216.週末


 週末の朝。

 文化祭が近付いているとはいえ、休日はいつもとさほど変わらない。

 最後の洗濯物を干し終えた隼人は、ふいに吹き付けられた風にぶるりと身を震わせる。随分と秋の深まりを感じさせる、冷たい風だった。

 外の方へと視線を移す。眼下に見えるまばらに見える木々は、その葉を秋の色へと変えている。


「ついこの間まで暑かったのになぁ」


 最近は食器を洗うと、手がかじかむ時がある。

 ぼんやりしていると、すぐに冬がやって来そうだ。

 そんなことを思いながらリビングに戻ると、姫子が居た。しかもパジャマじゃなく、どこかへ出掛ける格好だ。

 特に今日どこかへ行く予定は聞いていない。

 はて、と首を傾げる。


「姫子、どこか出かけるのか?」

「うん。さっき沙紀ちゃんから連絡があってさ、遊ぼうって」

「お昼は?」

「ん、いらない。適当になんとかする」

「そっか」


 そう言って姫子はパタパタと家を出る。

 どうやら沙紀も、ずいぶん都会に馴染んできた様子だ。

 1人になった隼人はソファーに腰掛けテレビを点け、てきとうにいくつか番組を切り替える。

 すると料理のコーナーがやっていたので、そこで止めた。


「ふぅん、大皿に豚肉とナスを重ねてレンジに入れるだけの時短料理か……ごま油かけてると風味がよさそうだな。ネギとかゴマを散らしてもいいだろうし。うん今度忙しいときにでもやってみるか」


 独り言を漏らし味を想像つつ、副菜に何が合うのか考えていると、やがて料理コーナーも終わる。

 そしてデパートの化粧品特集が始まり、あまり興味もないので電源を落とし、ポスンと身体を投げ出すようにしてソファーにもたれ掛かった。

 目だけ動かし、部屋を眺める。

 部屋は洗濯機を回している間に掃除を済ませたのでピカピカだ。ゴミの分別もし終えているし、他に特にすべき家事も思い浮かばない。出ていた課題だって、昨夜のうちに済ませている。

 完全に手持ち無沙汰になってしまった。


「……暇だな」


 思わずそんな言葉と共に、はぁとため息を漏らす。

 春希も今日は、クラスの女子たちと文化祭の衣装の打ち合わせで出掛けるらしい。昨日の夕食時、いかにブリギットたんの萌えポイント再現するにはと熱弁を振るっていたのを覚えている。

 ごろりとひじ掛けを枕にして寝転ぶと同時に、スマホがグルチャの通知を告げた。伊織からだ。


『暇!』


 伊織らしいストレートな物言いに、思わずクスリと笑う。


『そういや伊佐美さんも文化祭の衣装の打ち合わせだっけ?』

『そそ。皆こういうの作るの初めての人ばかりだからさ、まずはコスプレ衣装のショップで実物を見て完成品のイメージを固めて、それから服飾専門店で生地の値段とか見て予算と相談しなきゃって言って、朝から出掛けて行ったよ』

『わ、現実的だ。しっかりしてるな、伊佐美さん』

『まとめ役みたいのするの、好きみたいだからな』

『へぇ』


 その一方で隼人は推し愛を語ってばかりの幼馴染を思い返し、今日は苦労をかけてそうだと苦笑を零す。


『ってわけで暇なのだ。今日はバイトもないし』

『俺も家事全部終わらせて手持ち無沙汰だな』

『お? じゃあどっか繰り出そうぜ。どこか行きたいところとかある?』

『うーん、そうだな……』


 問われて色々と思い巡らせてみる。

 都会にやって来て以来、色んなことを経験した。

 カラオケ、映画、買い物、プールに焼肉食べ放題。どれも田舎では経験できないようなことばかりだ。

 しかしそれでもまだまだごく一部だろう。それだけ都会は広い。

 眉間に眉を寄せる。

 するとふと、伸びた前髪が目に入った。さっ、と一房掴む。


『美容院』


 反射的に打ち込むも、これはないなとバツの悪い顔を作る。

 興味もあるし、いい加減髪を切りに行かなければと思ってはいるが、さすがにわざわざ友人を誘っていくようなところじゃない。

『悪ぃ、やっぱな』、まで打ち込んだところで、一輝からのメッセージが届く。


『お、いいね。今日は隼人くんを変身させる日にしようか』

『ほほー?』

「へ?」


 思わずリビングに間抜けた声を響かせる。


『ほら隼人くん、以前美容院紹介してくれって言ってたじゃない』

『いや、確かに言ったけどさ』

『なぁ、もしかしてそこって一輝の姉ちゃんも贔屓にしてるって店?』

『そうだよ。僕もよく利用しているね』

『それは興味があるな、オレもやってもらいたいな』

『しかしいきなり行って大丈夫なのか? そういうところって予約しなきゃいけないんだろ?』

『ちょっと電話して聞いてみるね』


 一輝が問い合わせている間、伊織が『どんな感じの店だろう?』『恵麻、驚くかな?』とわくわくしている一方、隼人はは思わぬ話の流れにそわそわしていた。

 やがて落ち着かせようとお茶を淹れ終えた頃、一輝からの返事が来る。


『予約取れたよ、だけど今からならすぐ行かないとな時間かな?』

『お? じゃあ待ち合わせ場所は』

『ええっと、メール送るよ』

『オッケー、すぐに準備して出る』


 こうしてどういうわけか、友人たちと美容院へと行くことになった。

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