209.文化祭に向けて


 朝礼にて担任教師が諸連絡の後、最後に告げた言葉で一気に教室が沸き返った。


「次のLHLロングホームルームでは文化祭について色々決めるぞー、色々考えておくように」


 教室では早速とばかりに近くの者たち同士で言葉を交わし、どんどんと盛り上がっていく。担任も最初こそは「静かにー」と言っていたが、やがて言うだけ無駄と悟ったのかそのまま去っていった。

 文化祭。

 高校生活を彩る一大イベントの1つ。

 もちろん隼人だって心躍らないわけがなく、隣の春希に声を掛けようとして――


「なぁ春希、文化祭――」

「ね、ね、二階堂さん、やっぱ文化祭といえば喫茶店だよね!」

「せっかくなら衣装にもこだわりたいというか、ベタだけどメイド喫茶よくない? 絶対人気出るよ!」

「いやいや、巫女カフェとかも全然ありっしょ!」

「ていうか二階堂さんミスコン出るの!? うちらめっちゃ応援するし!」

「それよりバンドとか興味ない!? 二階堂さん、歌とか動画ですごく上手かったよね!」

「ならここは、ライブカフェするとか!」

「どうせならコスプレとかして!」

「「「きゃーっ!」」」「「「うおおおおおおっ!」」」


 またも春希は囲まれていた。

 今度は女子だけでなく男子も一緒になって、文化祭の催し物について捲し立てられている。

 確かに1年でもよく知られている春希を看板娘にでも据えれば、成功は約束されたも同然だろう。彼らの勧誘に熱が籠るのも無理はない。

 春希が「部活や実行委員の方が忙しいので、あまり力にはなれそうにないです」とやんわり断っても、「ちょっとだけでいいから!」「シフトとか時間は二階堂さんに合わせるし!」と食い下がってくる。

 隼人は人気者も大変だな、と思いながらため息を1つ。

 どこか他人事だと眺めていると、ふいに声を掛けられた。


「霧島くんさ、料理できる人なんだって?」

「そうそう、森くんが弁当いつも自分で作ってるって! やばくね!?」

「裁縫もソーイングセット持ち歩くくらい得意だとか! むぎちゃんが言ってたよー!」

「むぎちゃんのボタンだけじゃなく、バイト先の制服もちゃちゃっとほつれを繕ってくれたって、伊佐美さんが!」

「っ!? え、あ、いや、その、えっと……!?」


 そして隼人も囲まれた。

 料理や裁縫の腕を買われてのことらしいが、まさか声を掛けられるとは思わず、何とも言葉を詰まらせてしまう。

 そんな中、伊織と恵麻がこちらに向かってグッと親指を立てているのが見えた。

 どうやら2人が隼人のことを皆に喧伝していたらしい。

 少し気恥ずかしいような、しかしこうして頼られるのは悪くない気分だった。



 春希、そして隼人への勧誘は休み時間の度に繰り広げられた。

 昼休みになって早々、2人は伊織と恵麻と連れ立ち、廊下でこちらに向かってきてた一輝と合流して食堂へ。

 お昼時の食堂は、相変わらずお腹を空かせた学生たちで溢れかえっていた。

 転校直後はこの混雑具合に度肝を抜かれ、とても利用できるものじゃないと思っていた。しかし都会に出てきて早4ヶ月と少し、街の喧騒にもなれたこともあり、今ではたまに利用することもある。

