210.みなもの異変
放課後、隼人と春希は園芸部の花壇がある校舎裏を訪れていた。
みなもと共にジャガイモやナスといった秋野菜、スティックセニョールや大根、白菜といった寒い時期に向けてのものの世話をしながら話すのは、やはりここでも文化祭について。
「文化祭、楽しみですよね! うちの高校かなりの規模らしくて、学外からもたくさんのお客さんが来るって話ですし!」
「月野瀬じゃ文化祭という名の映画上映会だったからな、各種模擬店にステージイベント……あはは、正直どんなのか全然想像つかないや」
「ボクの中学も文化祭とは名ばかりで、大規模な学習発表会にスピーチ、合唱コンクールに展示もの、まぁ地味だったからね、わくわくしているよ!」
手を動かしながら、会話に花を咲かす。
どうやら都会でも中学校と高校では規模が違うらしく、話にも熱が籠る。
「私は去年色々あって、文化祭自体参加出来なかったから、余計に楽しみです!」
「そうなんだ。って、そういやみなもちゃん、うちの部活から何か出したりする? 漫研とか演劇部とか茶道部みたいな文化系だけじゃなく、野球部とかバスケ部とかでも何か出すみたいだけど」
「うーん、特に何も考えていませんね。以前であれば花で校門や広場を飾り付けたり、部活で育てたハイビスカスやラベンダー、カモミールとかでハーブティーを作って振舞ってたみたいですけど……」
「うちで作ってるのは野菜ばかりだな。ってか前から気になってたんだけど、俺たちの他に部員っているのか?」
「ここ2年ほど誰もいなかったようで、私たちだけですね。だから4月は大変でしたよ。スギナ、ミント、ドクダミ……」
「あぁ……」「あ、あはは……」
繁殖力旺盛な不倶戴天の
隼人も光彩を消した瞳でみなもの苦労を偲び、痛ましそうな同意の声を漏らす。
春希はそんな2人を見て口元を引き攣らせた。
「ともかく人手も足りないし、やれることも限られそうだから、園芸部では基本的に何もしないつもりです。来年は何かやりたいですね!」
「そうか。……しかし、よく廃部とかになってないな?」
「んー、うちはその辺の規定は緩いみたい。ただ部費に関してはシビア――って、みなもちゃん!?」
「――ぁ」「っ!?」
春希の焦った声が響く。
作業が一段落して腰を上げようとしたみなもが、ふらりと頭から地面に倒れ込む。
咄嗟に動いた春希が腕を掴み、みなもも片手を地面について事なきを得る。
「ふぅ、よかった」
「ナイス、春希! 大丈夫か、みなもさん? 立ち眩み?」
「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしそうにはにかむみなも。
本当に大丈夫なのかと思いまじまじと見てみれば、顔色が少し優れないことに気付く。
眉を顰める。春希もそのことに気付いたのか、視線が合えば頷きを返す。
「みなもちゃん、もしかして貧血? ええっと、そういうアレな感じの日?」
「んっ、あー……チョコレート、は持ってないな。飴ならあるけど……自販機でココアでも買ってこようか?」
「ふぇっ!? い、いえ、そういうのじゃなく! 大丈夫ですよ、ちょっと寝不足なだけで……その、おじいちゃんの退院とか保険の書類の手続きとかそんな初めてことを調べたりして、てんやわんやしちゃってて……」
「あぁ、なるほど。うちはそのへん親父が全部やってくれてるからなぁ」
「隼人のおばさんも、もうすぐ退院なんだっけ?」
「そうだよ」
「そちらも早くおうちに戻られるといいですね」
にこりと笑みを浮かべるみなも。
そうこうしているうちに散らばってしまった雑草もまとめ終え、他の作業も終わる。
みなもはテキパキと道具を集め、今度は危なげなく立ち上がり、「後は私が片付けておきますね」と言ってこの場をそそくさと後にする。しかしその背中はどうにも少し、ふらついているようにも見えた。
やはりどこか体調が悪いのかもしれない。
心配になって後を追いかけようとしたら、ふいに春希が手を掴み、押しとどめる。
「待って」
「……春希?」
予想外の春希の行動に訝しみ、どうしてと抗議の声を上げかけるも、そのやけに真剣な表情に思わず口を噤む。
「……」
「……」
無言でその場に佇むことしばし。
春希はもう片方の手を口元に当て、何か言葉を転がしているようだった。
だから隼人は、ジッと春希を見つめながら待つ。
やがて春希は瞳を揺らし、躊躇いがちに口を開く。
「ね、隼人。みなもちゃんってさ、おじいちゃんと仲が良いよね?」
「うん? あぁ、孫バカっていうのか? 随分可愛がられているみたいだし」
「じゃあ……――両親のことは?」
「それは……」
言葉に詰まる。詳しく聞いたことが無い。
ただ、つい先日まで祖父の居ない家で、実質1人暮らし状態だったということは知っている。
何かしら言いにくい事情があるのは明白だった。
みなもはふとした時に、寂しげな顔を見せる時がある。それはひどく、既視感のある顔だ。
だから彼女のことは、どこか他人事じゃないところもあって放ってはおけない。
だけど、おいそれとは踏み込めない。
歯痒さがある。
それは春希も同じだろう。
春希は掴んだ隼人の腕をぎゅっと強く握りしめ、そうであって欲しくないという思いを滲ませ呟く。
「さっきのみなもちゃんの顔、似てたんだ」
「……似てた?」
「ボクに。正確には、お母さんやおじいちゃんたちに拒絶された時の、ボクに」
「っ! それって……」
そして「杞憂だといいんだけどね」と言葉を続け、自嘲気味に笑う。
隼人の顔がくしゃりと歪む。
みなもにどういう事情があるかはわからない。
ただ腕を掴んでいる春希が、まるで迷子になって縋りついているように見え――だから隼人はその手を取ってぎゅっと握りしめ、胸の内を謳う。
「何かあったらさ、いの一番に駆け付けようぜ。だってみなもさんは――俺たちの友達なんだから」
「隼人……うん、そうだね!」
隼人がそうだろとばかりに強い意志を込めた笑みを向ければ、春希も目をぱちくりとさせた後、力強く頷く。
みなものために何かする――そのことで2人に躊躇いはなかった。
そう、隼人にとって、春希にとっても友達は特別なのだから。
隼人と春希は意志表明とばかりに、コツンと握りこぶしをぶつけ合わせるのだった。
※※※※※※※※
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こちらの方も良かったらお読みくださいね。
にゃーん
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