196.爆弾
春希を出迎えた皆の反応は様々だった。
「災難だったな、春希」
「二階堂さん大丈夫だった!? っていうか歌とかすごくない!?」
「わ、わ、MOMOと愛梨だよ! プライベートでも仲良しって聞いてたけどほんとっぽい!」
「え? 佐藤愛梨……え? え? さっきの方、佐藤愛梨だった……!?」
苦笑して肩をすくめる隼人、それに同意する一輝に伊織。
心配したり驚いたりと忙しない表情の伊佐美恵麻に、舞台の人気モデルの共演に興奮する姫子、そしてやけに混乱している様子の沙紀。
まったくもって統一性が無い。
だけど、本来の居場所に戻って来たかのような安心感を覚える。それまで張り詰めていた緊張の糸も緩む。
「……ちょっと疲れた」
そんな言葉と共に大きなため息を吐けば、ふいに手を強引に引かれた。
「そうだな、俺も疲れた。どこか休めるところに行こうか」
「っ!? 隼人……?」
どうしたことかと顔を上げれば、やけに真剣の顔の隼人。
一瞬ドキリとするものの、チラリと目配せさせた先に視線を巡らせれば、こちらに用事があるとばかりにやってこようとする桜島の姿。今度は違った意味で胸が騒めく。
「……僕もなんだか疲れちゃったよ。ね、伊織くん?」
「っ! あぁそうだな、オレもなんだか喉乾いてきちゃった。恵麻はどうだ?」
「え、あ、うん。そうね」
「姫子ちゃんに沙紀ちゃんも――」
それに気付いた一輝も、伊織や姫子たちに移動しようと促す。
相変わらずこういうところによく気が回り、小憎らしい。
「……あんがと」
春希は誰にいうわけでもなく、ポツリのお礼の言葉を呟いた。
◇◇◇
展示ホール隣、専門店街の屋上庭園は閑散としていた。
時折展示ホールからの騒めきが風に乗って耳朶を叩く。それだけ2人の人気が高さが窺える。突発的に始まったイベントということもあり、ここなら桜島も現場を離れてやってくることはないだろう。
春希は近くの自販機で買ったお茶のペットボトルを手で弄びながら、周囲に視線を走らせた。
背の高いビルに囲まれ、ここだけぽっかりと空いた穴のよう。空が狭く緑も多いこともあり、少しだけ月野瀬を連想させられる。
しかしこの場の空気は田舎ののどかさとは裏腹に、どこか落ち着かない。
やがて伊佐美恵麻が皆の心を代弁するかのように口を開いた。
「えっと、何がどうなってるんだろ……」
互いに探り合うかのように視線を絡ませる。
そもそも、春希だって色々とよくわかっていない。
隼人の方を見れば、困った顔を返されるのみ。
何とも言えない空気が流れる。
するとやがて一輝が、「はぁ」とあからさまな大きなため息を1つ。
そして観念したとばかりに両手を軽く上げて、春希に向き直った。
「すまない、春希さん。それに皆も」
「……へ?」
「きっと二階堂さんがさっきのような状況に巻き込まれたのは桜島さんのせいだと思う。ほら、MOMOの近くに居た背の高いスタッフの人。あの人、腕は確かなんだけど強引なところがあるから……」
「は、はぁ……」
何故かいきなり謝罪された。余計にどういうことかわからず、返す言葉も生返事。
田倉真央と自分の関係で桜島が関わって来ていたと思っていたから、なおさら。
しかしわけがわからないのは他の皆も同じようで、伊織がどういうことだと言葉を繋げる。
「えーっとその一輝、桜島って人は何なんだ? てか、一輝と知り合いか何かなのか?」
「桜島さんは芸能事務所の、スカウトとかもするプロデューサーなんだ。モデルに役者にアイドル……その辺に凄く鼻が利く人でね、MOMOや愛梨を発掘し、キャラや取材時のトークとかも監修、この1年で飛躍的に有名にさせた手腕は見ての通りだと思う」
「へぇ、やけに詳しいのな、一輝。何か実感籠もってるし」
「あぁ、うん、ちょっとね……」
「え、待って、はるちゃんがそんな人に目を付けられたってことは――ぁ」
姫子が驚きの声を上げかけるも、途中で何かに気付いたように口を噤む。
すると代わりに隼人が、何かを言いかけた妹の代わりに質問を投げかけた。
「桜島って人のことはわかった。やり手だってことも。だけど、それで何で一輝が謝る必要があるんだ?」
「それは――」
そこで一輝は言葉を区切り、自分の中で何かを整理するかのように大きく息を吸う。
そしてぐるりと皆の顔を見まわし、意を決した表情で口を開き爆弾を落とす。
「ここにいる皆のことは友達と思っている。他の人にあまり言って欲しくない、隠していたことがあるんだ。MOMOの本名は――海童百花」
「え? 海童、百花……?」
「僕の、実の姉なんだ」
「「「「「――っ!?」」」」」
その威力は皆の思考を真っ白に染め上げ言葉を失くさせるのに、十分なものだった。
※※※※※※※※※※
てんびん4巻、本日発売です。
初版の紙限定で逢田梨香子さんによる春希のASMRボイスコンテンツが聞こえます。
是非お迎えしてね。
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