185.夜のコンビニ


 今夜の夕食はあらかじめ仕込んでおいた帰れ、鶏肉へ! とサラダ。

 それからもう一品。

 フライパンでみじん切りにしたたっぷりの玉ねぎをオリーブオイルで飴色になるまで炒め、そこへ賽の目に切ったじゃがいもにソーセージ、エリンギ、アスパラガスを投下して塩コショウ。

 熱が通ったらそこへ粉チーズと牛乳を合わせた卵液を流し込み混ぜ合わせ、蓋をしたら弱火でじっくりふっくら焼き上げれば、スパニッシュオムレツの完成だ。


「ん~、この鶏肉ホロホロ! リクエストしてみて正解だった!」

「隼人、これかなりスープ出てるけど、本当に水1滴も使ってないの?」

「あぁ、玉ねぎがこんなに水分多いだなんて、俺自身もビックリしてる」

「このオムレツ、結構ずっしりしてますね。具沢山だしこれだけでメインになれそう」


 わいわいと話しながら夕食が進んでいく。

 どの料理も大皿に載せられており、各自がとりわけて食べるビュッフェスタイルだ。

 ちょっとしたパーティー気分も味わえ、皆の心も浮き立っている。


「そういやはるちゃん、鞄に何かのケース入ってたけど、何持ってきたの?」

「あ、こないだ言ってた音楽物のやつ! いやぁ、今まで音楽とか興味なかったけどネットの評判が良くて見たら嵌っちゃってさ、これは布教しなきゃって思って!」

「それ、あたしも気になってたんだよね! じゃあこの後見よっか」

「ほどほどにして、ちゃんと勉強もしろよ?」

「わかってる、っていうかおにぃってば堅苦しいんだから、もぉ!」

「隼人ってば空気読めてなーい!」

「あ、あはは」

「……ったく」


 隼人は呆れつつも、まぁせっかくのお泊り会だからな、とため息を零した。




◇◇◇




 夕食も終わり、一休みを挟み、隼人はササッと洗い物を済ませた。

 その間もずっと春希、姫子、沙紀の3人は、リビングで一言も声を上げず、真剣な様子でテレビ画面に見入っている。それだけ面白いのだろう。

 しかし3人とも相変わらずコスプレ姿のままだったりするので、思わずくすりと、呆れたような笑いを零す。

 するとその時、スマホがメッセージの着信音を奏でた。

 その音にピクリと姫子の肩が反応する。

 うるさいと機嫌を損ねて文句を言われたら堪らないと、自分の部屋に駆け込み画面を開く。差出人は伊織だ。


『オレさ、実はこういう感じのデザインの浴衣も好きなんだよね』


 そんなメッセージと共に添えられていたのは、ド派手な柄で肩までざっくり開かれ、帯は前で盛りに盛られた花魁を彷彿とさせる浴衣の画像。

 もしこんなものを着て外を歩こうものなら、周囲の視線を集めること請け合いだ。


『なんていうか、かなり華やかで着る人を選びそうだな』

『はは、だよなー。でもたまにこういうの着てる子とか見かけねぇ?』

『でも僕の姉さん、去年これに近いような感じもの着てたよ』

『マジか、一輝! すげぇな!』

『こういうのが似合いそうな人で一輝の姉……思い浮かびそうで思い浮かばないな』

『あはは。でも伊佐美さんもさ、スポーツ女子だけあって均整の取れた身体のラインしてるし、こういう感じのものも案外似合いそうだと思うんだよね』

『む……一輝にそう言われるとそんな気もしてきた。こんなデザインってMOMOくらいじゃないと着こなせないかなって思ってたんだけど』

『MOMO……? 一輝知ってる?』

『っ! えぇっと、モデルだよ、確か』

『そうそう、よく知ってるな、一輝。オレは恵麻の持ってる雑誌にちょくちょく出てたから覚えちまっただけだけど。すごい華があるっつーか、存在感があるというか』

『へぇ、姫子とか詳しそうかな?』

『そ、それよりも伊織くん、こういうのが好みってことは明日の買い物、伊佐美さんにこういうの買って欲しいのかい?』

『いやぁ、見てみたいってのはあるけど、さすがにこれは目立ち過ぎるだろ。ほぼコスプレじゃん』


「――っ!」


 コスプレ。その言葉で思わずリビングにいる春希や沙紀のことを思い浮かべてしまった。

 こういう衣装も持っているのだろうか? もし持っているのなら――とそこまで考えたところで不埒な姿を想像してしまいそうになり、頭を振ってその考えを追い出す。そして猫耳を付けていたことも思いだし、慌てて外した。


