201.熱闘


 ひとしきり屋台の味を楽しみ、皆のお腹も落ち着き始めた頃。 

 隼人はかき氷を掻き込み頭をキーンとさせている姫子を横目に、やけに神妙な顔をしている一輝に話しかけた。


「その、妹が迷惑をかけたな」

「隼人くん、別にそれは全然。僕も楽しかった、でもその、えぇっと……」

「……一輝?」


 口ごもる一輝に、首を捻る隼人。

 てっきり空気を読まず無遠慮に食べまくった妹に振り回され迷惑していたのかと思いきや、そうではないらしい。

 どこかきまりの悪い空気が流れることしばし。

 やがて一輝が少しばかり申し訳なさそうな顔で口を開く。


「その、僕の住んでいるところに、皆に可愛がられている地域猫がいるんだけど……」

「さくらねこ、とかいうやつ?」

「うん、そう。といってもやはり野良だから警戒心が強くてね、人間を見るとすぐ逃げる子たちが多いんだけど……」

「へぇ、それで?」

「それでもご飯には反応するからせっせと餌付けしている人がいるんだけど、その気持ちがちょっとわかっちゃった……」

「…………ぷっ! あはははははははははは!」

「ひ、姫子ちゃんには内緒だよ!?」

「わかってるって!」


 急に笑い出した兄を何事かと視線を向けてくる姫子

 その姫子は、メロン味のかき氷で舌が緑色になったのを姫子と沙紀に見せていた。

 そんな姫子の様子に、隼人と一輝は顔を見合わせ再び肩を揺らす。


 するとその時、くいっと袖を引かれた。

 視線をそちらに向ければ、そわそわした様子の春希。

 瞳には好奇心と、どこか挑発的な火を宿している。


「隼人、ほら見てアレ」

「スーパーボールすくい……あぁスーパーボール、懐かしいな」

「だよね!」

「すーぱーぼーる……ってなんですか?」


 昔よく遊んだ玩具道具に懐かしそうに目を細める隼人。

 そこへ沙紀が今一つピンとこない顔で会話に入ってくる。それに、ん~と顎に手を当て考え言葉を紡ぐ。


「簡単に言えば、メチャクチャよく跳ねるゴムボールかな?」

「そうそう! よく地面地面に叩きつけて、どっちが高く跳ねさせるか競ったよね!」

「あはは、よく屋根とかに乗せちゃったりとかしたな。けどこっちだと人が多いし、どこへ飛んでいくかだし、遊び辛そうだな」

「でも、どっちが多く取れるかの勝負はできるよね?」

「お、やるか?」

「ふふっ、ボクのポイ捌きを見せてあげよう。まぁ、やったことけど!」

「やったことないのかよ! ってまぁ俺も無いけど」

「これは面白い勝負になりそうな予感。あ、沙紀ちゃんも行こ?」

「わ、私も!?」


 早速とばかりに沙紀の手を掴み、駆け出す春希。

 それを見た姫子が、置いていかないでとばかりに残りのかき氷を掻き込み、またも頭をキーンとさせる。

 妹のそんな姿にやれやれとばかりに肩をすくめれば、伊織が話しかけてきた。


「んじゃ、隼人たちがそっちに行ってる間、オレたちは隣の型抜き行ってくるわ」

「ふふっ、私もこればかりはいーちゃんに負けられないから! 去年までの雪辱を晴らすよ!」

「お、そうか。わかった」


 いつもの緊張している空気はどこへやら。

 伊織と恵麻はメラメラと闘志を燃やしていた。

 型抜きには幼馴染である2人にしかわからない、譲れない何かがあるのだろう。


「姫子ちゃん、僕たちも型抜きの方へ行こうか。あれ、結構色んな味があるみたいなんだよね」

「っ!? 型抜きのあれって、食べられるんですか!?」


 型抜きの食の部分に反応する姫子。

 くつくつと愉快気に肩を揺らす一輝。

 隼人は何とも言えない表情になって、春希と沙紀の後を追った。




◇◇◇




 そよそよとかすかな流れのある小さなプールの中を、スーパーボールが所狭しと泳いでいる。

 そこで隼人と春希はポイを片手に、激闘を繰り広げていた。


「っしゃあ、取った、取ったぞーっ! 俺の勝ちだーっ!」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ……っ」


 ポイを持った拳を天に突き上げ勝鬨を上げる隼人。

 歯軋りして悔しがる春希。

 それぞれ空だったお椀に、初めてのスーパーボールが入れられる。傍らには既にダメになったポイがそれぞれ5つずつ。

 2人の戦いは、非常にレベルが低かった。

 なんなら隣で遊ぶ小学生らしき子供たちも、お椀に数個のスーパーボールを入れている。


「おっちゃん、もう1本っ!」

「おいおい、もう勝負ついてるだろ」

「……お嬢ちゃん、まだやるのかい?」


 あまりの取れなさ具合に同情的な眼差しを向ける屋台の店主。

 ムキになって取れるまで粘ってしまった隼人でさえ制止する。

 すると春希は少しばかり拗ねたように唇を尖らせ、ちらりとある方へと視線を投げる。


「だってアレ、ほら……」

「あれは……うん……」

「わ、わ、また取れました! これも取れそう……えいっ! 取れた!」


 そこにはお椀に溢れそうなほどスーパーボールを盛っている沙紀の姿。今も夢中になって掬っている。

 スーパーボールはまるで沙紀のポイへ吸い寄せられるかのように動き、お椀へと飛び込む。まさに神業だった。

 周囲にいる小学生たちからも、「おねーちゃんすげーっ」とキラキラした尊敬の瞳を向けられている。屋台の店主は半ば涙目だ。


「……ボクだけ何も釣れないのって、なんか悔しいじゃん」

「気持ちはわかる。ていうか、沙紀さんのあれほんと凄いよな」

「やっぱ神社だから、巫女の沙紀ちゃんにフィールドバフか何か掛かってるんかな?」

「んなアホな」

「うぐぐ、ボクだってアレくらい取って。隼人に『ざぁこ♡、ざぁこ♡』って煽りたかったのに」

「あっはっは、残念だったな!」


 隼人が揶揄うように笑えば、ぷくりとほっぺを膨らませる春希。

 そんな幼い頃から繰り返したよくある光景。

 だけどふいに春希は妙な声色で胸の内を零す。


「……沙紀ちゃんに負けたくないな」

「いや、今から逆転は――」


 春希自身もびっくりした顔になっていた。

 そのあまりにもな意外な表情に、隼人も『無理だろ』という続く言葉を呑み込んでしまう。

 すると妙になりかけた空気を吹き飛ばすかのように、春希は「よし、おっちゃんやっぱもう1本ちょうだい!」と叫ぶ。

 それを見た隼人もガリガリと頭を掻きながら「じゃあ俺も」と言い、驚き目をぱちくりさせる春希に笑いかける。


「隼人……?」

「2回戦と行こうぜ!」

「――っ、うんっ!」


 そして隼人と春希はポイを片手に、再びスーパーボールが泳ぐプールを睨みつけるのだった。

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