221.どうしたわけか


 気付けば随分と陽が傾いていた。

 西空は色付き始め、隼人の足元から伸びる影は、洒落た街の石畳の上に長く引き伸ばされている。


「なんかちょっと、変な感じ……」

「はは、だな。けど悪かねぇ」


 そう言って隼人と伊織は、互いの姿を見て少し照れ臭そうに笑い合う。

 隼人が着ているのは細身の落ち着いた色合いのニットにスキニーパンツ。オーソドックスなものだが、無駄な贅肉の無い隼人をスラリと仕立て上げ、少し大人っぽく見せている。

 伊織が着ているのはパーカーにジーンズという、ありふれたもの。しかしそれは髪型と相まって今までどこかヤンチャなイメージが拭えなかった彼を、ワイルドさを印象付けている。そして伊織は恵麻の反応を気にしており、ごちそうさまという気分になってしまう。

 ともかく隼人も伊織も、朝とはまるで別人のように見えるだろう。

 その代償として懐具合は少々寂し気になってしまっているが、相応の対価として見るべきか。

 どちらも、髪型と一輝の見立てによる服のセレクトのおかげだ。


「ありがとな、一輝。随分と買い物に付き合わせちまった」

「おぅ、助かったぜ一輝!」

「っ!? え、あ、うん。えっと……?」

「いや、服とか選んでくれてありがとうって」

「あ、あぁうん。そ、それくらいどうってことないよ」

「「……」」


 その一輝はと言えば、先ほどからどうも様子がおかしい。

 隼人と伊織は困った顔を見合わせる。

 やけに落ち着きがなく、上の空。

 顔も赤くなったかと思ったら蒼白になり、百面相。

 そしてしきりにスマホを気にするとなれば、何かあったのは明白なのだが、何でもないの一点張り。

 これほどまでに一輝が如実に動揺を態度に表したことも、今までにないことだ。

 隼人と伊織がほとほと困った顔を作っていると、さすがに一輝は自分の態度がおかしくなっているという自覚があるのか、コホンと咳払いをしつつ眉を寄せて言う。


「その、ちょっと個人的なアクシデントが起きた感じでね。隼人くんや伊織くんに迷惑をかけることはないのだけれど、ちょっと自分でもどうしていいかわからないというか」

「んー、そうだとして、何か悩んでいるなら聞くぞ?」

「おぅ、オレも出来ることなら手を貸すぜ」

「あーいや悩みというか、悩ましいけど、今はその……どうしようもなくなったら頼らせてもらうよ」

「……遠慮するなよ?」


 そんな、なんとも釈然としないままこの日は別れた。



 最寄り駅に着いた頃には、それなりに遅い時間になっていた。

 スーパーに寄り夕食には手早くできるものをと考えていると、30%引きの値札が貼られた豚バラ肉を見て、早速今朝テレビでやっていたナスと豚肉のレンジに放り込むだけのそれに決める。副菜にほうれん草の胡麻和えと昨日の煮物の残り、それにみそ汁もあれば格好はつくだろう。

 さてどういう順番で調理しようかと頭の中で算段つけながら歩いていると、マンション近くで見慣れた2つの後ろ姿を見かけ、声をかけた。


「よ、今帰りか? 姫子、沙紀さん」

「あ、おに…………ぃいっ!?」

「……ふぇっ!?」


 振り返った姫子が素っ頓狂な声を上げ、沙紀も目を大きくして瞬かせている。

 その反応で今朝とは別人のようになっていることに気付く。

 女子中学生2人のまじまじと検分するかのような視線を受ければ、気恥ずかしさから身を捩らす。


「お、おにぃが意外にカッコいいんだけど!? ね、沙紀ちゃん!」

「……っ、うん、うんっ」

「い、意外は余計だ!」

「てかあたし、ネギがひょっこり顔を出してるエコバッグなかったら、おにぃとわかんなかったし!」

「で、でもそんな生活臭を感じさせるちぐはぐなところがお兄さんって感じというかっ」

「あのな……」

「いやでもビックリ、やるじゃんおにぃ!」

「はい、その、前より素敵になりました!」

「そ、そうか……」


 しかし姫子と沙紀からなんだかんだと賞賛の言葉を掛けられれば、面映ゆいが悪くない。

 そして次の興味は隼人を変貌させた美容院と店に移る。どこの街のどこの店だとか事細かに聞かれつつ、マンションのエントランスを潜りエレベーターに乗る。

 そこで隼人から一通りの話を聞いた姫子は、何かに納得するように頷いた。


「なるほどねー、おにぃのそれやっぱり一輝さんの見立てかー」

「まぁな。こういうの右も左もわからんし、俺も伊織もかなり世話になったよ」

「一輝さん、おにぃたちとずっといたから、それで」

「うん?」

「べっつにー?」

「ひ、姫ちゃん!」


 なんだか含みのある言い方だった。

 隼人がどういうことかと首を捻れば、妙ににやにやした顔を返されるのみ。沙紀はそんな姫子にハラハラした様子で窘めている。


「まぁあれ、女の子だけの秘密ってやつがあるんですぅ」

「……さいで。うん?」


 そんなことを言う妹に呆れつつも家の前までやって来た隼人は、カギが開いていることに気付く。

 春希が先に帰ってきているのかと思い、家の中に入るのと同時に、リビングから「み゛ゃ~っ!?」という鳴き声が聞こえてきた。

 一体何をやってんだと思い、姫子や沙紀と顔を見合わせ眉間に皺を刻む。


「ただいま。って春希、何を……やっ、……て……」


 少しばかり呆れながら扉を開けると――そこに広がる予想外の光景に、固まってしまった。


「ま、まだあるの~……って、隼人! ひめちゃんに沙紀ちゃんも!」

「あらあらあら! おかえりなさい、みんな!」

「「「っ!?」」」


 リビングにはやたらとフリフリした服を着て、助けを求めるような顔をしている春希。

 そして隼人と姫子の母親、霧島真由美が、どうしたわけかそこにいた。

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