193.あの、もしかして
千紫万紅、百花繚乱、いずれ菖蒲か杜若。
視界一面に展示されている色とりどりの浴衣たちは、まるで鮮やかに咲き誇る花のよう。
沙紀と姫子はそんな魅力的な花に誘われる蝶のように、あちらこちらへ飛び回り、浴衣を吟味する。
ちなみにあまりに売り場が広大なので、中学生組と高校生組で分かれて選ぶことにしていた。
「沙紀ちゃん沙紀ちゃん、こんなのもどうかな!?」
「わ、わ、これも素敵だね~! でもこれも、私にはちょっと雰囲気が甘すぎないかなぁ?」
「そんなことないっ!」
「ひ、姫ちゃん?」
「確かに沙紀ちゃんは普段巫女服が着慣れてるのもあって、キチッとかすっきりとした感じのイメージがあるよ。けどこういう系も絶対似合うと思うんだよね。ギャップもあってさ。それに折角のお祭りなんだし」
「そ、そうかな」
「まぁ、とりあえずこれも候補の1つってことで」
「うん」
フンス、と鼻息荒く熱弁する姫子。
その勢いに押され、沙紀も思わず浴衣を受け取り足元の籠へと入れる。そして籠が候補の浴衣でまた1つ、いっぱいになった。これで2つ目、全て沙紀用にと姫子と一緒に選ばれたものだ。
沙紀はさすがに多すぎかも、と苦笑いを零す。
「けど候補もだいぶ溜まったよね~」
「確かにそろそろ絞っていってもいいかも」
どれもこれも良いデザインのものが多かった。
色々目移りしてしまったのは確かだけど、すべてを買うわけにもいかない。ここから1つ選ぶのも中々骨が折れそうだ。
そこではたと気付く。
「ところで姫ちゃんの分は――」
「あ! あそこのやつもよさそう!」
「――ぁ」
沙紀が言いかけたところで、またも何か興味を引くものを見つけた姫子は、ぴゅうっと飛び去っていく。
1人残された沙紀は、あぁまたかと苦笑い。
そしてジッと足元の3つの籠を目にした後、きょろきょろと周囲を見渡し、姿見の鏡を発見する。
両手に籠を持ち、そわそわとした様子で近付き、浴衣を取り出した。
「どれもこれもみんな可愛いなぁ」
思わずほぅ、とため息が漏れた。
あれこれと色んな浴衣を自分に当ててみては、着ている姿を想像してみる。
やはりネットの画像を眺めて見るのと、実際手に取って合わせてみるのとでは、イメージできるものは大違いだ。
「これはどうかな……ちょっと子供っぽい?」
今当てているのは鮮やかなパステルカラー印象的な、あどけなさが強調されるフェミニンブランドのもの。
「こっちは……可愛いいんだけど、ちょっと派手かなぁ?」
次に当ててみたのは大輪の彼岸花をこれでもかと強調してあしらった、明るい色合いのギャルブランドのもの。
どちらも可愛いし惹かれるところがある。
しかしどちらも今まで沙紀とはあまり縁がなかった系統のものでもあった。
果たして自分に似合うだろうか? 着こなせるだろうか?
沙紀は自分が田舎者だというのを自覚している。
なにせまだ緑あふれる月野瀬から都会に出て来て1ヶ月ほどしか経っていない。
昔からおさげにしている髪型だって、元々は周囲より色素の薄さから目立たないようにと纏めているだけだったりする。
それでもふと、これらの浴衣を着て、いつもと違う自分になって、隼人の前に立ってみた時のことを想像してみた。
ドキリとしてくれるだろうか?
驚いてくれるだろうか?
可愛いと思ってくれるだろうか?
それとも変だと、似合わないと思われ、苦笑いをされやしないだろうか?
様々な隼人の反応を思い巡らせてみては、赤くなったり青くなったり、一喜一憂の百面相。
するとその時、背後から遠慮がちに声を掛けられた。
「あ、あのぅ……」
「ひゃ、ひゃあっ!?」
そんな状態で急に声を掛けられたものだから、驚き小さく飛び上がってしまう。
「ご、ごめんなさいっ!?」
「い、いえ私もその、えっとぉ……」
声を掛けてきた人も沙紀の過剰ともいえる反応に驚き、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げてきた。沙紀も慌てて反射的に頭を下げる。
そして沙紀はそこで初めて自分が姿見の前を占領し、ころころと色んな表情を浮かべていたことに気付く。不審者じみた姿だったかなと、頬が熱を帯びていく。
何とも言い難い空気が流れ、そしてどちらからともなくあははと誤魔化すような乾いた笑いを零す。
顔を上げ、声を掛けてきた人を見てみる。
第一印象は、なんどもちぐはぐな感じを受けた。
明るく染め上げられた髪をひっつめにして、地味な帽子に眼鏡。しかしそれでも整った顔立ちは隠せてはいない。
身に着けているものも、今沙紀が手にしている浴衣と同じような系統の服を、ものの見事に着こなしている。
目立たないようにも気を配っているが、それでも綺麗な少女だった。思わずため息を吐いてしまう。
そんな彼女はといえば、どこか言い辛そうにもじもじしている。
いったい自分に何の用なのだろうか?
ふと手元の浴衣と彼女、そして自分の姿に視線を走らせてみた。
もしや選び方や合わせ方が、つい口を出してしまうほど何か間違っていたのだろうか?
彼女だけでなく周囲の人も、どこかオシャレな人が多い。不安になってくる。
そんな少しばかり悪い方向に思考を巡らせていると、やがて彼女の口から意外な言葉が飛び出してきた。
「あの、もしかして好きな人がいるんですか?」
「…………ぇ」
沙紀は大きく目を見開き、息を呑んだ。
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