200.縁日食べ歩き
まずはお腹を満たす流れになった。
それぞれが食べたいものを物色しながら祭りの喧騒を歩く。
街の至る所に設置されているスピーカーから聞こえる祭囃子。
大通りの両脇に所せましと並んでいる屋台から漂う食欲を誘う香り。
そこかしこから上がる、人々の楽しそうな笑い声。
この日にだけ見せる特別な街の顔。
行き交う人たちは皆浴衣に身を包んでおり、まるでこの異世界へのパスポートのようだなと思いながら、目の前で騒ぐ2人を見る。
「わ、ベビーカステラも美味しい! 一輝さん、本当に一口もいらないんですか?」
「あ、あはは。さっき僕もたい焼きにクレープ、じゃがバターも食べたから……っていうか姫子ちゃん、まだ入るんだ……」
「まだまだ全然いけますよー。あ、オムそばだ! 焼きもろこしもある!」
「っ!?」
遠慮というリミッターを外した姫子の食欲に振り回され、戦慄する一輝。
隼人はたこ焼きを頬張りながら、さすがに何か一言傍若無人っぷりを発揮する妹に言った方がいいかな、と眉を寄せる。
すると沙紀が声を掛けてきた。
「お兄さん、どうしたんですか?」
「いや、さすがに一輝に何かフォロー入れた方がいい気がしてきてさ」
「あはは、姫ちゃん随分はしゃいじゃってますもんね」
「まぁ姫子の気持ちもわからないわけじゃないけど。このたこ焼きだって、どこかチープな味なのにやけにおいしく感じるし」
「あ、私もわかります! きっとこういう場所だからなんでしょうね。あと普段食べたことのないものとかあると、つい手が伸びちゃったりも」
「そういや沙紀さんが食べてるのって、ドネルケバブってやつだっけ? トルコ料理の」
「はい! 店先でお肉の塊がぐるぐるしてるのが凄くインパクトがあって、気付けば買っちゃってました!」
「そういや俺も食べたことないなぁ」
「なら一口食べます? 最近出来た有名なお店出してるらしくって、祭りどうこう抜きにしてもおいしいですよ」
「お、じゃあ遠慮なく」
「…………ぁ」
差し出されたケバブにがぶりと一口。
するとどっしりとした甘辛いタレが絡んだ牛肉をキャベツとスライスオニオンが受け止め、薄焼きパンと共に口の中に混然一体となっていく。
なるほど、ハンバーガーとは違ったおいしさがあった。白米ともあうかもしれない。
「……ん、確かにこれはうまいな。俺も次、これを買おうかな……って、沙紀さん?」
ケバブに舌鼓を打っていると、どうしたわけか頬を染め目を泳がせている沙紀。
隼人が不思議に思っていると沙紀はそっと目を逸らし、言い辛そうに理由を告げる。
「その、間接キスになっちゃうなぁって……」
「っ!?」
今まさにそのことに気付いた隼人は、ドキリと胸を跳ねさせる。
あまりに自然な流れで差し出されたから、そんなこと意識すらしていなかった。
「その、アレだ! おかずの交換とかジュースの回し飲みとか、仲が良かったらフツーにすることだし、その、これはフツーなことだ!」
「あ、はい! わ、私とお兄さんは仲良しですもんね、これくらいフツーですよね!」
「うんうん、フツーフツー!」
「ふふっ、えへへ」
沙紀が照れ隠しにふにゃりと笑う。
同じようなノリで接する――沙紀が望んだこともあり、最近急速に彼女との距離が縮まっている。
とはいうもののこういう時の対応は、異性との距離の掴み方は、中々に難しい。
年上だから、妹の親友に頼れる兄貴分なところも見せたいという、ちょっとした見栄もあるから、よけいに。
そんな風に隼人が内心ちょっと困っていると、トントンと肩を叩かれた。
「うん? 春希?」
振り返るとそこにはチョコバナナを片手に持った春希。
口をωの形にしながら、如何にも悪戯を思い付いたという顔をしている。嫌な予感がする。
「はい、これはチョコバナナです」
「……チョコバナナだな」
「なんだか黒光りしていて、反りあがってるように見えるね」
「……チョコバナナだからな」
「やはり、お約束って大事だと思うんだよね」
「あ、おいっ!」
そう言って春希がチロリと舌先で唇を艶めかしく舐め上げた瞬間、纏う空気が変わる。
蠱惑的な眼差しで、どこか隙あって誘うかのようにシナを作り、くすりと妖し気に微笑む。
沙紀が息を呑む。隼人はジト目になっていく。
「ふぅ~……れろ……んっ」
淫蕩に塗れた表情で熱い吐息をチョコバナナに吹きかけたかと思うと、反りかえった部分をぺろりと舐めあげれば、てらてらと唾液が光る。そこへチュッとキスを落とす。
周囲を歩く人たちも、そんな春希に釘付けだった。だらしない顔で注目を集める。隼人の表情が険しいものになっていく。
「あむ……んぐ、んっ……ちゅるっ」
春希はそんなこと知ったことかとノリノリでチョコバナナを一気にぱくりと喉奥にまで加え、「んっ」と一瞬眉を顰めてえづき、吸う。
沙紀は「あわわ」と頭から湯気が出そうなほど赤面し、周囲に紳士たちが前かがみになり、隼人はぶすりと眉間に皺を寄せ――ていっと春希の脳天に勢いよく手刀を振り下ろした。
「こらっ、食べ物で遊ぶなっ!」
「んぐ~っ!? んっ、けほ、けほっ!」
頭に受けた衝撃の勢いでチョコバナナを噛み切り、呑み込み咽る春希。キュッと縮こまり、痛々しそうに顔をしかめる紳士諸君。
「……ったく」
隼人は呆れたため息を零すも、春希はニシシと笑うのみ。
そして我に返った沙紀が、ぐぐっと春希に詰め寄る。
「は、は、は、春希さん! まだ明るいし、お外だし、そういうえっちなのはいけないと思います!」
「み゛ゃっ!? 沙紀ちゃん!? ていうか意味、わかるのっ!?」
「~~~~っ! 春希さ~んっ!」
沙紀に説教される春希。
やれやれと肩をすくめ、ため息を漏らす隼人。
ここ最近の、いつもの空気に戻る。
だが、先ほどの春希に少しばかりドキリとしてしまったのも事実だった。
そして、そんな春希がイヤらしい目で周囲に見られるのも、やけに気に入らなかった。
胸の中で渦巻くもやもやしたものを誤魔化すために、ガリガリと頭を掻き、視線を逸らす。
するとその先で、伊織と恵麻が手を繋ぎながら互いに無言で水風船をぱしゃぱしゃと弄んでおり、しばし見つめて笑みを零す。
そんな隼人に気付いた伊織が、ほっとけよとばかりに頬を染め、そっぽ向くのだった。
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