214.なりたいもの


 昼休み。

 チャイムが鳴ると同時に、隼人たちのクラスも一気に騒めき出す。

 それと同時に隼人と春希はクラスメイトたちに素早く机を寄せられ、逃さないとばかりに囲まれる。

 ここのところ連日、おきまりの光景だった。

 話題は当然、このクラスの文化祭の出し物を何にするかについてなのだが、お昼を広げつつ、それぞれ好き勝手に話をする。


「3組、女装キャバクラするんだって! この時点でパワーワードすぎない!?」

「しかもあそこ、海童くんがガチで攻めてるって話で、部活の先輩が興奮しててさ!」

「部活の先輩といえば、今年こそサキュバスカフェするんだーって意気込んでる人いたけど、女子から顰蹙かったって愚痴ってたよ」

「そういや2年のあるクラスはグラウンドに竪穴式住居作って、縄文時代食べ物を再現して出すとか」

「え、なにそれ気になるんだけど!?」

「どこもインパクト強いのばかり考えるよね……それらに対抗するにはやっぱうちの秘密兵器、二階堂さんをどう使うかだよねー」

「できるなら衣装とかもこだわりたいし、今のところ森くんのハロウィン喫茶の案が有力候補だけど……もうちょっと尖ったコンセプトが欲しいかなぁ」

「歌もなるべく出したいよなぁ」


 話を聞くに、他のクラスでもそろそろ企画が決まりつつあるようだった。それらの情報をもとに、議論は日を追うごとに白熱していく。

 やはり、春希に掛かる皆の期待値は大きい。

 当然だろう。1年の中でも目立つ存在なのだから、看板に使わない手はない。

 ちらりと隣の春希と目が合えば、眉を顰めてに愛想笑い。

 あまり表に出る気が春希だが、もはや断れるような状況じゃなかった。

 周囲が盛り上がっている中、こっそりと耳打ちしてくる。


「これ、もしボクが実行委員の方で忙しいって言っても……」

「ほんの僅な時間であろうと、最大限活用すべくクラスの方で調節するだろうよ」

「だよねー……」


 春希は、はぁ、と大きなため息を吐く。

 文化祭は外からも多くの客が来るだろう。

 結局どんな出し物をするにせよ、春希が注目を集めるのは避けられず、最悪先日の動画のようなことが起こるかもしれない。それは避けたいところだ。

 熱心に話合うクラスメイトたちを眺める。

 おそらく彼らが納得する理由をちゃんと説明すれば、こちらの願いを聞き入れてくれることだろう。

 しかし隼人も春希も、春希の母田倉真央のことを避けて説明する言葉を持っていない。

 ならばいっそ、こっちでその辺をコントロールできるよう主導権を握ったほうがいいのではないだろうか?

 そう考えた隼人は、試しに春希に話を振ってみた。


「なぁ春希、歌の絡むコンセプトカフェ的なものをするとして、やるとしたらどんなものをやりたい? 着てみたい衣装とかだけでなく、魔法学校ものとか、ファンタジーでよくある冒険者ギルドを模したとか、そんな世界観的なものでもいいけどさ」

「うーん、そういや考えたことなかったなぁ。そうだね……」


 そう言って春希は腕を組みつつ片手を顎に当て、「うーん」と唸りながら眉を寄せ、真剣に考える。すぐには答えが出ないようだった。


「まー、好きなゲームのキャラとかでもいいし」


 何かのとっかかりになればな、言葉を続け、隼人が弁当のオムレツに弁当用のミニケチャップを掛けたのを見た春希が、ふいにくわっと目を大きく見開いた。


「吸血姫ブリギットたんを称えたい」

「え? きゅうけつき……?」


 そして握りこぶしを作って、力説する。


「そう、今ボクがやってるゲームの中で一番の推しキャラでね! 周囲からは冷徹で容赦のない絶対者の真祖の1人と恐れられてるんだけど、本当は戦いが苦手でぬいぐるみ集めとお菓子作りが趣味、だけど自国を守るために無理矢理自分を偽って先陣を切ってるお姫様なの!」

