202.神頼み


 合流すると、姫子がうぐぐと難しい顔で唸っていた。

 隼人たちは顔を見合わせ、そして沙紀が気遣わし気に話しかける。


「どうしたの、姫ちゃん?」

「沙紀ちゃん、これなんだけど……」

「型抜き? 馬、秋桜、スカイツリー……わぁ、すごく良く出来てるね!」

「うん、だから食べるのもったいなくて……」

「あ、あはは……姫ちゃん……」

「恵麻さんなんて、もっとすごいよ?」

「「「っ!?」」」


 そう言って姫子が伊織と恵麻の方へと視線を促せば、思わず目を見開き息を呑む。

 伊織が手にするのは白鷺城。

 恵麻が手にするのはエッフェル塔。

 手帳ほどある特注サイズのそれらはどちらも精巧緻密、職人のこだわりが感じられ、芸術品のような出来栄えだった。

 そして伊織も恵麻も互いの作品の健闘をたたえ合うかのように、頬を赤らめつつも握りこぶしを突き合わせている。


「実際、伊織くんと伊佐美さんがやってると、他の人も手を止めて見入っちゃってね。アレは見ものだったよ」

「一輝。俺もあれは、どうやってやってるのか見たくなるな。そういや一輝は型抜きしなかったのか?」

「あはは、したけど僕には型抜きの才能は無かったみたい。全滅しちゃったよ」

「あぁ……」


 そう言って一輝は参りましたとばかり軽く両手を上げる。

 スーパーボールで散々だった隼人も、苦笑を零す。


 そうこうしているうちに、西の空がすっかり茜色に染め上げられていた。

 ほどなくして太陽は夜へと呑み込まれていくことだろう。

 花火までの時間もあと少し。

 やがてにぎやかな屋台の数も減り、拝殿が見えてきた。

 社務所には多くの人が集まっており、複数の巫女さんが参拝客を捌いている。

 それを見た恵麻がポツリと、少しばかり羨望の混じった声色で呟く。


「こういう祭りの日だけ臨時で巫女さんのバイト募集しててさ、あれ人気でかなり倍率高いんだよねー」

「あぁ、僕のクラスでもコスプレじゃない巫女服着られるって、女子が騒いでたね」

「女子だけじゃなく、巫女さん嫌いな男とかいないだろ。な、隼人?」

「……俺に振るなよ」


 伊織に話の水を向けられた隼人は、困った顔で沙紀へと視線を移す。

 皆の注目を集めた沙紀は、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべる。


「そうだった、隼人は本物の巫女ちゃんを見慣れてるんだっけ」

「沙紀さん巫女姿で村中歩いてたから、トレードマークみたいなものでなぁ」

「あ、あはは……その、着替えるのとか億劫でして」

「ぐぬぬ、恵まれてるやつめ!」


 妙に悔しがる伊織。皆もあははと笑いが起こる。

 そんな中、姫子が眉を寄せながらしみじみと言う。


「でも沙紀ちゃん以外の人が巫女服着てるのって、何か変な感じ」

「あぁ、確かに」

「こちらはバイト雇わないといけないくらい盛況のようですから……あれくらいうちも儲かっていたら、修繕費も……雨漏り……」

「さ、沙紀ちゃん!? おーい、沙紀ちゃんってばーっ!」


 ふいに顎に手を当て、ブツブツと考え込む沙紀。珍しくツッコミを入れる姫子。

 その様子を見てくすりと笑いを零していた春希は、ふとあることに気付く。

 社務所での用事を済ませた人々は、拝殿にお参りするでなく、皆一様に同じ場所に向かっていた。


「うん? アレ……」


 春希の呟きを捉える隼人。どうやら春希はジンクスのことを知らないらしい。

 逡巡することしばし。どうせ有名な話だし、と思い口を開く。


「絵馬だな」

「絵馬? あのお願いとか書くやつ?」

「あぁ、同じ願いが重なるとご利益があるんだとさ」

「へぇ、隼人のくせによく知ってるね」

「くせにって。まぁ俺もついこないだ知ったばかりだけどな」


 するとそこへ一輝がにこりと伊織と恵麻の方を見ながら口を挟む。


「特に縁結びに効果的だって有名だよ。同じ思いを重ねて、ってね」

「えんむす……?」「一輝っ!?」「っ!?」「縁結び!?」


 一輝の言葉に春希だけでなく、姫子と沙紀も反応する。どこか緊迫した空気が流れる。

 そしてそれを肯定するかのように伊織と恵麻が頬を赤らめ恥ずかしそうに顔を背ければ、姫子が「きゃーっ!」と黄色い声を上げ、沙紀に「う、馬に蹴られちゃうよ!」と窘められる。


「縁結び! なんか憧れちゃうなぁ……そういや何であの絵馬、兎なんだろ? 沙紀ちゃんわかる?」

「ふぇ!? えぇっと、なんだろ……」

「兎は確か、子だくさんだから子孫繁栄とか、跳ねるから飛躍とかだから。んー、ここの神社の祭神は素戔嗚尊すさのおのみことに奥さんの櫛名田比売くしなだひめとその両親と子供の大己貴命おおなむちのみこと、家族で祀られてるからかな?」

「へぇ、はるちゃん詳しいね」

「春希さんすごい……」


 姫子や沙紀に(珍しく)感心される春希。その後「ゲームや漫画で嵌って神話とか調べまくったから!」と残念な理由を話し、乾いた笑いを誘う。


「あーその、てわけで、絵馬奉納しに行こうぜ」

「それって、あたしたちも書いても良いんですか?」


 伊織がそう促せば、姫子が眉を寄せて尋ねる。

 すると一輝補足するかのように口を挟む。


「別にカップルじゃないとダメ理由はないよ。ほら、あそこの女の子のグループとか良縁がありますようにって感じでしょ? 別に縁結びじゃなくても、好きな願い事を書けばいいんじゃないかな?」

「あ、なるほど。そういや一輝さんも、以前そういうことは当分いいやって言ってましたもんね!」

「うん、そうそう」


 一輝が肯定するかのように肩をすくめれば空気も緩む。

 そして周りの流れに乗る形で社務所で絵馬を買い、各々絵馬を片手に備え付けのペンを取る。


「…………」


 隼人の持つペンがやけに重い。

 絵馬についてずっと考えていた。

 縁結びが有名だと聞きそのことに思い巡らしていたが、今一つ自分が誰かと付き合っているという姿が想像できず、ピンとこない。

 身近なところで声を交わす異性と言えば春希と沙紀、それにみなも。あと姫子。

 絵馬を片手に眉間に皺が寄り、頭を振る。

 すると視界の端に親子連れが目に入り、思わず「ぁ」と声が漏れた。


 願い事。

 神様に頼みたいこと。

 隼人の心の奥底に、今1番沈み込みながらも引っかかっていること。


(……やっぱこれしかないよな)


 何か問題を先延ばしにしているかのような気がしないでもない。

 しかしやはり、望みといえばこれしかなかった。


『母さんが無事退院しますように』

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