208.ふとした変化


「あ、二階堂さん来た!」

「わ、マジでそっくり、っていうかやっぱ本人じゃん!」

「ね、ね、これってやっぱ二階堂さんだよね!?」

「み゛ゃっ!?」


 教室に着くなり、春希はあっという間に女子たちに囲まれた。

 彼女たちは一様に手にスマホを持っており、見慣れない顔も多い。どうやら他のクラスや上の学年からもやって来ているようだ。


 突然のことに面食らう隼人。

 その間にも春希は彼女たちに揉みくちゃにされ、「「「きゃーっ!」」」という黄色い声と共に「んみ゛ゃーっ!?」という鳴き声が上がる。

 恵麻もなんとか春希をフォローをしようとするのだが、焼け石に水。むしろ「え、その場に伊佐美さんもいたの!?」とツッコミを入れられ、一緒になって翻弄される。

 隼人は目をぱちくりとさせつつ、鞄を置いて伊織の方へと視線を向けた。


「アレは一体……?」

「先日浴衣を買いに行った時さ、MOMOとの騒ぎあっただろ?」

「あったな、動画とか結構回ってたっけ。けど結構前の話だろ?」

「それが最近さ、SNSを中心にMOMOの隣のあの黒髪の女の子は誰だ!? って話題になっているらしくって」

「……うちの学校の女子たちが、もしかして春希なんじゃ、と気付いたわけか」

「そういうこと」


 MOMOのその件は、以前にも話題になってはいた。だがそれは半月近くは前の話であり、どうして今になってと首を捻る。

 すると伊織が肩を竦めつつ、自分のスマホをこちらに差し出す。


「……これは」


 画面に映っているのは最近バズッたという件の動画。

 春希が目立つように撮影、編集されているだけでなく、コメントでも「MOMOを引き立たせるように唄ってるのやばくね?」「振り付けや位置取りとかも、完全にプロのそれ」「MOMOと並んでるところも見劣りしてないし、相当可愛い」といった、春希の存在を煽るような文言が多い。

 何かしら裏に恣意的なものがあるのを感じ、眉間に皺が寄っていく。脳裏に浮かぶのは端正な30代過ぎの何度か顔を合わせた男性――桜島の姿。

 無関係ではないだろう。

 今までの反応を見るに春希を、いや、田倉真央の娘のことを知っているの間違いない。

 それとは別に、彼の立場として春希のあの才能・・を放っておくというのも難しいだろう。

 今まで間近でそれを見てきているだけに、それがわかる。分かってしまう。知らず、もやもやする胸を押さえる。


「……これは一体何の騒ぎなんだい?」

「一輝」


 そこへ一輝が現れた。朝練から直後なのか、まだジャージ姿。どうやらこの騒ぎが気になってやって来たらしい。

 伊織が苦笑と共にスマホを差し出せば、画面を覗き込み「……あぁ」と何ともいえない声が零れる。

 そして互いに顔を見合わせ、春希の方へと視線を移す。

 ヒートアップしている女子たちは、「これってスカウトされてるよね!?」「二階堂さん芸能界入るの!?」「今のうちにサインもらっといた方がよくない!?」と妄想を逞しくし、揉みくちゃにしていた。

 春希にとって芸能界は――田倉真央に関わるような話題は一種の禁句だ。「アレ、アレはその、アレで」とアレになって顔を引き攣らせている。

 だが、彼女たちはそんな事情、知る由もない。当然だ。


 隼人は目を細め、ぎゅっと拳を握りしめる。

 何とかしないと。

 でもどうやって?

 歯痒く眺めながら思案していると、やおら一輝が立ち上がった。

 一瞬の躊躇いを見せたものの小さくかぶりを振り、こちらに向けてウィンクを1つ。

 隼人、そして伊織の目が驚愕に見開かれる。

 そして一輝は自分のスマホを取り出し、よく通る声で教室に言葉を響かせた。


「そうそう、MOMOといえば髪を乾かさずに寝ちゃって、爆発させた髪を最新のパーマだって登校してきた時の写真、あるよ」

「「「「っ!?」」」」


 一気に一輝へと注目が集まる。

 一輝はにこりといつもの人好きのする笑みを浮かべ、彼女たちの好奇の視線をさらりと受け流し、ひらひらと手に持つスマホを掲げれば、あっという間に春希から興味が移っていく。


「うっわ、このボサボサ具合やばい、ていうか微妙に似合っているのが色々ありえねーっ!」

「愛梨が唇尖らせながら髪梳いてるのウケるーっ!」

「2人とも同じ制服、って先輩後輩なんだっけ?」

「てか海童くん、何でこんな写真持ってんの!?」

「あぁ、実は中学が同じでね。ほら、他にも頻繁に失くすリップクリームを愛梨が全部見つけて、机に並べてお説教してる動画もあるよ」

「「「「っ!?」」」」


 さすが実弟、MOMOのそういった少々残念なネタには事欠かないらしく、女子たちをあしらいつつも次々にネタを提供していけば、彼女たちも他では知り得ない情報に惹き込まれる。効果は覿面だった。

 だがその姿に違和感を禁じ得ない。彼らしくない行動だった。

 春希に助け船を出すためとはいえ、この行動は一輝がMOMO有名人身内だとバレるリスクもある。

 そもそも一輝は中学の時の失敗から、女子と積極的に関わろうとしない。避けている節さえあるのだ。

 今までの一輝ならば、こんな危険な綱渡りじみたことはしなかったに違いない。


「海童……」


 いつの間にか人波を抜け出し傍に来ていた春希が、何とも訝しむ声色で呟く。

 ふと、一輝と目が合った。一輝は春希に向けて、にこりと手を振る。

 すると春希も一瞬目をぱちくりさせ、しかし憮然とした表情でそっぽを向く。そして隼人にだけ聞こえるような小さな声で、ポツリと呟いた。


「助けてくれて、あんがと」

「本人に直接言ってやれよ」

「……ふんっ!」

「ぁ痛っ!?」


 隼人が呆れたようにツッコめば、機嫌を損ねた春希に脇腹を抓られるのだった。



※※※※※※※※


本日てんびん5巻発売です。

7割書き下ろしてなっており、WEB版を読んだ方ならより楽しめるものになっているかと。

是非応援よろしくお願いしますね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る