186.し、知りませんっ! もぉ~っ!
夜空に月は無く、朧げな星がぼんやりと瞬いている。
月野瀬と違って都会の夜の住宅街は、そこかしこの家屋から漏れる灯かりと街灯のおかげで、随分と足元も明るい。
そんな夜道を沙紀と共に歩く。
「……」
「……」
2人の間に会話はない。
隼人は何ともいえない表情になっていた。
気に掛かるのは、やはり隣を歩く沙紀のこと。
村尾沙紀。
おっとりとしており、巫女服姿で月野瀬のあちこちへお遣いでよく訪れ、羊によく懐かれ村の皆に可愛がられている、妹の親友。
祭りでは鮮烈なまでの輝きを放つ、どこか眩しい女の子。
そんな彼女と今、一緒に夜のコンビニへと向かっている。
不思議な感じだった。
今まで接点があまりなかったから、なおさら。
夏休み前までなら想像だにしなかった状況に、まだ少しばかり困惑しているというのが本音だ。
その沙紀はといえば、まだ乾ききらない髪をサイドテールに纏めて靡かせながら、都会の夜の顔が珍しいのかキョロキョロと周囲を窺っている。
着ている服は先ほどの浴衣やコスプレ衣装でなく、少し余所行きのオシャレなワンピース。
(……姫子と一緒だな)
月野瀬では心太相手にお姉さんな姿を見せ、よく姫子をフォローをしていたりとどこか大人びたところがあった沙紀だが、妹と似たような歳相応の反応を見せられれば思わずくすりと笑いが零れ落ちてしまう。
「っ!」
すると隼人に笑われていることに気付いた沙紀は、頬を真っ赤に染めながら俯いた。
隼人は少しばかり申し訳ないようなことをした顔をして、ガリガリと頭を掻く。
「その、俺も初めて夜のコンビニに行く時、すっごくそわそわしたんだ」
「……え、お兄さんも?」
「夜なのに、何時に行っても昼間と同じように買い物できるっていうのが何か信じられなくて、本当かどうか確かめてやる、ってちょっと息巻いたりしててさ」
「わ、わかります! 私も実は、夜になると売ってるものが違うんじゃって思ってたりも!」
「あはは、その気持ちわかるよ。昼間と何が違うか確認しないとね」
「はいっ! ……って、そういえばお兄さん、何を買いに行くんですか?」
「乾電池だよ。目覚まし時計の切れちゃって……と、着いた。コンビニだ」
「わぁ……っ!」
歩くこと10分と少し。
住宅街の外れ、大通りに面したところにあるコンビニは、まるでそこだけ昼間から切り取られたように、煌々と夜の街を照らしていた。
そして灯かりに誘われるように店に訪れる住民を、吸い込んでは吐き出している。
沙紀はその様子を目をキラキラさせながら見入っていた。
隼人はかつての自分や妹と同じような反応を示す沙紀を微笑ましく思いながら、ポンッと彼女の頭に手を載せ促す。
「行こうか」
「はいっ!」
◇◇◇
コンビニに入った隼人は、まずは目的のものをと日用品コーナーを目指す。
「電池、どこだ……」
普段あまり覗くことに無いその場所はペンやノートと言った文房具、洗剤やスポンジといった台所用品、ティッシュやゴミ袋といった日用雑貨類が所狭しと並べられており、目当てのものを探すのに手間取ってしまう。
捜索することしばし。
もしかして電池は売ってないのかなと思い始めた頃、やっと目当てのものを発見できた。
「あったあった。っと、沙紀さんは……?」
結構な時間を待たせてしまったかもしれない。
そう思い少し申し訳ない気持ちで店内を見渡せば、沙紀の姿はすぐに見つかった。
色素の薄い髪と肌をした沙紀はよく目立つ。
スイーツコーナーで落ち着きなく身体を動かし物色していれば、なおさら。
そんな微笑ましい背中を見せられれば声を掛けるのも躊躇われ、嘆息しつつもしばし微笑ましく見守る。
するとしばらく色んなものへと視線を彷徨わせていた沙紀は、とあるスイーツへの前で止まり、手を伸ばした。
「それ、買うの?」
「っ!? お、お兄さん! えぇっとこれはその……」
「こないだ出たばっかのWマロンシュークリームか。それ、生地がサクサクしていて美味いよな」
「そ、そうなんです! 固めのクッキー生地もさることながら、濃厚でなめらかなマロンクリームとふんわりしたホイップクリームも絶妙で!」
「うんうん、美味いよな。これだけじゃなく、そっちのパンプキンプリンやモンブランどらやきも甲乙つけがたい」
「わ、わ、そちらも気になっていて……あ、気になるといえばこちらのサツマイモと紅茶のパフェ! 意外な組み合わせだけど、見た目的にも美味しそうなんです!」
スイーツの話に瞳を輝かせる沙紀。
どうやら田舎にはなかった様々な種類の甘味に、姫子同様夢中になっているようだ。
隼人が口元を緩めていると、これとかどうでしょう、と他に手に取ったスイーツを差し出してくる。
「へぇ、どれどれ……305㎉かぁ」
「はい、これ305㎉もあって……!?」
「ふむふむ、Wマロンシュークリームは280㎉……どちらも丼ごはん並みのカロリーがあるな」
「……え、ぁ……お、お兄さんの意地悪っ」
ぷくりと頬を膨らませる沙紀。
そして手に持つスイートを眺め、はぁ、とため息。渋々といった様子で棚へと戻す。
しかし隼人は戻されたそれをすかさず手に取り、二ッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お兄さん……?」
「こういう日くらいさ、色々何も考えず好きなモノ食べても罰は当たらんだろ」
「っ! はいっ……っ!」
すると目をぱちくりさせた沙紀は、息を呑み相好を崩す。
隼人も釣られて笑みを零し、そしてはたと気付き手を止める。
「あ、姫子や春希の分も買って行かないと拗ねるな。何がいいだろう?」
「…………ぁ。そういえば、そうですね」
隼人がそう独り言ちれば、沙紀は今気付いたとばかりにバツの悪い顔をみせる。
するとムクムクと胸の中に悪戯心が湧いてきて、春希や姫子を揶揄う時と同じような調子で言う。
「もしかして忘れてた?」
「そ、そんなことっ」
「ははっ、それだけ夜のコンビニが楽しみだったんだ」
「し、知りませんっ! もぉ~っ!」
沙紀は唇を尖らせぷいっとそっぽを向き、隼人はその背中に「ごめんごめん」と謝るのだった。
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