192.決め手


 バーゲン会場でもある展示ホール内は非常に混雑していた。

 きっちりと区画整理されたスペースに様々な店が軒を連ねている。圧巻だ。どうやらシティにある専門店街以外のブランドも入っているらしい。


 気を付けていないと行き交う人に肩をぶつけそうになってしまうが、それでもついキョロキョロしてしまう。

 隼人だけでなく、一輝や伊織も物珍しそうに周囲を見渡していた。それだけ都会でも規模の大きな催しなのだろう。


 浴衣だけに視線を巡らせていても店ごとにシンプルなもの、淡い色合いで可愛らしいもの、奇抜な柄や派手さを前面に押し出されたものと、かなりの種類が見て取れる。

 なるほど、あれがブランドごとの違いというものだろう。

 また夏物衣料に日傘やサンダル、帽子に扇子といった小物類も結構な充実している。

 見ているだけでも目にも楽しく、少しだけ姫子たちのテンションが上がる理由が分かった気がした。


 やがてメンズ専門エリアと銘打たれたところにやってきた。

 他と比べると若干客数が少なく感じるものの、それでも十分に盛況だ。


「お、なんだあれ?」


 伊織が入り口にあるマネキンを見つけるなり駆け寄っていく。隼人も慌てて後を追う。


「うわ、やたらと派手だな……歌舞伎シリーズコーナー?」

「隣のは渋い、というか侍、浪人コーナー……あははっ、確かにそれっぽいけどさ」

「こっちはカップルお揃いコーデ用コーナー……伊織、どうだ?」

「うぇ!? んなことできるか!」

「えぇ~、せっかくだしさ、な?」

「なら隼人、これ二階堂さんと一緒に着れるか?」


 そう言って伊織がとあるマネキンの浴衣を指し示す。白と橙色の丸格子模様をあしらった、男が着るには少々可愛らしいデザインの浴衣だ。しかし春希には似合うことだろう。

 春希とお揃いで着ているところを想像してみる。

 それは周囲に深い仲だと喧伝することになり、そのことが気恥ずかしくもどこか悪戯っぽいいつもの笑みを浮かべ、どんどんノリノリになっていく姿が容易に想像でき――そこで慌ててかぶりを振った。


「……わ、悪ぃ。無理だ」

「ははっ、だろ?」

「ていうか、何で俺と春希なんだよ。……幼馴染ってだけだぞ」

「え?」

「な、なんだよ」


 隼人がそんな愚痴めいた言葉を零せば、伊織は信じられないとばかりに目を大きく見開いた。

 そしてハッと何かに気付いた顔になり、口をにやりと三日月形にする。


「じゃあ巫女ちゃんと一緒の方がいいんだ?」

「はぁ!?」


 伊織の言葉に釣られるようにして、沙紀とお揃いで着ている姿を想像してしまう。

 その瞬間、ドキリと胸が跳ねてしまった。

 かつてなら、いや、正確には昨夜までなら神楽で舞っていた時のような、凛として涼やかな微笑みを浮かべた顔を思い浮かべたことだろう。

 しかしどうしてか照れくさそうに頬を染め、はにかむ顔を想像してしまい――そしてパンッ、と両手で思いっきり自分の頬を引っ叩いた。


「は、隼人っ!?」

「痛ぅ~っ」


 一瞬にして頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 チクリと胸を刺す僅かな罪悪感と共に、胸の中で形容しがたい感情が渦巻いている。


 だから慌てて店内に視線を走らせ、誤魔化すように言葉を口にする。


「そ、それにしても色んな種類があるんだな?」

「……まぁ確かに思ったよりも多くて、どれを選んでいいかわからなくなるな」

「俺、こういうこと疎いから……って、一輝は?」

「あれ? そういやどこだ?」


 てっきり傍について来ていると思ったものの、姿を見かけない。

 どこに行ったのだろうと店の奥へと足を踏み入れれば、すぐにその姿は見つかった。

 しかし声を掛けようとして、躊躇ってしまった。


「…………」


 やけに神妙な眼差しで、ハンガーに掛けられた浴衣を吟味している。

 時折手を止めては眉間に皺を刻む。

 あれほど真剣な表情は部活の時でも作っていないだろう。

 やがて1つの浴衣を手に取ったところで、伊織が話しかけた。


「一輝、それにするのか?」

「あ、伊織くん。それに隼人くんも。いや、これは候補の1つってだけさ……ほら」

「「っ!?」」


 そう言って一輝は、足元にあった籠を持ち上げた。

 溢れそうなほどの浴衣が入れられている。

 この短時間の間に見繕ったのだろうか?

