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198.縁日


 祭りのある神社は、いつも遊びに繰り出す都心部とは逆方向、郊外の方へ電車を乗り継ぎ30分ほどのところにある。

 少し大きめの神社がある以外特筆すべきところのない街だが、この日ばかりは非日常一色に染め上げられていた。

 改札を一歩出てまず目に入るのは、至る所に飾り付けられているのぼり旗に提灯、色とりどりの浴衣姿の人々に、彼らを呼び込む様々な屋台。非常に活気があった。それが奥にある神社まで続いている。

 月野瀬の儀式中心の祭りとは違う、まさに縁日。


「わ、すごい人だな。お祭りだからか……」

「ボクたちだけじゃなくて周りの皆も浴衣だらけだし、何だか違う国に来たみたいだね」

「沙紀ちゃん、はるちゃん、おにぃ! 見て見て、屋台がいっぱいだよ……っ!」

「あ、すごい~! 綿菓子がくるくる~って、ふわふわ~って!」


 隼人たちは一瞬呆気に取られ立ち尽くすも、すぐに祭りの熱気が身体を包み、気持ちが高揚していく。

 それは春希や沙紀も同じのようで、そわそわと落ち着かない様子で瞳を輝かせながら物珍しそうに目の前の様子を眺めている。姫子なんて今にも駆け出して行きそうだ。


「っと、伊織や……一輝、たちはまだみたいだな」


 少し硬くなった声色で呟き、周囲を見渡してみるも彼らの姿は見当たらない。

 スマホを取り出し時刻を確認すれば、約束の時間まであと15分と少し。特に遅れるなどのメッセージも来ていない。

 中途半端な時間を持て余してしまうなと眉間に皺を寄せれば、隣からくぅと可愛らしい、しかし大きな腹の音が鳴った。

 音の主と目が合えば、春希は頬を赤らめ俯きながら言い訳を紡ぐ。


「実は朝と昼、抜いてきておりまして……」


 そんな春希らしい理由を告げられれば、隼人だけじゃなく姫子と沙紀も思わずプッと噴き出してしまう。


「もぉ~、笑わないでよ! ボク、お祭りの屋台楽しみにしてたんだからね!」

「あはは、悪い、悪かった! だから手を抓るなって!」

「春希さんってば……」「はるちゃんったら……」


 春希が抗議とばかりに隼人の手の甲を抓り、隼人は痛いと言いつつも生暖かい目で笑いながら受け流す。

 苦笑する沙紀、姫子はまぁた始まったとばかりに呆れたため息を吐く。

 するとその時、春希以外からぐきゅうっと、これまた大きな腹の音が鳴った。

 音の主に視線が集まる。姫子だった。

 羞恥で頬を赤らめた姫子は、コホンとその場を誤魔化すように咳払い。

 そしておもむろに春希の手を強引に引いた。


「み゛ゃっ!?」

「はるちゃん、集合時間までちょっと時間があるし、皆が来る前にお腹の虫が鳴かないようにしとこ?」


 早口でそんなことを言いながら屋台へと突撃する姫子。連れ去られる春希。あっという間に人ごみの中へと消えていく。

 そんな2人の背中を見送った隼人と沙紀は、顔を見合わせ苦笑い。


「ま、姫子もお昼抜いてたし、朝はヨーグルトだけだったからな」

「実は私も、お昼はコンビニのサラダだけだったり」

「かく言う俺も、昼は少な目ご飯のお茶漬けだけなんだ」

「……くすっ」

「……ははっ」


 沙紀がチロリと舌先を見せつつ悪戯っぽい顔でそんなことを言えば、隼人も実は俺もと秘密を打ち明ける。

 くすくすと笑いあう。なんだかんだで隼人も沙紀も、お祭りグルメが楽しみなのだ。


「……うん?」

「どうかしました?」

「あぁ、いや……」


 ふと、やけに視線が向けられていることに気付く。

