205.くそっ、覚えてろよ!


 一輝の行動に誰もが呆気に取られていた。

 唯一殴られた彼だけはすぐさま激昂し、殴り返す。

 ゴツッ、と骨と骨がぶつかる鈍い音が響く。


「てめっ、何しやがるっ!」

「それは僕のセリフだっ!」

「ぐっ……調子に、乗んじゃねぇっ!」


 思いっきり横っ面を打たれた一輝だが、それでも怯むことなく彼の胸倉を掴み返しては頭突きをかます。


「ずっと思っていた! そもそも、裏切りものって何なんだよっ! そんなに高倉先輩のことが好きだったんなら、キミがもっと積極的に話しかけるべきだったんだ!」

「っ! 恵まれた状況のお前に、何がわかるっ!」

「何もわかんないよっ! フラれた原因を僕に擦り付けるやつの心境なんてっ!」

「~~~~っ、ふざっけんなっ!」

「そっちこそ!」


 罵り合いながらの取っ組み合い。

 やがて興奮した一輝は彼だけでなく、他の5人にも矛先を向け、叫ぶ。


「好きな人を取った? 僕が浮気している? あの時、僕がどんな思いで違うと声を上げていたか! あぁ、今はもうキミたちのような妬み深い連中と縁が切れて清々しているね、このヘタレどもめ!」

「っ! うるせーんだよ!」

「お前、黙れよ!」

「海童のくせにっ!」

「うぐっ!」


 一輝が挑発すれば、逆上した彼らに突き飛ばされ、無様に地面に転がされる。胸を強く打たれたのか、ゲホゲホと咳き込む。


(――何やってんだ、あのバカッ!)


 隼人も思わず心の中で毒づく。あんなことを言えばこうなることなんて、わからないはずがないだろう。

 だけどその時ふいに顔を上げた一輝はこんな時だというにもかかわらず、すっきりとした笑みを浮かべていて――気付けば駆け出していた。


「一輝っ!」

「隼人くんっ!?」

「っ!?」「なんだよ、お前っ!」


 一輝へ追い打ちをかけ蹴飛ばそうとしていた相手に体当たり。そして庇うかのように立ちふさがった。

 当然、彼らの射貫くような視線が隼人にも突き刺さる。

 明確な悪意が込められたそれは、生まれて初めて向けられるもの。

 ぞくりと背筋が震え、後ずさりそうになるのを、悪罵を噛みしめ踏み留まる。

 もしここで1歩でも引いてしまえば、もう2度と一輝の、友達の隣に胸を張って並べなくなってしまうだろうから。

 そんな自分は、到底認められない。


(――っ)


 ふと、春希の顔が脳裏を過ぎった。

 母に、祖父母に、周囲から悪意をぶつけられ、それでも笑顔をの仮面を貼り付ける春希を。そして何かを理解する。

 だから隼人は笑う。

 先ほどの一輝のような獰猛な笑みを浮かべ、「はっ!」と鼻を鳴らし――を笑い飛ばしてやった。

 するとそんな態度の隼人にバカにされたと思ったのか、一輝同様突き飛ばそうとして――


「てめ、何を笑って――」

「おっと!」

「ぐっ!?」「伊織くんっ!」「伊織っ!?」


 伸ばされた手を横から割って入ってきた伊織が掴み、捻り上げた。

 驚く隼人と一輝。

 当然、伊織にも敵意の視線がぶつけられる。

 だがその伊織はへらりといつもの調子で笑って受け流し、そしてうそぶく。


「なぁ、一輝に隼人さ、面白いことするならオレも混ぜてくれよ」

「伊織、くん……ぷっ」

「はは……あははははははははっ」


 隼人も、そして一輝も思わず吹き出してしまった。

 一体何をやっているんだろうと思う。

 多勢に無勢、そもそも喧嘩なんてしたことない。ロクな勝負にすらならないだろう。

 だというのに、この状況がどうしてかおかしくてたまらない。


「あ゛ぁ!?」

「チッ、何笑ってんだよ!」

「くそうぜぇ……」


 そんな隼人たちに、いよいよ彼らが苛立ちを隠そうとしない。

 いつ殴り掛かろうか機会を見計らっている。

 この場の空気が張り詰めていく。

 腹の内はとうに決まっている。

 だが懸念があった。沙紀や姫子、恵麻たちを巻き込むわけにはいかない。

 だから春希に女子たちを連れてなんとかこの場を離れてくれと視線を送れば、こくりと頷く。

 しかし春希は自らの浴衣と帯に手をかけ――



「きゃ~~~~った、たす、助けて……っ、あの人たちに犯される~~~~っ!」

「「「「「「っ!?」」」」」」



 そして絹を裂くような悲鳴を上げ、隼人に縋りついてきた。

 普段からも春希の凛とした鈴の転がすような声はよく響く。それが泣き叫ぶ声であるなら、なおさら。

 更に今の春希の姿は浴衣がはだけ肩を露にし、帯も中途半端に解かれている。

 まさに無理矢理手籠めにされかけたのを逃げてきたような風貌だ。


 注目が集まる。

 そこへ春希はさらに火に油を注ごうと、彼らを指差し声を張り上げた。


「あ、あの人たち、いきなり私のことをビッチだとか、遊んでやるとか言って……うっ……ううぅ……っ」


 それまでこちらに巻き込まれまいと遠くから見ていた周囲も、さすがに尋常じゃない様子だと騒めき出す。


「おい、見ろよあの子……」

「ひどい……集団で襲ったの……?」

「そういやさっき、尻軽、ビッチ、遊べって言ってたような……」

「人としてやっていいことと悪いことがあるだろ……」

「わ、私ちょっと警備の人探して呼んでくるっ」


 迫真の演技だった。

 もはやどこからどう見ても春希が彼らに襲われ、隼人たちに助けを求めているという状況を作り出してしまっている。

 当の春希はといえば、隼人の胸に顔を埋めているものの、その表情はしてやったりとチロリとピンクの舌先を見せ、意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いや、違っ、そんなこと!」

「あの女が勝手に」


 彼らも周囲に向かって必死に言い訳するものの、余計に周囲の視線が犯罪者を見るそれに変わっていくのみ。

 少し離れたところでは固まる沙紀と、縋りつく姫子。

 それがよけに春希の演技の真実味を増させ、彼らの凶悪さを引き立たせていた。


 さすがにこの状況が如何にまずいか分からない彼らではないらしい。みるみる顔を青褪めさせていく。

 やがて「何事だ!」という警備員らしき声が聞こえるな否や、彼らは雑木林の方へと蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


「ちょ、調子に乗りやがって!」

「くそっ、覚えてろよ!」


 彼らの後ろ姿を見送り、真顔に戻った春希がポツリと呟く。


「あんないかにもな捨て台詞、本当に言う人いるんだ……」

「「「……ぷっ」」」


 そして隼人たちは顔を見合わせ、あははと声を上げて笑った。

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