 驚きの目をしばたたかせる隼人と伊織。

 そんな2人をよそに、にこにことした一輝は籠の中から次々と浴衣を取り出し広げ、押し付けてくる。


「これとか隼人くんにどうかな? こういう明るめの色が意外と似合うと思うんだよね。柄はモダン系とかが良いと思って……ほら、これとか」

「お、おぅ」

「伊織くんはこういう暗めの生地に派手目の柄とかどうかな? もしくはこういうちょっと可愛らしいものが映えると思う。これも……ほら、これもね」

「そ、そうか」


 たじろぐ隼人と伊織。

 しかし一輝は瞳をきらきらと輝かせていた。

 きっとこういうことが好きなのだろう。

 事実、手渡された浴衣はどれもセンスの良さを感じ取れる。

 これらは隼人1人なら見つけられなかったに違いない。

 それは伊織も同じようで、一輝が選んでくれた浴衣に唸りながらどれにしようか見定めはじめている。


「なるほどなぁ、せっかくだしこの中からどれか選ばせてもらうよ」

「オレもそうさせてもらう。サンキュ、一輝」

「どういたしまして」


 礼を受け取った一輝はホッ、とため息を零し、それを見た隼人も苦笑いを零す。


「で、そういう一輝はどれにするんだ?」


 すると一輝は困ったように眉を寄せた。


「それが実は迷ってるんだ。シンプルに無難に、シックで落ち着いた感じ、少し個性を出して攻めてみる……方向性すら定まらない。隼人くんはどれがいいと思う?」

「……難しいな」


 単純に気になったから聞いてみたものの、オシャレ経験値が圧倒的に不足している隼人に応えられるはずもない。それに一輝なら、どんなものでも着こなしてしまうだろう。

 しかし素直にどれでもいいだろうと言えようはずもない。

 お互い苦笑いを浮かべていると、妙に既視感があることに気付く。

 はたとその正体に気付いた隼人は、あぁと納得すると共に、ひょいっとそれが言葉となって口から飛び出した。


「あぁ、一輝って、こういうところ姫子みたいなんだ」

「っ!? そ、そうかな?」

「よく家でこれに似たようなやり取りしてるというかさ」

「へ、へぇ……」


 驚き、どこか動揺を見せる一輝。

 その姿を見て、さすがに同性の友人を妹と同じように扱う発言は問題だったかと思った隼人は、バツの悪い顔で頭を掻く。

 何かフォローの言葉を探して口の中で「う~」と母音を転がしていると、伊織が困った様子で間に入ってきた。


「なぁちょっといいか? これって恵麻が選びそうなものと合わせた方がいいかな?」

「あぁ、確かにそうかもだね」

「そっか。恵麻のことだから落ち着いた色合いのものを選びそうだし、こっちの暗めの生地にしよう。柄が派手なのは遊び心になっていいだろうしな」


 伊織はへへっと満足そうな笑みを浮かべて自分の浴衣を選ぶ。

 そして隼人は少し感心したように言う。


「伊織、伊佐美さんの好みとかちゃんと把握してるのな」

「なんだかんだで付き合い長いからなぁ。隼人も二階堂さんが選びそうなものとかわかるんじゃない?」

「……春希ってば、すぐネタに走ったり驚かせようとした方向に走るから、どういうものを選ぶか全然想像つかないわ」


 そう言って隼人が肩を竦めると、2人からあははと笑い声が上がった。

 ひとしきり笑ったあと、一輝がそれじゃあと質問を投げかける。


「じゃあ姫子ちゃんならどういうものを選ぶと思う?」

「そうだなぁ、流行りものを追いかけるから、これもなんとも。ただ最近はちょっと背伸びしたものを選ぶ傾向があるかな? ほら、田舎者だって思われたくないみたいでさ」

「うん……なるほどね」


 妹の残念なところを言って笑いを誘ったつもりだったのだがしかし、一輝は顎に指を当て思案顔になった。


「僕は他のを探してくるよ」

「あ、おい一輝?」


 そう言って一輝は店の奥へと消えていく。

 どこか虚を突かれた様子でその後ろ姿を見送ると、いつのまにか会計を済ませた伊織が話しかけてきた。


「ところで隼人はどれにするんだ?」

「う~ん、どれにしようかなぁ……」


 実際どれも甲乙つけがたいものだ。

 そして伊織のように、決め手になるようなものはない。

 眉間に皺を寄せながら見比べることしばし、あることに気付く。


「よし、これにしよう」

「お、それ?」

「あぁ、一番値段が安いからな」


 やけに真面目な声色で理由を述べると、伊織は一瞬目をぱちくりさせ、そして大声で笑いだした。


「……ぷっ、あはははははははっ! なんとも隼人らしいや」

「うるせーよ!」

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