199.都会の祭りの始まり
「よ、隼人」
「こんにちは、霧島くん」
「伊織、それに伊佐美さんも」
そこへ伊織がひらりと手を上げ、恵麻と一緒にやってきた。
2人の表情は幾分か硬さがあるものの、手はしっかりと繋がれている。
確実に進んでいる2人の仲に思わず生暖かい目を差し向ければ、それに気付いた伊織と恵麻は頬を赤らめ互いに顔を逸らす。隼人の表情もますます微笑ましいものへと変わる。
暗い紺地に派手な柄の浴衣姿の伊織と藍色に控えめな花をあしらった浴衣姿の恵麻は、並ぶととてもお似合いで、どこかヤンチャな弟とそれを窘める姉のような和やかな雰囲気だ。
すると沙紀がパァッと瞳を輝かせ、ポンッと両手を合わせた。
「恵麻さん、結局そちらを選んだのですね!」
「うん、まぁね。あっちはその、ちょっと……ね?」
「確かにコスプレみたいな感じでしたもんね。花魁みたいっていうか」
「さすがに外に出るとなると……その、あっちは今度また部屋の中でコッソリ……あ!」
「そっちも買ったんですね!」
「恵麻っ!?」
「~~~~っ!」
思わぬ恵麻の告白にビックリする伊織。
恵麻が恥ずかしそうに「いーちゃん、あぁいうの好きだし」と呟けば、伊織も顔をさらに真っ赤に染め上げ「ありがと、楽しみにしてる」という言葉を絞り出す。
見ているだけでも口の中が甘くなりそうな空気が流れだし、目を細め見守る。
すると伊織はこの空気がたまらないとばかりに口を開いた。
「そういや隼人、他の皆は? 巫女ちゃんだけ?」
「姫子と春希は一緒だけど、その……」
伊織の質問に言い淀む。さて、何と言ったものか。
眉間に皺を寄せていると、背後から「あ!」という声が聞こえてくる。
振り返れば春希と姫子。
両手にたこ焼き、イカ焼き、焼きそば、からあげ串にお好み焼きと、完全にガッツリと食べてやるといった構えだ。
「わ、恵麻さん浴衣綺麗ですね! 彼氏さんと並ぶとよくお似合いになってて……ね、はるちゃん?」
「うんうん、アレだけ厳選して甲斐があったってもんだよ」
「あ、ありがとう二階堂さん、姫子ちゃん。2人もその、良く似合ってるよ」
「そ、そうかな、えへへ」
「あたし、今日の髪型とか気合入れました!」
その場でくるりと回り、浴衣姿をアピールする春希と姫子。
レトロモダンな柄の浴衣に編み込みからのお団子にした春希は、普段余所行きで見せている清楚可憐さが際立っている。
白地に紅と黒のストライプの浴衣、逆毛ポニーにしてアップにした姫子は、あどけなさを残すもの大人びた雰囲気を醸し出している。
春希も姫子も沙紀と同じく、人目を惹く美少女っぷりだ。
だけど、どちらも手には大量の屋台の食べ物を抱えており、隼人はその完全に色気より食い気な幼馴染と妹の姿に、痛むこめかみにそっと手を当てた。
そしていつの間にか沙紀も加わり、浴衣談議に花を咲かす女子陣。
それを傍目にして伊織が呟く。
「あとは一輝だけだな……」
「そう、だな……」
互いに一輝のことで交わす声色は硬い。
気に掛かっているのはやはり、昨日打ち明けられた
あの後色々有耶無耶になったまま解散したのだが、一体今日、どんな顔をすればいいのだろうか?