 どうしたことだろうと彼らの見ている先を探れば、沙紀に行きついた。

 あぁなるほどと納得する。

 今日の沙紀の姿は紅地にしろと黒で描かれた華やかな浴衣に、特徴的な色素の薄い髪を巻いたツインテール。可愛らしくも華やかな姿だ。

 月野瀬でよく見かけた巫女服と同じ紅白が主体になった浴衣、髪だって同じ2つ結びだというのに、教室とかのカーストトップにいるような陽キャの女子めいたものとでもいうのだろうか、いつもと随分と違った印象を受ける。周囲の注目を集めるのも無理はない。

 そんな沙紀がきょとんと可愛らしく小首を傾げて顔を覗き込んで来れば、隼人も妹の親友ということを強く意識しないとだらしない顔を晒してしまいそうだ。


「あぁその、今日の沙紀さん、いつもと全然印象が違うなって」

「えっと……変、じゃないでしょうか?」

「いや、全然。確かに今までのイメージとは違うけど、だからこそ俺にとって新鮮で……えっと、そういうのも似合ってて可愛いと思うよ」

「か、かわっ!?」


 隼人のストレートな賞賛に息を呑み、顔を真っ赤に染め上げる沙紀。

 しかしそれも一瞬、きゅっと唇を結んだかと思えばくるりと身を翻し、そしてそっと片手で髪を横へ避けた。


「今日、髪型にもこだわってみたんです。普段隠れているうなじとか……どうです?」

「っ!?」


 今度は隼人が顔を真っ赤に染め上げる番だった。

 いつもは隠されている、沙紀のほっそりとした首筋が無防備に晒されている。ごくりと喉を鳴らす。

 新雪のように白い柔肌は蠱惑的で、踏み荒らして自分のものだとマーキングしたい、だなんていう不埒なことさえ考えてしまう。


「お兄さん、ドキリとしました?」

「っ!? あーいや、その……」

「くすっ」


 振り返った沙紀は悪戯が成功したとばかりに子供っぽい、しかし妖艶さが滲み出た笑みを浮かべていた。余計にドキリと胸が跳ねる。

 どうやら沙紀は見た目だけでなく、心もいつもより大胆に変身しているらしい。

 それでも隼人は、一応年上の威厳を保とうと「んんっ」と咳払いを1つ。


「あ、そうだ。沙紀さん、これ」


 動揺を誤魔化すように用意していたあるものを取り出し、沙紀に手渡した。


「これは……キーケース?」


 デフォルメされた狐の刺繍が可愛らしい、革製のキーケース。

 沙紀はそれを手のひらで弄びながら、これが一体どうしたのだろうと目をぱちくりさせながら隼人を見つめ返す。


「この間、月野瀬で熱出して倒れた時、世話になったからそのお礼というか……」

「そんな、わざわざっ」

「そ、それから家のカギとかも裸のままで持ってたみたいだし、狐といったら沙紀さんだったし、引っ越し祝い! あーその、引っ越し祝いも兼ねてといか……っ!」


 矢継ぎ早に言い訳めいた言葉を繰り出す隼人。

 よくよく考えれば、改まってこうした贈り物をするだなんて初めてのことだった。

 相手は最近距離が狭まったとはいえ、妹の親友。何とも形容し辛い間柄。

 しかもおめかしした彼女は、祭りで行き交う人々の注目を集めるほどの美少女。

 そのことを考えると、途端に緊張してきてしまう。


「……うれしい! 大切に使います!」

「っ! お、おぅ。気に入ってくれたのならよかったよ」

「はいっ!」


 しかし沙紀が喜びにあふれた大輪の笑顔を綻ばせば、それも一瞬にして吹き飛ばされる。

 どこか胸がこそばゆい。

 隼人はそんな自分の単純さに呆れつつ、気恥ずかしさから目を逸らし、ガリガリと頭を掻いた。

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