188.愛梨


 都心からもアクセスしやすい郊外、再開発エリアの住宅街。

 そこにある、ありふれた家屋の一室。

 愛梨はローテーブルの前でスマホ片手に手帳も広げ、眉間に皺をよせていた。


「今日で秋物の撮影も大体終わったから……明日の午前中の打ち合わせさえ終わったら、しばらくお休みが取れるかなー? ……ももっち先輩、明日のこと憶えてるかな?」


 これまで消化した仕事とこれからの予定を睨めっこ。

 スマホと手帳の両方でチェックをして、漏れなどが無いよう気を付ける。

 やがて色々と都合をつけた愛梨は、ぐでーっと両手を上げて伸びをしながら、ポスンとベッドのふちに寄りかかり、頭を預けた。


 愛梨はすっぴんだった。

 端正の取れた顔立ちはしているものの誌面に映るような華やかさはなく、どちらかといえば純朴で慎ましやかななもの。だが、派手に染め上げた髪色もあってちぐはぐな印象を受ける。

 ちぐはぐといえば、本棚にきっちり揃えられている教科書や参考書と共に並ぶ特集毎にきっちりと分けられたファッション雑誌類に、机の上で仕分けされている実用性重視で飾り気のない文房具とカラフルなコスメ類もそうだろう。


 そして愛梨はふぅ、とため息を零し、その瞳にベッドに掛けられている2つの制服を映す。

 1つは今通っている芸能人が多数在籍していることで有名な、おしゃれなデザインの高校の制服

 もう1つは何の変哲もない、紺一色の野暮ったいブレザー。この地区の公立中学校のもの。

 それはもうとっくに卒業していて袖を通すもの機会のないモノなのだが、愛梨にとって戒めであり、そしてお守りのようなもので、ずっと目に見える場所に置いていた。


「……あーし・・・、何やってんだろ」


 自嘲気味に零れてしまった呟きが、迷子のように部屋を彷徨い消えていく。

 そして手に持っていたスマホを弄り、とある画像ファイルを開いた。

 画面に映るのは、暗くて野暮ったい感じの少女。

 目どころか顔を隠すようなもっさりとした髪型に、校則に抵触しないよう着ている垢抜けない制服姿。どこか自分に自信の無い表情をしている、クラスの中でも隅の方で空気になっているような女の子。

 恩人である百花と関わる以前、かつての愛梨の姿。

 その時のことを思い出し、何ともいえない表情で目を細める。

 するとその時、スッとスマホが震えながら画面が切り替わり通話を告げた。百花からだった。

 あまりにも良いタイミングだったので、愛梨は一瞬呆けて何度か目をぱちくりさせ、我に返り慌てて画面をタップした。


『やほー、あいりん』

「ももっち先輩? どうしたんですか?」

『あーんー、ちょっとねー、その、明日さ、打ち合わせあるじゃん?』

「はい、ありますね。先輩が忘れてなかったことに安堵しています」

『えぇっとなんていうかさ、事務所ってシティの近くだから、帰りに寄るのもいいかなー、みたいな?』

「はぁ、それはいつものことだし、いいんですけど……」


 愛梨は小首を傾げ、怪訝な声で返事をする。何だか奥歯にものが挟まっているかのような言い草だった。

 いつもの百花なら『あいりん、明日の帰りシティ寄るからよろー』と一方的に言って、通話を切るようなところだ。明らかに、何かがあるのだろう。


『……』

「……」


 お互い、胸の内を探るような沈黙が流れる。

 やがて百花は観念したのか『うぅ~』と唸り声を上げ、おずおずと言葉を紡ぐ。


『その、一輝もシティに友達・・と一緒に行くみたいなんだけど』

「それは……」


 今度は愛梨が言葉を詰まらせた。

 確かに、会いたい気持ちはある。

 しかしかつてのことを知っているだけに、今の一輝が友達・・と和気藹々としているところを邪魔するのは躊躇われる。

 だからやはり遠慮したいとの旨を口にしようとして――


『その中に、例の一輝が告ってフラれた相手もいるみたい』

「っ!?」


 そして愛梨は息を呑むのだった。

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