191.こうしちゃいられない!
日曜日の都心部ともなれば、遊びや買い物に繰り出す人々でごった返している。
しかし同じようにシャインスピリッツシティへと向かう人が多いのか、歩道は自然とそちらに向かうような流れが出来上がっており、移動に不便はない。
「恵麻さん、付き合う前までって没交渉だったんですか!?」
「ほら、小学校の高学年くらいになると、男子と女子で滅多に関わらなくなってくるでしょ? それでというか……」
「でもでも、仲を一気に縮めるきっかけがあったからこそ、付き合ったんですよね!?」
「ええっと、うん、それはその……はい、ありました……」
そんな中、伊佐美恵麻は逃さないとばかりの姫子と沙紀に挟まれて、質問攻めにあっていた。どうやら沙紀も、この手の話は姫子同様に興味津々らしい。
一方この手の話を苦手としている春希は、隼人たちと共に少し後ろから困った顔でその様子を眺めていた。
時折姫子たちは話のところどころで、何かを確認するかのようにこちらを振り返る。
すると視線を向けられた伊織が恥ずかしそうに隼人たちの背中に隠れると、「「きゃーっ!」」と黄色い声が上がった。
隼人たちは顔を真っ赤にして肩身を狭そうにしている伊織に、同情の込められた苦笑いを零す。
どうやら当分、彼女たちの恋バナの熱は冷めそうにない。
「……ぁ」
「……春希?」
するとその時、春希が小さく声を上げた。どこか寂しさを含んだ色をしている。
隼人がどうしたことかと怪訝な視線を向けると、春希はそこで初めて自分が声を漏らしてしまったことに気付き、しまったとばかりに気まずそう顔を作る。
眉間に皺を寄せ逡巡するも一瞬、躊躇いがちにとある店を指差した。
「えっと、あそこ」
「保護猫カフェひだまり?」
「そのさ、つくしちゃんのこと思い出しちゃって……」
「あぁ……」
つくし――月野瀬の荒れ果てた二階堂家の蔵、かつての春希の部屋で見つけ保護した子猫。
その時の状況を思い出し、そして何ともいえない表情をしている春希を目にすれば、隼人も口を噤んでしまう。
そんな隼人の顔に気付いた春希は、慌てて取り繕うように笑顔の仮面を貼り付けようとして――隼人は咄嗟に、それを遮るように言葉を浴びせた。
「こないだ沙紀さんがグルチャに上げてたつくしの写真さ、お腹おっぴろげて寝転んでて、見てる方も幸せになるような緩んだ顔してたよな」
「え? あ、うん、可愛かったよね。実際心太くんやおじさんもデレデレみたいだし」
「おじさん、毎日のように写真を送り付けてくるんだっけ?」
「そうそう。沙紀ちゃんも都会に行った娘より、つくしちゃんの様子のほうを気にしてるってぼやいてたよ」
「それはおじさんが悪い」
「でも、つくしちゃんのおかげでお父さんとの会話が増えたってさ」
「あはは、じゃあつくし様々だな」
「ふふ、そうだね」
顔を見合わせ笑い合う。
いつもの空気が流れる。
ひとしきり笑った後、隼人は前に向き直り、そしてポツリと、なんてことない風に呟いた。
「でもさ、こうして笑ったりできるのも、つくしを見つけて助けようとした春希のおかげだから」
「……っ!」
一瞬立ち止まり、目をぱちくりとさせる春希。
「……そっか」
そして胸に手を当て、じんわりとした笑顔を滲ませて隼人の後を追った。
◇◇◇
やってきたのはシャインスピリッツシティにある展示ホール。
遠目にも『この夏最後の売り尽くしセール!』という大きな垂れ幕が目立っており、多くの女性客がひしめき合っている。
先日来た時も人の多さに驚いたが、今日はそれ以上の賑わいだ。
なるほど、この人の多さなら専門店街よりこのイベントホールを利用した方が理にかなっているだろう。
「「「……すっごい」」」
隼人、姫子、沙紀の月野瀬組の3人は、思わずそんなことを呟いた。
周囲の人を見渡してみると、ぎらつかせた目をした女性客ばかり。まるでお宝を狙うハンターのようで、どこかピリピリした空気を纏っている。
それだけこのバーゲンセールが戦場さながらの様相になっていることを物語っており、ごくりと喉を鳴らす。
だが少し怖気づいた隼人と違い、姫子と沙紀、それと伊佐美恵麻は逆に闘志を燃やしていた。
「こうしちゃいられない! 行こ、沙紀ちゃん、恵麻さん!」
「うん、急ごう姫ちゃん! 早くしないといいもの取られちゃう!」
「いーちゃん、後でこのへんで集合ね! 掘り出し物見つけなきゃ!」
「ほら、はるちゃんも早くーっ!」
「み゛ゃーっ!?」
隼人同様ちょっぴり腰が引けていた春希は、姫子に引きずられるようにして中へと引っ張られていく。
彼女たちの意気込みに呆気に取られていた隼人、一輝、伊織の3人は、我に返ると顔を見合わせ苦笑い。
「僕たちは僕たちで行こうか」
「そうだな、アレに付き合わずに済んだと喜んどこ」
「ははっ、恵麻のやつも選び始めると長いしな」
そして誰からともなく、会場に向かって足を向けた。
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