「やぁ、待たせちゃったみたいだね!」
そこへ一輝が少し息を乱しながら駆け寄ってきた。
目を向けるとその背後には、2人組の女性が残念そうな顔をしているのが見える。
一輝の格好はシックで落ち着いた、一見すると地味とも思えそうなものだが、どこか大人びて渋く着こなしており、彼女たちが声を掛けるのも納得だ。
隼人は伊織と顔を見合わせ苦笑いを零す。
「あぁその、なんだ、相変わらず大変そうだな」
「皆を見てあっさり引いてくれるだけ、マシな方だよ」
「そうか」
「うん」
「……」
「……」
そこで会話が終わってしまった。
互いにぎこちない笑みを浮かべる。言葉が出てこない。
伊織も困った顔で眉を寄せている。
少しばかり気まずい空気が流れるも、すぐさまそれを「あーっ!」という姫子の声が切り裂いた。
「見てましたよ一輝さん、また逆ナンされてたんですか? 相変わらずモテモテですねーっ!」
「姫子ちゃん」「姫子」
姫子はまるで昨日のことなど何もなかったとばかりに、いつもと変わらない調子で一輝に話しかける。
「ていうか、昨日はお姉さんのことですっごく驚きましたよ! でもこれだけモテるのも、なんか納得しちゃったり」
「え、あ、うん……」
そして隼人たちが避けていた話題に平然と踏み込む。
さすがに皆も空気が読めないとも言える姫子の様子にハラハラしてしまう。
一輝だってさすがに戸惑を隠せない。
すると姫子はふいに優しく微笑んだ。
あの日。
月野瀬に帰った日の夜。
隼人に見せた、慈しみにあふれ大人びた顔と重なり、ハッと息を呑み目を見開く。
姫子は隼人と同じく瞠目する一輝に優しく、そして少しばかり揶揄うような声色で唄うように言う。
「なにしょぼくれた顔をしてるんですか。それともさっき声を掛けられてた女の子、逃すには惜しいことしたなんて思ってるんですか?」
「い、いやそんなこと……っ」
「あたしね、昨夜ちょっと考えたんです。そりゃ、昨日は驚きましたけどお姉さんはお姉さん、一輝さんは一輝さん。おにぃの友達で、今までと何も変わりはしないって」
そう言って姫子は一瞬だけ、ちらりと春希へと視線を移す。
そして手に持っていた1個だけ食べたからあげ串を、ぐいっと一輝の口の中へと押し込んだ。
「んぐっ!?」
「ほらほら、これでも食べていつものように笑って気分上げて行きましょ! せっかくのお祭りですし、ね?」
普段の顔に戻り、にこにこと笑う姫子。
状況に付いていけず、目をぱちくりさせながらから揚げを咀嚼する一輝。
突然のことで皆が呆気に取られている中、ふいに沙紀が驚きのを上げた。
「姫ちゃんが自分の食べ物を誰かにあげてる~~~~っ!?」
「っ!? ほんとだ……姫子、が……っ!?」
そんな沙紀の指摘に、思わず驚愕の声を上げてしまう。
騒然とする隼人と沙紀。春希もビックリして目をぱちくりさせる。
するとからあげをと共に色んなものを呑み込んだ一輝が、たまらないとばかりに笑い声を上げた。
「……ぷっ。あはははははははははっ!」
「か、一輝さん!? も、もぅおにぃに沙紀ちゃん、今のどういう意味!?」
「ど、どうって……あの姫子が、なぁ?」
「うん、姫ちゃんが自分の分の食べ物をって……」
「むぅ~~~~っ」
不貞腐れ唇を尖らせる姫子。
そこへ隼人と沙紀が追い打ちをかけるかのようにツッコミを入れられれば、皆にも笑いが広がっていく。空気がいつものものへと戻っていく。
しかし1人だけご機嫌な斜めの姫子に、いつもの笑みを取り戻した一輝が声を掛ける。
「ありがとう、姫子ちゃん。からあげ、美味しかったし元気がでたよ。お礼に何でも好きなものをご馳走するからさ」
「っ! 奢ってくれるんですか!?」
「お手柔らかにね?」
その言葉にころりと機嫌をよくした姫子は、一転して早く行こうと捲し立てつつ一輝の腕を引く。
面食らった一輝は、されるがままに連れ去られていく。先ほどの春希のように。
「……ボクたちも行こっか」
「そうだな」
「はいっ!」
そして隼人たちも後を追う。
月野瀬とは違う、都会の祭りが始まった。
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