺を寄せ額に手を当てる。
すると真由美はスッと目を細め、隼人を見つめながら言った。
「私もね、こうして皆と会いたかったのよ」
「……ぁ」
その言葉はズルい、と思った。
急な退院についてだとか、黙って大事なことを決めたことだとか、そんな文句を言えなくなってしまう。
春希や沙紀も微笑ましそうに見つめてくる。親子間のこうしたところを見られるのは、やはり気恥ずかしい。
隼人はガリガリと頭を掻いて、コホンと咳ばらいを1つ。母へと向き直り、自らの想いを謳った。
「おかえり、母さん」
「えぇ、ただいま!」
それはあるべき場所へと戻ってきたことを確認する儀式。
母が帰ってきたことを実感すると共に、胸に込み上げてくるものがあった。
隼人はそれらを悟られまいと、強引に話題を変える。
「その、帰ってくるってわかってたら、夕飯もそういうものを用意したんだけどな……いっそ、出前でも取ろうか?」
「出前!? 出前ってあのお寿司とかお蕎麦とかピザをおうちにまで持ってきてくれる、あの出前!?」
「そうだよ。こないだ初めて宅配ピザとったけど、結構おいしかったよ。まぁアレ、駅前の店舗で買って帰ってきたんだけど」
「宅配ピザなのにお店で買ってきたの!?」
「だって店舗で買うと半額になるし」
「確かにそれはお店で買って帰るわね!?」
「ピザ以外にも中華に和食、丼ものとか色々あるよ。ほらこれ、ポストにそういったチラシが入れられるから」
「まぁ! ……カレーにパスタ、トムヤンクン、え、料理人がうちに来て何か作ってくれたりするのもあるの!?」
チラシを手にしながらそわそわしだす真由美。
その姿を見て、春希がしみじみと呟く。
「……おばさん、ひめちゃんそっくり」
「「……ぷっ」」
思わず苦笑を零す隼人と沙紀。
やがてチラシと睨めっこしていた真由美は顔を上げ、隼人が手にしているエコバッグを見て口を開く。
「うん、でも今日はやっぱり隼人が作ったものがいいわ。もう今日は何にするのか決めて、買い物も済ませてたのでしょ?」
「簡単に手早く作れるやつだけど」
「そういう我が家の味がいいのよ」
「……そっか」
そう言われると否やはない。
真由美は力こぶをつくり、それを叩きながら言う。
「私も手伝うわ」
「いいよ、別に。それよりもリビングに散らばっているやつを片付けてほしいな。春希も着替えたほうがいい」
「えぇぇ~」
「あ、それならボクは隼人の部屋を借りるね!」
「じゃ、じゃあ私がお兄さんのお手伝いをしますね!」
「あぁ頼む、沙紀さん」
残念そうな拗ねた声を上げる母に呆れつつ、これ幸いと隼人の部屋に逃げ込む春希に苦笑する。同じような表情をしている沙紀と顔を見合わせ、肩を竦める。
さて、夕食の調理に取り掛かろうとキッチンに向かったところで、母がふと気になっていたとばかりに声を投げかけた。
「ところで隼人、好きな子でもできた?」
「は?」
「っ!?」「痛っ!?」
隼人が間抜けた声を上げ、沙紀は手にしていた自分の鞄を取り落とし、春希は開けようとしていた扉に頭をぶつけ涙目になる。
真由美はそれよりもと好奇心で芽を爛々と輝かせ、重ねて問う。
「で、どうなのよ、隼人?」
にやにやと笑う母に、隼人は呆れた目と共に言葉を返す。
「なんでそうなる」
「だってー。今までオシャレとかに全然興味なかったのに、急にそういうことに変わるとしたら、何か切っ掛けがあると思うじゃない?」
「そういうのじゃないよ。ほら、春希とか沙紀さんとかといて、傍に居て恥ずかしくないようにって思ってさ」
「へぇ、ほぉ、ふぅん~」
「……なんだよ」
隼人はやけににやにやとする母親の視線を、少し鬱陶しく感じながらも、エコバッグから食材を取り出す。
春希はそそくさと隼人の部屋へと着替えに行き、少しそわそわした沙紀がエプロンを片手にやってくる。
「え、ええっとその、何をどうしましょう?」
「そうだな、ナスを切って……って、あれ?」
「? どうしました?」
「いや、姫子を見かけないなって」
「そういえばそうですね……」
「ま、メシが出来たらお腹空いたって言ってやってくるか」
「あ、あはは……」
そう言って調理に取り掛かる。
しかしこの日は珍しいことに姫子は夕食が出来ても部屋から出て来ず、どうやら疲れたのか早々に寝てしまったようだった。
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