「あ、そういやスマホのゲームの広告で見たことあるかも。赤いドレスに金髪の子だっけ?」

「そう、それ! いやーゲームの演出も凝っててさ、『塵も残さずこの世から消し去ってくれる』って冷たい声色でバンバン攻撃する一方で、味方がやられた時だけ『いやぁっ!』とか『私のために倒れないで!』って懇願するかのような声が、ホンッとツボ!」

「へ、へぇ」

「それだけじゃないよ! 古の呪歌でバフを掛けてくれるんだけど、実際声優さんが唄ってるんだよね! 歌詞もさりげなく仲間への信頼とか心を寄せているとか、健気さや必死さいうのがよくわかってさ、テンションも上がる上がる! そんな些細なところから家臣もブリたんの優しさとかに気付いてるし、支えたいって気持ちがよくわかる! 呪歌のシングルが出た時は5枚お布施したし、今度1枚持ってくる!」

「わ、わかった、うん。ぶりぎ……」

「ブリギットたん!」

「うん、そのブリギットたんが魅力的なキャラだっていうのはよくわかったから、ちょっと落ち着こう? な?」

「ボクは十分冷静だよ!」


 一度何かのスイッチが入ってしまった春希は、完全に早口で推しを語るオタクのそれだった。

 別に珍しいことじゃないし、いつも霧島家や秘密基地ならばはいはいと流すところだが、ここは教室である。

 一体何事かと周囲の視線が集まるのを感じた隼人は窘めようとするものの、一度火が付いてしまった春希は止まらない。


「そう、ブリたんは天涯孤独といった設定やギャップのある性格、推せるポイントは盛りだくさんなんだけど、何より強く推したいところはブリたんのストーリーのラストで判明する――実は男の子だった、ってところ……っ! あれは衝撃でもうが爆発しちゃったね! もぅ元に戻らなくなっちゃったよ!」

「わかる……っ! オレもそれを知った時、すんげぇショックだったんだけど、やけに胸がドキドキして止まらなくなっちゃってさ!」

「あーしも! 実はあまり女の子の格好刷るのが好きじゃない、って言いつつ可愛いドレスを送られガチで喜んでるシーンで弟がドン引きするくらい鼻の穴大きくしちゃって!」

「拙者、同性愛者ではござらぬが、ブリギットきゅんなら余裕でいけるし、むしろ抱かれたいでござる……っ!」

「薄い本、薄い本はまだかーっ!」


 春希の熱に煽られた他のクラスメイトたちも一斉に立ち上がり、我こそはと咆哮を上げる。

 そして口々に「お迎えするのにバイト20時間分吹き飛んだ」「妹に土下座して金を借りた」「課金でなく、お布施」「下僕としての義務」といった不穏な会話が飛び交う。

 正直ちょっとドン引きだった。

 しかしそれだけ人気のあるキャラということもよくわかった。

 隼人だけでなく、他のゲームをやってないクラスメイトも引き攣った笑みを浮かべつつも、顔を見合わせ頷き合う。

 そして彼らを代表して、それまで話の中心人物の1人だった恵麻が確認するかのように問いかける。


「じゃ、じゃあその吸血姫カフェってことでいいかな? その、春希ちゃんが吸血鬼のお姫様になって、お客はその国民として称えにやってくるって感じの」

「任せて! 心におちん〇ん生やして最高のブリたんを演じて見せるから! 『よく来た、眷属よ…………その、ありがと。べ、別に嬉しがってるわけじゃないんだからね!』」

「「「「うおおぉおぉおおぉぉんっ!!!!」」」」


 そして春希の声と共にゲームプレイヤー眷属たちが歓喜の雄たけびが上がる。

 隼人は何やってんだとばかりに、痛むこめかみを押さえるのだった。


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