211.霧島家の食卓にて


 霧島家のあるマンション、その夕食時。

 姫子はぷりぷりと頬を膨らませていた。


「もー、聞いてよはるちゃん! うちの中学の文化祭ってば吹奏楽部の演奏に弁論大会、それから各クラスの展示くらいなもので、模擬店とか喫茶店とかないんだよ!? クレープ、たこやき、かき氷~っ!」


 沙紀はそんな親友に、困った笑みを浮かべる。

 食べ物を扱わないことにご不満らしい。今朝から学校で文化祭の説明を受けて以来、ずっとこの調子だ。

 文句を言いつつパクパクと夕飯のから揚げを頬張り、「おろしポン酢もさっぱりしてていいけど、もう暑くないし甘酢餡かけとかでいいいのに」と言って、更に頬を膨らませている。

 しかし隼人も春希もそんな姫子に慣れたもの、ふぅんと聞き流しながらジト目で言葉を返す。


「姫子、よしんば模擬店が許可されてるとして、食べるだけじゃなくて作らないと行けないし、たこ焼きや焼きそばを作っても味見しちゃなんだぞ」

「そうそう、もちろんパフェやクレープを作っても生クリームやフルーツのつまみ食いもしちゃだめだしね」

「うぐ……っ」

「……ぷふっ!」


 息の合ったツッコミに思わず吹き出してしまえば、姫子が「沙紀ちゃんまで!?」と顔を赤くして涙目になるので、「姫ちゃん、ごめんごめん」と宥めながらから揚げを1つ分けてあげると、たちまちパァッと顔を輝かす。相変わらず姫子はチョロかった。将来が心配になるほどに。

 そして沙紀はあははと苦笑しながら、呆れたため息を吐いている隼人たちに向き直る。


「そういえばクラスで、お兄さんや春希さんたちの高校の文化祭ってかなり大きいって聞きましたけど」

「らしいな。外部にも開放されているからお客もたくさん来るし、生徒じゃなくても参加できるミスコンとかステージイベントは相当盛り上がるらしい」

「模擬店とかでも人気投票があるから、皆色々と工夫するみたいだしね。特に部活とかだと人気次第で部費にボーナスあるらしいから、必死になるとか」


 へぇ、と感心の声を上げる沙紀。

 とはいうものの、具体的にどれほどのものか想像できないのだが。

 だがそんな想像できないことも、都会に来て以来楽しいものだと思う。

 するとその時、隼人と春希の話を聞いた姫子が、「あ!」と何かに気付いたような声を上げた。


「外部に開放ってことは、あたしたちもおにぃやはるちゃんの文化祭に行けるの!?」

「もちろんだよ、ひめちゃん。志望校にしている中学生が来るのとか珍しくないしね」

「わ、行く行く、絶対行く! あ、そういやはるちゃんやおにぃたちって、文化祭で何やるの?」

「まだ全然、何も。話し合ってる最中だな」

「海童のところは女装キャバクラなんてイロモノやるみたいだけどね」

「え、何それ!?」


 キラキラと好奇の色で瞳を輝かす姫子。

 そしてブツブツと「そもそも一輝さん、MOMOの弟だし」「肩幅はショールとかで誤魔化せるし」「高身長はむしろスタイルの良さでプラスになるんじゃ!?」と、真剣な顔で考察し始める。

 やがて姫子はジッと隼人の顔を見つめだし、やけに真剣な声色で一言。


「ねぇ、おにぃ。ちょっと――」

「やらんぞ!」


 姫子の剣呑な空気を感じ取り、秒で断りを入れる隼人。


「まだ何も言ってないのに! おにぃのケチ!」

「ぜってー似合わないの、わかってっから!」

「そんなのやってみないとわかんないじゃん!」

「やらなくてもわかってるから、やりたくないって言ってんの!」


 そんな風に声を張り上げる霧島兄妹。

 沙紀と春希は互いに顔を見合わせ、この微笑ましいとも言えるやり取りに顔を見合わせ笑みを零す。

 しかしふと考える。

 親友の姫子はスラリとした、都会においても目を見張るような可愛らしい女の子だ。

 そして隼人はその姫子と血が繋がった実兄だけあり、顔立ちや雰囲気がどこか似通っている。実際、都会に来てから髪や身だしなみを整えたよそ行きの姿を何度か見たことがあるが、ドキリとしたのは記憶に新しい。

 だから隼人が女の子の格好をした時のことを想像してみて――やけに胸がドキドキしてしまうことに気付く。

 もし女の子になった隼人に迫られたりしたら……そんな想像をすれば、カッと一気に身体が熱くなってしまい、両手を赤くなった頬に添えてイヤイヤともどかしそうに身体をくねらせる。


(わ、私、いけない子になっちゃう……っ!)


 沙紀が倒錯的な妄想に溺れてると、ふいに目の前の春希が悟りを開いたような声色でポツリと呟いた。


「……隼人のそれ、案外ありかも」


 その言葉を耳にした沙紀はくわっと瞠目し、前のめりになって春希の手を掴み心からの賛同を示す。


「ですよね!」

「春希だけじゃなく沙紀さんまで!?」


 霧島家の食卓に、隼人の信じられないとばかりの悲痛な叫び声が響くのだった。

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