215.引っ掛かり


「み゛ゃあ゛あ゛ぁあ゛ぁ~~っ」


 放課後、ざわつく廊下に春希の鳴き声が響く。

 隣を歩く隼人はそんな幼馴染に切ない生き物を見るかのような目を向けては、呆れたため息を漏らす。


「……春希のおかげで無事クラスの出し物が決まって、よかったな」

「そうだけど、そうだけどぉ~~~~」

「ま、さすがに最後のセリフはアレだったけど」

「うぐっ……」


 春希は言葉を詰まらせ、涙目になる。

 昼休み、妙なスイッチが入った春希が羽目を外したおかげで、速やかにクラスの出し物が決まった。

 当の春希本人は普段周囲に見せないアレな姿を晒してしまったことを思い返しては、鳴き声を上げ悶えることを繰り返す。自業自得である。

 隼人にとって春希のアレは珍しいものじゃない。

 最近恵麻やみなもの前でも見せていたし、ちらほらと教室でもその片鱗を見せていたものの、やはりクラスの多くの人にとっては驚くものだったのだろう。

 なんとも奇異の視線を向けられたものの、しかし好意的に受け入れられていた。と、思う。


(……ったく)


 眉を寄せ、ガリガリと頭を掻く。

 素の春希が受け入れられることはとてもいいことのはずなのに、どうしてか胸がモヤモヤしてしまう。

 子供じみた独占欲からくるという自覚もあって、それを誤魔化すために無理矢理別の話題を振った。


「ほら、文実に頼まれた仕事、さっさと終わらせようぜ。備品のチェックだっけ?」

「うん。テントや照明、発電機といった、当日校外で使うものの数とか状態が問題ないかどうかだね。場所は……えぇっと旧校舎、秘密基地の近く」

「あぁ、あそこ。……何か明確に用事があって行くの、なんか新鮮だな」

「ふふっ、そうだね」


 春希は一転わくわくした笑みを浮かべ、気を取り直して目的地へと向かう。

 文化祭の近付く放課後はどこか浮き立ち、そわそわとした熱気に包まれていた。

 校内のあちらこちらで、準備に忙しそうにしている人たちと行き交う。廊下では早速何かを作る人たちも。

 今頃隼人たちの教室でも、吸血姫カフェについての話し合いが行われていることだろう。

 あくまでゲームのそれをベースにしつつ、独自の文化祭にふさわしいものに仕上げるのだとか。一部の男子や女子たちがそう、息巻いていた。


 やがて旧校舎が近付いてきた。

 普段なら人気がないところだが、ここに保管されている資材を取りに来る生徒の姿が散見される。

 その中の1つのグループに、見知った顔を見かけた。一輝だ。


「あ、一――」


 手を上げ声を掛けようとするが、途中で言葉を呑み込む。

 楽しそうに話をしているところを邪魔したら、と思ったわけじゃない。違和感を覚えたからだ。

 一輝の他には男子が1人、女子が3人。

 クラスメイトたちで談笑しながら歩いているのは、ごくありふれた光景だろう。

 だが何かが隼人の中に引っ掛かり――そして気付く。

 一輝の表情が柔らかかった。

 女子に囲まれているというのに、自然体だった。

 今まで一輝は、過去の失敗から女子とは壁のようなものを作り、距離を取っていたはず。だというのに、あまりに懐に入るのを許しているかのように見える。


「あれ……」

「うん……」


 隼人の疑問が言葉になって口から零れれば、春希も同意を示すように神妙な顔で頷く。

 何かしら心境の変化があったのだろうか?

 あるとしたら先日の祭りでの一件なのだろうか?

 ここのところ、一輝も少し変わったような気がする――と考えていると、こちらに気付いた一輝が「やぁ」と手を軽く上げながら、グループを離れこちらにやってきた。隼人もそれに手を上げて応える。


「隼人くんに二階堂さん、こんなところで奇遇だね」

「あぁ、文実の手伝いでな。備品チェック」


 隼人の隣で春希が、少し憮然とした顔でうんと頷く。


「へぇ、お疲れ様だね。僕たちは内装で使えるものがないかなって。っと、皆を待たせてるから、もう行くね」

「おぅ」


 そう言って一輝は身を翻す。

 すると春希は反射的に「海童」とその背中に声をかけた。


「うん? なんだい、二階堂さん?」

「海童は……」

「っと、ボクが何か……?」

「…………なんでもない」

「そっか」


 一輝は苦笑しつつ、戻っていく。


「……俺たちも行こうか」

「……そうだね」


 春希の表情からは、何を言おうとしているのかはよくわからなかった。

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