 とはいえ、今日はいつものようにお弁当だ。同じ弁当組の伊織と共に席を確保しつつ、皆が揃うのを待つ。

 そして皆と一緒にお昼をつつきながら話すのは、やはり文化祭のこと。

 隼人たちの朝礼後のことを聞いた一輝が、質問してくる。


「へぇ、二階堂さんだけじゃなく、隼人くんも引っ張りだこになってたんだ?」

「もっとも俺は裏方だけどな。それに何をするかまだ全然決まってないし、答え辛い」

「まぁうちのクラスは二階堂がいるからなー。何かしら衣装のある喫茶店で、っていう方向で動いてるみたいだ。オレはハロウィンコスプレ喫茶を推しといたぜ」

「ボク、あまり表に出たくないんだけどなぁ」


 春希が困ったような顔で呟けば、恵麻が目をぱちくりとさせる。


「えぇ、もったいない! 二階堂さん舞台映えするし、歌も踊りも上手いのに!」

「二階堂、今朝の動画でも評判よかったよな。もしかしてミスコンも出ないのか?」

「……目立つの、苦手なんだよね」


 食い下がる恵麻と伊織に、春希は申し訳なさそうな困った顔を作った。

 文化祭には大勢の人が、外部からもやってくる。

 そして、どこに誰の目があるかもわからない。今朝の動画がいい例だ。

 しかし田倉真央との確執なぞ、他の人が知る由もない。

 隼人は目の前の春希に眉を顰めつつ、話の流れを変えようと質問を投げかけた。


「なぁ、そういえば一輝のクラスはどうなんだ?」

「うん? うちのクラスは早々に女装キャバクラをすることに決まったよ。僕も当日指名ナンバー1を目指すから、是非応援に来てよ」

「え?」「……は?」「ぶっふぉっ!」「きゃーっ!?」


 さらりと色物の出し物に参加することを告げる一輝。

 予想外のことに呆気に取られる隼人と春希に、お茶を噴き出す伊織。そしてどこか目をキラキラと輝かせる恵麻。

 目尻に少しの涙を浮かべた伊織が、肩を震わせながら訊ねる。


「た、確かに面白そうな企画だな。一部の女子とかが好きそうだ」

「うん、実際そんな感じだね。今までにあまり関りの無かった女子たちが中心になって、他の子たちと一緒に盛り上がってるよ」

「わかるわかる! 私もちょっと興味あるし!」

「え、恵麻……?」

「そういや姫子も月野瀬に帰った時、心太にやたら可愛い恰好をさせたがってたな」

「あはは、まぁでも実際可愛かったよね、心太くん」

「……心太?」


 一輝の表情がピシリと固まり、怪訝な声を零す。

 隼人はそれを見て、心太という自分と春希しかわからない名前を出してしまったことに気付き、バツの悪い顔を作る。

 どう説明したものかと「あ~」と母音を口の中で転がしながら、スマホの写真ファイルを呼び出し彼らの前に画面を向けた。


「えっと、これ」

「この子、が……?」「お、いいじゃん!」「きゃーっ、ちょっと何この子すっごく可愛いんですけど!」


 そこに映っているのは、祭りの時に撮影した女児用の稚児服を身に纏い、髪や化粧をそれ用にと整えられた心太の姿。

 どこからどうみてもショートカットのおめかしした女の子にしか見えず、ある意味姫子渾身の力作だ。

 それを見た一輝と伊織は感嘆の声を、恵麻は興奮気味の黄色い声を上げる。隼人はおずおずと言葉を紡ぐ。


「その子が心太。その、沙紀さんの従弟。うちの田舎、祭りの時に7才になった子供を山車に乗せて練り歩く風習があってさ」


 そして隼人は一緒になって川遊びやバーベキューをした時の、普段の少しやんちゃな男の子とした心太の写真を見せる。

 すると今度は3人の表情が、みるみる驚きへと変わっていく。


「へぇ、これはこれは……」

「ひゅう、これはすごいね。変身だわ」

「まってまって、この子があの娘に!? やば、ドキドキしてくる……っ!」

「あ、ボク他にも沙紀ちゃんの小学校入学式の時の服とか、小さい時の巫女服を着せた写真、あるよ」

「っ!? 二階堂さん、見せて!」

「はい、これ」

「きゃーっ!」

「……いつの間に心太にそんなことを」

「やー、ボクも心太くんには悪いと思いつつも、ひめちゃんや沙紀ちゃんを止められなくて。まぁ止める気もなかったんだけど! にししっ」


 そう言って、ちろりとピンクの舌先を見せる春希。

 どうやら心太は、隼人の知らないところでも餌食になっていたらしい。

 春希のスマホに鼻息荒く食いついている恵麻を見るに、ご愁傷さまとかつての心太に心の中で手を合わせる。

 そして恵麻の反応をジッと見て何かを考え俯いていた一輝が、顔と共に声を上げた。


「どうせなら僕も本気で女装に臨んでみようかな? 化粧とかウィッグとか服とか……うちのクラスの女子たちや、姉さんにも教えてもらってさ」

「お?」

「それって……」


 一輝がにこりといつもの人好きのする笑みを浮かべて言う。

 しかしその言葉に、なんとも違和感を覚えた。

 思えば、今朝のMOMOのネタの時もそうだ。

 一輝はこれまで女子との間に一線を引き、なるべく関わろうとしてこなかった。かつてのことから恐れていたと言ってもいい。

 今までの一輝らしくはない。

 だが悪い意味ではなく、何か殻を破ったというか、強くなったような印象を受ける。

 明らかに自分を変えようとしての行動だった。

 きっと。

 先日の秋祭りのことが、きっかけになっているのだろう。


「……そっか、じゃあ当日楽しみにして笑いに行くよ」

「おや、言ったね? じゃあ惚れさせるくらいの意気込みで臨むよ」

「オレも恵麻と一緒に指名しに行くぜ」

「って、海童くんが霧島くんを落とすって聞こえたんですけど!?」

「む、海童ーっ!」


 そして男子3人顔を見合わせ、食堂に愉快気な笑い声を響かせた。

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