197.寝付けない夜/楽しみだな
その日の夜。
隼人は早々に布団に潜り込んだものの、なかなか寝付けないでいた。
昼間のことで身体も、そして心も疲れているはずなのに、妙に気が昂って目が冴えている。
「…………ふぅ」
ごろりと何度目かの寝返りをうち、暗い天井に向かってため息を吐く。
首だけ動かして机の上の目覚まし時計に目をやれば日付を少し回ったくらい。
そのまま秒針が半円を描くのを眺めるものの、眠気が訪れるどころかますます目が冴えてくるような気がする。
やがて隼人はどこか諦めた顔で身を起こし、ガリガリと頭を掻きながらスマホを引っ掴んでベランダに出た。
遠目には真夜中にもかかわらず多くのビルに点された灯かりが、街と夜空の境界をぼんやりと侵食し、曖昧なものにしている。
「……月野瀬とは違うな」
様々な思いを込め、そんな分かり切ったことをポツリと呟く。
眠れない原因なんて明白だった。
ふと手元のスマホから、とある画像を呼び出し開く。
そこに映るのは
あの時の周囲の盛り上がり、その熱が、未だ胸で燻ぶり焦がしている。
舞台の主役は誰がどう見てもMOMOだった。
即興で振り撒く愛嬌、周囲の空気を呑み込み纏め上げるカリスマ、その華やかさや存在感。
あぁなるほど、姫子や年若い少女たちが夢中になるのも無理はない。
そしてあの突発的な舞台を完璧に支えていたのが春希だった。
あくまでMOMOが主役になるよう低く抑えた音程でのユニゾン、要所を抑えたハモりにコーラス、奔放に動き回る彼女に合わせ引き立つような立ち回り。
もしMOMOが一際輝く太陽だとすれば、春希はその光を受けて輝き様々な姿を見せる月。まるで惑わされるように見入ってしまう。
だから隼人は他の多くの人そうしているようにスマホのカメラを向け、その移り行く瞬間を逃すまいと、画面の中へと切り取ってしまった。
「……綺麗、だよな」
画像の春希を見ているうちに思いもよらない言葉を零す。
そんな自分が信じられないとばかりに瞠目し、不埒とも不純とも感じてしまった想いを振り払うように
はぁ~、自嘲の込められたため息を1つ。再びスマホに目を落とす。
スマホの中の春希は決して華やかというわけじゃない。
だけど様々な魅力ある姿を映しており――そして瞳に誰も映していないことに気付く。
するとぞくりと、背筋に薄ら寒いものを感じた。
『ボクのはね、名前も顔も知らない誰かに向けた取り繕うためのもの』
ふいに月野瀬で春希が零した言葉を思い出す。
春希が隼人をよそに、どこか遠いところへ行ってしまうという恐れにも似た感覚。
そして桜島という敏腕プロデューサーが春希に目を付けたということが、まるでそのことを裏付けているかのよう。
胸に言いようのない不安が渦巻く。
そして隼人は、自分の力でもどうしようもないことがあるということを、知ってしまっている。
『MOMOの本名は――海童百花。僕の、実の姉なんだ』
今度は一輝が言ったことを思い出す。
すると途端に、何だか住む世界が隔たれているのではという思いに襲われ――
「あぁ、くそっ!」
それを認めまいとガリガリと頭を掻き乱し、西空へと手を伸ばした。
街灯かりに侵食され輪郭もぼんやりさせて佇む少しばかり欠けた月を掴もうとするも、するりと逃げるように手のひらからすり抜けていく。
握りしめられた拳が曖昧に夜空を漂う。
「……俺、何やってん――っ!?」
その時スマホがメッセージの通知を告げた。
『起きてる?』
反射的にタップすれば、春希からの他愛もない
丁度春希のことを考えていたということもあり、ドキリと胸が跳ねる。
眉間に皺をよせ、しばし画面と睨めっこ。
時間も時間だ。眠かったということにして、無視することも考えた。
だけど手を伸ばせばすぐ届くところに春希がいるということを確認したくて、『起きてるぞ』と返事を打ち込む。
するとほとんど間を置かずして通話が掛かってきた。
「なんだよ春希、こんな夜更けに」
『あはは、なんだか寝付けなくて。あ、もしかして今から寝るところだった?』
「いや、別に?」
『なら、いいじゃん』
「……ったく」
口ぶりがぶっきらぼうになっている自覚はあった。
全くもって自分勝手で子供じみており、そんな自分に呆れてしまう。
しかし春希の声色にどこか余裕のなさを感じ取れた。
スゥッと頭が冷えていく。声色を無理やりにでもいつもの調子に戻す。
「で、どうしたんだ?」
『あ、うん。今日色々あったからさぁ』
「そうだな、色々予想外だった。一応イベントとか
『は、隼人が謝るようなことじゃないよ、事故みたいなものだったし! それに――さんのことを気にしていたら、一緒にどこにも出かけられなくなっちゃう。それはヤダなぁ』
「そ、そっか」
春希の拗ねたような、甘えたような声に一瞬ドキリとしてしまい、慌てて誤魔化すように月に背を向ける。
『それより海童のお姉さんがMOMOってのもビックリだったよ』
「でも、ある意味納得しているところもあったりするんだよな」
『わかる! けどまぁお姉さんはお姉さんだし、海童は海童だよ。ったく、あんな
「春希も人のこと、言えないだろ?」
『そ、それはそうだけどさぁ~』
「ま、でも春希は春希だしな」
『むぅ~』
声色から拗ねて唇を不満気に尖らせているのが容易に想像できる。
そんな風にどんどんと軽口を叩き合う。
いつの間にか会話の空気だけじゃなく心も軽くなっていることに気付く。
(昔、喧嘩していても次の日顔を合わせて2、3言でも話せば、すぐに仲直りしてそのまま遊びに行ったっけ)
そんなことを思い返す。
きっと何があっても、春希とのそんな関係は変わらないに違いない。
口元が緩む。
だから、今胸の中を占めている心からの想いを零す。
「なぁ、春希」
『うん、何?』
「明日の秋祭り、楽しみだな」
すると、スマホ越しに息を呑む声が聞こえてくる。
『うん、そうだね!』
そして春希の心からの想いが返ってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます