203.凍り付く表情


「よし、と……うん?」

「っ!」


 隼人が絵馬を奉納し終えて振り返ると、いつの間にかすぐ傍に姫子が居た。

 どこか曇らせた表情で絵馬を胸に抱え、先ほどまで縁結びだとはしゃいでいた姿からはかけ離れている。


「姫子?」

「おにぃ……」


 そっと隼人の袖を掴み不安に瞳を揺らして見上げてくる姿は、どうしてかつて母が倒れたときのひめこ・・・と重なった。

 きっと、絵馬にいざ願い事を、自分の中にある神様にどうにかして欲しいと思うことを書くとなった時、やはり隼人同様に母のことを考えてしまったのだろう。

 だから隼人は安心しろとばかりに笑みを浮かべ、がしがしと妹の髪を掻き混ぜる。


「ちょっ、おにぃ! 急に何すんの!」

「なぁ知ってるか、この絵馬って同じ想いを重ねるとよりご利益があるんだって。だから姫子、その願いは絶対叶うさ、な?」

「…………ぁ」


 ――同じことを願ってるから。

 ニコリと笑みを浮かべ、先ほど奉納した絵馬へと視線を投げる。

 するとそんな隼人の気持ちが伝わったのか、姫子の強張っていた表情も緩む。


「もぅおにぃ、髪がぐしゃぐしゃになっちゃう」

「はいはい」


 姫子は唇を尖らせつつもその声色は少し甘えた色をしており、隼人に頭をされるがまま委ねるのだった。



 姫子と共に皆の居るところに戻る。どうやら自分たちが最後だったようだ。

 赤面している伊織と恵麻を中心に、何とも奥歯にものが挟まったかのような空気が流れている。

 そんな中、一輝と目が合った。

 誰との縁を願ったのかといわんばかりのニコリとした笑顔を向けられたので、余計なお世話という意味を込めて眉を寄せかぶりを振る。

 すると一輝は残念とばかりに肩をすくめ、それからスマホで時刻を確認し口を開く。


「花火の時間まで、まだまだ時間があるけど既に人も集まり始めてるね。ここだと座れないし場所を変えるのも手だけど、どうする?」


 一輝の言葉通り周囲に目をやれば、まばらだった拝殿前の広場も徐々に人が増えてきている。だけどここは参拝する人の為の場所でもあり、それにそこまで広くはない。

 花火自体は近くの運動公園から打ち上げるらしく、間近で見ようとそこへと向かう人も多い。

 正直なところを言えば、どちらでも構わない。それは他の皆も同じの様で、どうしようかと決めかねて困った顔をしている。

 するとそんな中、姫子が「はいっ!」と手を伸ばした。


「このお祭りのこと調べたんですけど、この画像の鳥居越しに見えてる花火って、ここから見たやつですか?」

「多分そうだね」

「なら、これと同じ感じで花火見たいです! なんなら写真撮りたい!」

「じゃあせっかくだから、良さそうな場所を探そうか」

「はいっ!」


 一輝がいいかな? といった表情で皆を顔を見回すも、特に誰からの反対もなく、慣れた様子で先頭になって歩き出す。皆もそれに続く。

 途中姫子が「あっ、花火観賞用にわたがしとか用意した方がいいかな!?」と声を上げれば皆の笑いを誘う。

 そんな中、一輝だけが「えっ!?」と真顔になれば、隼人のツボに嵌ってくつくつと肩を揺らす。姫子も抗議とばかりに頬を膨らます。


「もぅ、なんですか一輝さん! 奢れって催促しているわけじゃないんですから。自分で払いますぅー」

「あぁいやそうじゃなくて、えっと食べ過……お腹壊しちゃわないかなって」

「へーきですって、へーきへーき! 別腹ですよ、別腹!」

「そ、そうなんだ」


 そこへ妙ににこにことした笑顔を貼り付かせた春希が、姫子の耳元でポツリと呟く。


「……ダイエット」

「っ! は、はるちゃん……?」

「そういや姫ちゃん、最近秋の新作コンビニスイーツよく食べてたから、お腹周り気にしてたよね~?」

「沙紀ちゃんまで!? だ、大丈夫だよ、最近控えめ気味だったし、それに今日は朝とお昼は抜いてきたもん!」


 みるみる表情が強張る姫子。

 そこへ沙紀も追い打ちをかければ、身体もかちりと凍らせる。

 どうやら今日食べ過ぎだという自覚はあるらしい。

 なんだかんだで節制していた春希と沙紀の顔には余裕があり、姫子への疑惑の込められた目を向けた。

 うぐぐと姫子が唸っていると、にこりと慈しみ包み込むかのような笑みを浮かべた一輝が、甘い声で囁く。


「大丈夫だよ、姫子ちゃん。ここのところずっと我慢してたんだよね? なら今日はチートデイにすればいいよ」

「ちーとでー……あ、聞いたことある!」

「週に1度、何も気にせず食べる日を設けた方がストレス発散にもなって、ダイエットに効果的だってやつだね。僕の姉さんも取り入れてるよ」

「お姉さんも!? じゃあ今日はチートデイにする! 気にせず食べる!」


 それはまるで悪魔のささやきだった。

 免罪符を手に入れたとばかりに目をキラキラとさせる姫子。それを見てにこにこ具合を増す一輝。

 隼人は相変わらず単純な妹に「はぁ」と大きなため息を吐いて口を挟む。


「姫子、チートデイっていうのは何ヶ月もダイエットを続けている人じゃないと効果が無いんだぞ」

「っ!? え、ウソ……っていうか、何でおにぃがそんなこと知ってんのよ!?」

「以前ダイエットがどうこうって騒いだだろ? そん時に調べたんだよ。……一輝に揶揄われてるの気付け」

「一輝さんっ!?」

「あはは」


 姫子がウソだよね? といった表情を一輝に向ける。

 その一輝本人は悪戯がバレたとばかりにちろりと舌先を見せて片目を瞑り、軽く両手を上げた。

 すると姫子は騙したな! とみるみる目尻を吊り上げ、ぽかぽかと一輝を叩いて抗議する。


「もぉーっ、一輝さんまでっ!」

「あはは、ごめんごめ――――」

「全く、女の子に体重の――一輝さん?」

「…………」


 それまで楽しそうな笑みを浮かべいた一輝が、ふいに凍り付いた。血の気と共に表情も急速に抜け落ちていく。

 まさか自分が何かやらかしたのかと思い、オロオロする姫子。

 隼人たちもいきなり固まり足を止めた一輝を怪訝に思い、その瞳が捉えている先へと目をやれば、同じように固まっている6人の男子グループが目に入る。


 やがて先に我を取り戻した彼らの1人が酷薄な、見下すような笑みを浮かべて口を開く。


「いよぉ、裏切者の海童じゃん。相変わらず女連れてんのな」

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