204.こればかりは譲れない
空気が一瞬にして剣呑なものへと変わる。
そして彼を皮切りに、他の男子たちもにやにやとした侮蔑の笑みを貼り付け、一輝を取り囲む。
「1、2、3……おいおい、今度は4股か?」
「相変わらず女を侍らせてるのな」
「もしかしておねーちゃんをネタに釣り上げてる?」
「いいよな、有名人が身内ってさ」
「……っ」
一輝は俯き拳を握りしめ、爪を皮膚に食い込ませる。
明らかに非友好的な空気だ。
隼人も眉を顰める。彼らのうち2人にはどこか見覚えがあった。記憶の奥底をさらえば、いつぞや映画に行った時のファミレスで絡まれた時の相手と一致する。
どうやら一輝の中学時代の知り合いなのだろう。
中学時代、一輝が彼らと何があったのかはわからない。
別に詳しいことを知ろうとも思わない。
だが、想像はつく。
今の一輝は、学校でもなるべく女子と2人きりにならないよう気を配っているのに気付いている。
他にもバカみたいに不器用なところがあって、口下手で、人を貶めたり傷付けるようなことをしない奴だということもわかっている。わかってしまっている。
なんだかんだで、傍にいて気持ちのいいやつなのだ。
こないだだって、バイトのヘルプで助けてくれてたではないか。
だからその一輝が、友達が、ただサンドバッグのように悪し様に嬲られてるのが、とても、無性に、気に入らない。
「一輝、これらに構うのはもういいから、早く場所を確保しに行こうぜ」
「は、隼人くん!?」「「「「「「っ!?」」」」」」
気付けば身体が勝手に動ていた。
驚く一輝の手をお構いなしに掴み、包囲する彼らを正面から、眼中にないとばかりに強引に分け入り押しのける。
彼らも一瞬唖然としたものの、我に返りすぐさま隼人の肩を掴む。
「おい、お前何なんだよ」
「オレら、海童と話してる最中だろ!」
「話? 俺には負け犬の遠吠えなら聞こえてるが?」
「んなっ!?」
しかし隼人はその手を剥がし、面倒臭そうな顔でシッシッと手で追い払う。
彼は一瞬言葉を詰まらせるも、その挑発的な行動にふぅ~と何かを思い直すかのように芝居がかったため息を1つ。それから「はんっ!」と鼻を鳴らす。
「まぁ海童って性格はともかく顔はいいからな、女子が寄ってくる。だからお前みたいにおこぼれにあずかろうとした奴も寄ってくる。そうだろ?」
「なるほど、お前がそうだったんだな。じゃあ俺もそれでいいよ」
「っ! あぁ、じゃあせいぜいお前が狙ってる女が取られないよう気を付けるんだな」
「実体験からのご忠告をどうも。俺には的外れだが、一応受け取っておくよ。それだけか?」
「~~っ!」
隼人がさもつまらないといった顔と声色であしらえば、彼らの顔もどんどん歪んでいく。返す言葉も無いようだ。
そもそも彼女がどうだとかいう理由で一輝とつるんでいるわけじゃない。
彼らが何と言おうが暖簾に腕押しになるだけ。
呆れたため息が出ては、彼らの感情を更に逆撫でる
すると彼らは隼人相手では分が悪いと思ったのか、今度は後ろにいた春希たち女子陣へと標的を変えた。
「あ、おいっ!」
隼人が制止の声を上げるも、今度は彼らが聞き流す。
侮蔑と哀れみ、そして色欲の混じった視線で彼女たちの身体を生理的嫌悪を覚える目で舐めまわすかのように見られれば、姫子はビクリと身体を強張らせ、困惑し身を捩らせている先の浴衣の袖を掴む。春希もあからさまに嫌そうな顔を作り、伊織は恵麻を庇うように前へ出る。
だけど彼らは止まらない。
「なぁ、どうせならオレたちと遊ぼうぜ」
「そうそう、色々奢るしさ」
「どうせ海童なんて、お前らのこと眼中にないって」
「あ、ここよりもっといい花火にスポット知ってるぜ」
「いいね! よし、決まりっ!」
「っ!」「話を聞けっ!」
隼人の声を無視し、組みしやすそうな怯える姫子や固まっている沙紀へと手を伸ばす。
慌てて隼人が割って入ろうとするが距離も遠い。
目を瞑り身を竦める姫子と沙紀の前に、春希が咄嗟に立ちはだかり一閃。
「『――触るな、失せろ』」
パァンッ、という乾いた音と共に居合のようにその手を打ち払う。
その姿に重なるのは、いつぞやプールで愛梨相手にも見せた、某アニメの剣客。
辺りも一瞬静まり返る。
手を払われた男も斬られたかと思い、首に手を当て間抜けな顔を晒す。
だが実際斬られたわけじゃない。
その場を見ておらず、言葉だけを聞いていた者が激昂する。
「てめ、何しやがるっ!」
「どうせ海童相手に腰振ってるビッチのクセに!」
「そんな女のクセに生意気っ!」
「いいからお前らはオレらん所に来とけばいいんだよ!」
「きゃっ!」「あ、こらっ!」「~~~~っ」
「――――ッ!」
そう言って彼はいきり立ち、春希や沙紀、姫子に向かって掴みかかろうとする。
さすがにそれは隼人も看過できない。拳を握りしめ、彼らの間へ入ろうと駆け出す。
「この、やめ――」
「そこまでにしろ!」
「んだよっ、海童っ!」
すると背後から一輝が大きな声と共に、強引に隼人の二の腕を掴み制止する。彼らも思わず振り返る。
「一輝……?」
「ダメだよ、隼人くん」
「っ!」
どうして止めたのかと抗議する視線を投げるも、やけに真剣な表情で首を横に振る。
まるでここは任せろと、もしくはこればかりは譲らないといったように。
いつもと同じようににこにことした笑顔を貼り付けていたが、今まで見たことのないような表情をしていた。
ゾクリと背筋が震える。異様な表情だ。
彼らも敏感に感じ取ったのか思わずたじろぐも、そこは意地だったのだろう。キッと一輝を睨み返す。
「一言、いいかな?」
「……っ、なんだよ、海童」
「僕はね、別に何て言われても構わないんだ。僕はね」
だが、それで怯む一輝ではない。
1歩後ろに下がる彼らに詰め寄り、より一層凄絶な笑みを浮かべ――
「僕の友達を、大事な人を――バカにするなッ!!!!!」
こればかりは隼人に譲らないと。
そんな声で、気迫で、彼の顔面に拳を叩きつけた。
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