220.投げ込まれる爆弾


 目を大きく見開き、まじまじと愛梨を眺める。

 姫子の視線を受けた愛梨はこれ以上なく顔を真っ赤に染め上げ、もじもじと人差し指で髪を弄びながら視線をずらす。

 その姿は人気モデルである前に、まさに1人の恋する乙女。しかも相手は姫子もよく知る一輝という。

 たちまち胸がキュンと締め付けられると共に、歓喜、驚愕、上手く言葉に出来ない興奮が身を包む。

 気が付けば前のめりになって愛梨の両手を掴んでいた。


「あたし、応援します!」

「っ!? え、あ、ありがとう……」

「ところでどうして一輝さんを? MOMOの弟だから接点があるというのはわかるんですけど、好きになったのは何かきっかけが?」

「わ、私もそれ、気になります!」

「え、えーっと……」


 そして姫子だけでなく沙紀も、ぐいっと身を乗り出す。

 愛梨は2人の恋愛に対する煌々と好奇に輝く瞳で見つめられ一瞬たじろぐも、しかし耳にかかった髪を掻き上げ、満更でなさそうな顔で少し照れ臭そうに口を開く。


「実は一輝くんとは元々同じ中学のクラスメイトでね、当時の私は――」

「ウソ、これが本当に愛梨!? 変身ぶりがすごいというかMOMOやばい!? それで――」

「海童さんにそんなことが……って実際付き合って!? でも――」


 愛梨は一輝とのあらましを話していく。

 体育祭のリレーをきっかけに声を掛けられたこと。

 互いに異性からの避けるために契約上付き合ったこと。

 そして中学卒業の日、もうその必要はないからと別れを切り出された時に、初めて恋心を自覚したこと。

 姫子はそんなドラマのような話に時折「きゃーっ」という歓声で相槌を打ちながら身を捩らせるとともに、その切ない想いに共感し、彼女のためにどうにかしてあげたいという気持ちを募らせていく。

 そして全てを語り終えた時、愛梨は困ったように言った。


「でも一輝くん、今その、恋愛する気自体ないというか、忌避すらしているみたいで……」

「「……」」


 愛梨の当惑が姫子と沙紀にも伝播し、少しばかり重い空気が流れる。

 その点に関しては姫子自身も原因を目の当たりにしているし、なんなら先ほど自分でも口にしたばかりだ。

 恋愛自体をする気がない一輝に、仮初の元カノである愛梨。

 なるほど、これは難しい問題だ。

 しかも愛梨の立場もあって、おいそれと誰かに相談できるものじゃない。

 愛梨がほとほと困っていた様子が容易に想像できる。

 なるほど、だからこそか細い伝手から沙紀を頼り、姫子が今ここにいるだろう。

 こうして少ない言葉を交わしただけだが、愛梨がとても一途に一輝を思っているのが伝わってくる。

 是非ともその想いは成就して欲しいと思うし、よく世話になっている兄の親友一輝にも幸せになって欲しい。

 そして愛梨はおずおずと本題を切り出した。


「私、一輝くんのところの文化祭、どうすればいいかな……?」


 愛梨の言葉を受け、姫子は沙紀と顔を見合わせ頷き合う。

 そして沙紀がすぐさま力強い声を上げた。


「行くべきです」

「あたしもそう思います」

「村尾さん。それに霧島、さん……」


 迷いなく言い切る沙紀と姫子に、愛梨は少々面食らう。

 沙紀はそんな愛梨へにこりと微笑み、胸に手を当て口を開く。


「今って学校も別々で、滅多に会う機会もないんですよね?」

「う、うん……」

「接点は多ければ多いほどいいです。だって、会えない距離にいるわけじゃないんだから……手を伸ばさないと、掴めるものも掴めませんよ?」

「……ぁ」


 そう言って沙紀は、ぎゅっと姫子の手を握りしめて微笑む。

 愛梨の表情が不安の色から決意の色へと塗り替えられていく。

 姫子は愛梨と沙紀に笑みを返し、そしてふと気付いたことを言う。


「あ、でも愛梨が文化祭に現れたら、騒ぎになるよね?」


 先日の浴衣の買い物の時を思い返す。あの時も、ものすごい騒ぎになった。何とかことを収められたのは件のプロデューサーがいたからだ。

 愛梨も姫子の言葉を受け、やっぱりねといった表情を作る。


「行くとしたら変装は必須ですよね……」

「ん~、正式に文化祭のイベントにゲストとして招かれるとか? 確かはるちゃん、文化祭実行委員のはずだし、なんとか組み込めるかも?」

「でも姫ちゃん、それじゃタイミングは見計らって海童さんに接触するの、難しくなるよぅ」

「あ、そっか。でもせっかくの文化祭で会いに行くっていうのに、地味な格好っていうのも……」

「だよね~……」


 皆でむむむと唸ることしばし。

 ふと愛梨が「あ!」と声を上げた。


「……いっそ思い切って、その日はイメチェンしてみるとか?」

「「っ!?」」


 姫子と沙紀は思わず息を呑み、ポンと手を叩く。名案だった。


「いい、それいい、すごくいい! うんうん、愛梨のイメチェン! どんなのがいいかな!? 髪型とか色とかも思い切って変えちゃったりして!?」

「わ、わ、服とかも今までと違ったイメージのとか……って佐藤さんものすごいスタイル! って、モデルさんでしたぁ! う~、何でも似合いそうで悩ましいよぅ」

「あ、あはは……ほら、雑誌とかで今の私のイメージが強いから、今までと違う方向性にイメチェンしたらバレないかなって」

「ありあり、おおありだよ! で、実際どういう風にいく? 可愛らしいを押し出して――」

「う~ん、今とは逆に落ち着いたお姉さんとか――」

「私実は派手なのはあまり――」


 そして突如始まる愛梨イメチェン会議。非常に紛糾する。

 様々な意見が飛び出すものの、しかし一向に決まらない。

 姫子や沙紀が色んなものを想像するも、どれも愛梨に似合うからだ。さすが人気モデルと嘆息する。そのことを告げて彼女を賞賛すれば、いちいち照れて赤くなるところも可愛らしい。

 やがて沙紀が話し合って辿り着いた答えを、代表するかのように呟く。


「やっぱり、海童さんの好みに沿ってるのがいいよね……」

「だよねー。けどあたし、一輝さんがどういう感じの好きなのか全然知らないや」

「私も今のこれは、お姉さんと同じ系統なら少なくとも嫌いじゃないだろうっていう打算なので……」


 姫子は腕を組み、むぅっと唸り眉に皺を刻む。

 今までの一輝のことを思い巡らせてみてが、どういうものが似合いそうかはわかっても、異性の好みとなると全く見当がつかない。

 このまま考えても埒が明かないと思った姫子は、よしっとばかりにスマホを取り出した。


「わかんないなら、本人に聞いちゃおう!」

「っ!?」「ひ、姫ちゃん!?」


 姫子は驚く愛梨と沙紀をよそに、先日登録されたばかりのアドレスを呼び出す。

 そういえば初めてのメッセージだと思いながら、文字を打ち込んだ。


『一輝さんの好みの女の子って、どんなタイプですか?』

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