218.意外な待ち人


 沙紀に呼び出された姫子は、都心のとあるカフェにやって来ていた。

 森の中の小屋をイメージした可愛らしくオシャレな、一度は訪れたいと思っていたパンケーキで有名な店だ。

 店の前には早い頃合いに訪れたにもかかわらず、休日ということもあって長蛇の列が出来ていた。

 席に着いてからも注文が入ってからわざわざメレンゲを立てて生地を作るらしく、そこでも結構な待ち時間が発生する。

 しかしそれは姫子の期待感を煽り、テンションを上げさせるスパイスにしかならない。

 それに沙紀と一緒にいればあっという間に時は過ぎていく。

 学校のこと、都会のこと、今来ているカフェのこと。話題は次から次へと湧いてくる。

 やがてお昼には少し早いかなといった時間になった頃、お目当てのパンケーキが運ばれてきて、姫子と沙紀はわぁっと歓声を上げ目をキラキラと輝かせた。


「わ、わ、すごいふわふわしてる! メープルシロップの入ってる小瓶もすっごくオシャレだし!」

「姫ちゃん姫ちゃん、食べる前に写真撮らないと!」

「もう撮った! さっそいただきまーす――んんっ!? 口の中で溶けるよ、こんなの初めて!」

「ふぁぁ、柔らかすぎてスプーンで掬えちゃうよぉ~」


 味も決して軽いだけじゃなく、チーズのコクがメープルシロップと相まって複雑で濃厚な甘味を演出している。

 一口食べるごとに今まで食べたパンケーキの概念と共に、相好も一緒に崩す。

 結構ボリュームがあるなと思っていたが、気付けばあっという間にお皿は空になっていた。


「あ、もう無くなっちゃった……」

「アレだけ並んで待ったのに、食べる時はあっという間だね~」


 姫子が少し寂しそうな声を漏らせば、沙紀も寂寥感混じりの言葉を返す。

 すると丁度、隣の席に注文が届けられた。パンケーキとは違う注文ということもあり、思わずお皿の中をちらりと窺う。


「……そういやここ、フレンチトーストも有名なんだよね」

「これだけパンケーキが美味しかったら、そっちのほうも気になっちゃうよね~」

「だよね。むむむ……」


 実際に隣の実物を見れば、たちまちそちらの方も気になってしまう。

 メニューを開いて見てみれば、『カリカリの外側とふわふわの中身』という文字が姫子を誘惑する。

 お腹に手を当て自問自答。幸いにして、多少の余裕があるようだ。

 しかし懐具合となれば話は別。

 それにさすがにカロリーも気になるところ。なる休み前、ダイエットで散々苦労したのを思い返す。

 しかし、せっかく長時間かけて並んでやってきたのだ。

 非常に悩ましい問題に、百面相になる姫子。

 するとスマホでしきりに何かを確認していた沙紀が、諭すように言う。


「姫ちゃん、今からまた頼むと時間かかっちゃうよ。待ってるうちにお腹脹れちゃうかもだし。そっちは次のお楽しみにしとこ?」

「あーうん、だよね。よし、今度ははるちゃんも誘おう!」


 せっかくならちゃんとしたコンディションで味わおう、沙紀の言葉でそう切り替える。


「ところで姫ちゃん、これから行きたいところあるんだけど、いいかなぁ?」

「え、どこどこ?」


 沙紀は一瞬スマホを片手に何かを考え迷う素振りを見せ、画面を姫子へと向けた。


「このお店のスタンダードA14号室に13時半なんだけど」

「わ、カラオケセロリじゃん!」

「姫ちゃんわかる?」

「うん、前にも言ったけど、おにぃやはるちゃんたちと行ったよ。場所も覚えてる」

「よかった。私まだこっちに出て来たばかりだから、土地勘掴めなくて~」


 安心してホッと息を吐く沙紀。

 そして姫子は頭の中で何を歌おうか思い浮かべていると、ふと気付く。


「13時半って……もしかして沙紀ちゃん、予約してたの?」

「え゛っ……まぁ、そんなところ?」


 沙紀はギクリと苦笑いを浮かべる。

 それを見た姫子は、ははぁんと思い当たることがあった。

 最近放課後、鳥飼穂乃香たちクラスメイトと共にカラオケにくりだすことがある。

 しかし今までまともにカラオケに触れたことのなかった沙紀、そして姫子もあまり上手いとは言い難い。練習が必要だ。

 なるほど、今日の呼び出しはこちらの方だったのだろう。わざわざ予約までしている気合の入りっぷりだ。2人ならば唄う時間もたっぷり取れる。それに以前話題にも出していたし、実際に行ってみたいのだろう。


「今からならゆっくり行っても時間に余裕あるね。ちょっと寄り道しながら向かおっか」

「うん」



 カラオケセロリに訪れたのは、以前映画に行った時以来2回目だった。

 普段駅前で利用する安さが売りのところも悪くないが、こうしたリゾート風の豪華な内装は気分も自然と上がる。なんならいつもより上手く歌えそうな気さえする。

 隣の沙紀はどうだろうと視線を向けると、誰かとスマホで会話をしていた。

 なら先に受付を先に済ませておこうと「フリータイムでいいよね?」と告げて足を向ける。

 すると、はたと気付き顔を上げた先に手を掴まれた。


「あ、姫ちゃん大丈夫だから!」

「へ? でも受付……」

「い、いいから~っ」


 良いのかなと首を傾げつつ、沙紀は受付で一言二言告げると店員に特に何か言われることもなく目的の部屋へ。

 そこで立ち止まった沙紀は一呼吸置き、やけに真剣な顔で向き直る。


「姫ちゃんあのね、その、驚くと思うし私も未だに信じられないんだけど、えっと、驚かないでね?」

「へ?」


 要領をよく得ぬまま、沙紀はコンコンとノックする。


「お待たせしました佐藤さん、村尾です」

「あ、はい、入って下さい」

「っ!?」


 そして沙紀は返事と共に扉を開け、そこで待っていた相手の姿に瞠目し、息を呑む。


「今日は無理言ってすいません。その、改めまして――佐藤愛梨、です」


 佐藤愛梨。

 今をときめく人気モデルが、どういうことかそこで待っていた。

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