194.出会い
「そ、その、間違っていたらごめんなさいっ」
「あのそのえっと、どうしてわかったんですか!?」
「わ、私もそうだから……っ」
「っ!」
そう言って彼女は睫毛を伏せ、顔を真っ赤に染める。
「な、なんだかかつての自分を見ているようで、それでつい声を掛けてしまって……いきなりで迷惑でしたよね、すいません。あはは、何やってんだろ私」
彼女としても突発的な行動だったのだろう。羞恥から身をくるりと翻し、この場を去ろうとする。
沙紀としても見ず知らずの相手にたまたま声を掛けられただけ。このまま見送ればいい。
だけど沙紀は振り返り際に彼女が見せた顔に、寂しさと後悔に似た色を浮かべていることを見つけてしまい――とても他人事だとは思えなくなってしまった。
「あ、あのっ!」
「っ!?」
気付けば彼女の手を握りしめていた。今度は彼女が驚き、肩をビクリと震わせる。
そして沙紀は咄嗟に自らの胸の内にある望みを謳う。
「わ、私、もっと自分を変えたいんですっ! このままだとまだ色々と足りなくて、その、このまま何もしないでいたら今を変えられなくてっ!」
「……え?」
「けど、自分でどう変えればいいのかも、ちょっとわからないというか……」
「……ぁ」
自分でも何とも纏まりのないことを言っている自覚があった。
ましてや彼女とは初対面。言っていることなどろくに伝わっていないだろう。
だけど、何かを言わずにはいられなかった。
するとそんな沙紀の熱意は伝わったのだろうか、彼女は何か自分の想いを口の中で転がし、キッと真剣な眼差しで沙紀を見つめ返す。そして両手で沙紀の手を握りしめてきた。
「か、変えましょうっ!」
「はいっ!」
「そうです、今のままじゃよくないんだから……私、大切なことを忘れてました」
「忘れてた……?」
「これ、見て下さい」
そう言って彼女は自身のスマホを沙紀に差し出す。
画面に映されていたのは、制服姿の地味な女の子。
髪で目が隠れてもっさりしており、暗い表情と格好で、教室でも埋もれていそうな子だ。
「えぇっと……」
この子が一体どうしたのだろうかと、沙紀はスマホと目の前の華やかさを隠しきれない少女を交互に見やる。
すると彼女は少し恥ずかしそうに自らの秘密を打ち明けた。
「えっと、昔の私です」
「ええぇえぇぇ~っんぐっ!」
思わず大きな声を出してしまいそうになり、慌てて口元を押さえる沙紀。
にわかに信じられないような変身具合だ。
「変われば変わるものでしょう?」
「あのその確かに、えぇっとぉ~!?」
「もっとも、中身はあまり変わってないといいますか……」
沙紀の反応に、彼女はちょっとした悪戯が成功したといわんばかりにはにかむ。
そして彼女はちょっぴり自嘲気味にかつての自分のことを語る。
「私はこんな、いつも俯いて日陰でこっそりと息を潜めているような目立たない存在でした。でも、そんな私にある人が言ってくれたんです。『顔を上げて胸を張った方が素敵だよ』って。それで……あはは、単純、ですよね」
「そんなことありませんっ!」
「っ!?」
「私だって何のためにやってるかわからなかった舞を、綺麗でカッコいいって褒めてもらったから、だからその、そんなこと言わないでくださいっ!」
「…………ぁ」
まるで彼女は鏡映しの自分のようだった。
だからそうじゃないと彼女の言葉を必死に否定する。それは認められない。
そんな沙紀の想いが伝わったのか、彼女は驚き目をぱちくりさせ、目を細めていく。
見つめ合うことしばし。
やがてどちらからともなく、くすくすと笑いを零す。
「なんだかすいません、選んでいるところを急に声を掛けて邪魔してしまって」
「いいえ、良いお話をできたと言いますか」
「お祭りか何か行くんですか?」
「はい、その2人っきりではないんですけど、その、今までとは違った自分を見て欲しいなぁっと」
「なるほど……」
沙紀の言葉に頷いた彼女は顎に手を当て、ジロリと全身を観察する。そして、ほぅとため息を漏らした。
「綺麗な顔立ちをしていますね……それとスタイルも良いです。だから、何を着ても似合うとは思いますけど……だからこそ難しいですね」
「ふぇ!? そ、そんな……」
「今手に持っているものだと……そうですね、ちょっと失礼」
「あ、あのえっと……?」
彼女は言うや否や沙紀のおさげを解き、慣れた手つきでハーフアップ盛りにしていく。
そして沙紀が持っていた浴衣を手に取り身体に押し当て、視線を姿見へと促す。
「ほら、見てみてください」
「……え?」
変な声が漏れてしまった。
そこに映るのは沙紀であって沙紀でない、見慣れぬ華やかな女の子。
思わず本当にこれは自分なのかと、ぺたぺたと顔を色々触って確かめてしまう。
「衣装だけじゃなく、髪型もそれに合わせるとより効果的かなぁ、と」
「す、すごい……」
「わ、沙紀ちゃん!? 髪すっごく似合ってる、っていうかどうやったの!?」
「っ!?」
「姫ちゃん!」
沙紀が戸惑っていると、姫子が戻ってきた。
すっかりいつもと印象が変わった沙紀の髪型に興味津々な様子で、目をきらきらさせながら周囲をぐるぐると回って観察する。
「ね、ね、沙紀ちゃんこの髪ってどうやったの!?」
「えっとそれは、この方に……」
「あ、どうも……」
「っ!? …………ぇ?」
沙紀が声を掛けてきてくれた彼女を紹介すれば、姫子はピシリと表情を強張らせた。そして信じられないとばかりに瞠目する。
不躾にも姫子が何かを確かめるかのようにマジマジと嘗め回すかのような視線を彼女にぶつければ、彼女も居心地悪そうに身を縮こまらせた。
沙紀はさすがに親友のこの態度を諫めようと2人の間に身を滑り込ませ、口を開こうとした時のことだった。
「あの、姫ち――」
「も、もしかして佐藤愛――」
『『『きゃーーーーーーーーーっ!』』』
その時、突如どこからか地を震わせんほどの歓声が聞こえてくるのだった。
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