 はぁ、とため息を1つ。手元のスマホの画面では『一輝はどういうのが好みなのさ?』『うーん、明るい色に映えるような柄のとかかな?』といった会話が続けられている。

 そしてふと顔をあげると、机においてある目覚まし時計に違和感を覚えた。

 目覚まし時計が指しているのは4時23分。スマホの時刻を確認すれば8時45分。明らかにおかしい。そして目覚まし時計の針が動く気配もない。


 確認とばかりに何度か乾電池を取り出しては入れ直してみるものの、うんともすんとも言わない。


「……電池切れか」


 眉間に皺を寄せながら、机や部屋にある物入れを探ってみる。しかしいくら探せど予備の乾電池は見当たらない。

 リビングにあるかなと顔を出せば、もぬけの殻になっていた。どうやら姫子の部屋に移動したらしい。そして色々と探してみるも、目当てのものは見つからない。そもそも、今時乾電池を使うとなればリモコンくらいだろうか。


「困ったな……」


 隼人はふぅ、とため息を吐きながらガリガリと頭を掻いた。


 別に目覚まし時計が動かなくても、スマホがあれば事足りる。

 しかし、子供の頃からずっと使って慣れ親しんできたものなのだ。

 ふとした拍子で時刻を目覚まし時計で確認するのは身体に染み付いた習慣になっているし、それが動かないというのはどうにも据わりが悪い。


 幸いにしてまだ9時を少し過ぎたあたり。

 コンビニでさっと乾電池を買って来ればいいだろう。

 そう思って財布を確認し、廊下に出た。


「きゃっ!」

「っと、悪ぃ」


 すると丁度その時正面にポスンと軽い衝撃を受け、ぶつかりよろめく沙紀の腕を慌てて掴んで抱きとめた。

 手のひらから火照ったような熱を感じる。目の前の特徴的な色素の薄い亜麻色の髪の旋毛からは、甘い香りが鼻腔をくすぐり頭がくらりとしてしまう。

 お風呂上りなのだろう、沙紀の顔はほんのりと上気して赤くなっていた。髪もまだしっとりと水気を多分に含んでいる。


「ご、ごめんなさい、前をよく見ていなくて……」

「お、俺の方こそ……」


 沙紀はコスプレでなく、浴衣姿だった。先日月野瀬で見た時と同じ浴衣姿だ。

 そして今の隼人にとって、沙紀の浴衣姿はとても危険だった。

 ついつい先ほどの伊織が貼り付けた花魁衣装の画像を想像してしまい、その大きく開かれた胸元に、春希がメイド服を着た時谷間が出来ていたという言葉を思い出す。

 そんな動揺を悟られてはいけないとばかりに、素早く手を放し距離を取る。


「その格好……」


 そして飛び出したのは、そんな頭の中に残ったままの言葉。

 自分でもしまったと渋面を作る。


「こ、これはその寝巻用というか旅館とかであるやつのだから、お祭りに行く時のは用途が違くて明日はちゃんとしたものを選ぶつもりで……っ」

「あ、あぁうん、そうなんだ」

「そうなんです!」

「ええっとその、お風呂、入ってたんだ?」

「はい、今は春希さんが入ってます。姫ちゃんは部屋でさっき見てた奴の漫画を」

「ったく、あいつは……」

「ま、まぁ、姫ちゃんですし……」

「……ははっ」

「……ふふっ」


 どちらからともなく曖昧に笑い、この場を誤魔化そうとする。

 そして玄関の方へと足を向けると、沙紀が不思議そうな声を掛けてきた。


「お兄さん、どこか行くんですか?」

「コンビニに、ちょっと買い物にね」

「こ、コンビニっ!?」


 驚きと好奇の色が混じった声を上げる沙紀。

 隼人が振り返れば、そわそわと落ち着きのない様子で「そういえばこちらって24時間いつでもコンビニで買い物できるんですよね……」と、かつての姫子と同じようなことを呟いている。

 思わず目をぱちくりとさせた。

 確かにこの辺は治安がいいとはいえ、女子中学生が1人でコンビニ行く機会はないだろう。都会での生活も慣れていないだろうから、なおさら。

 そんな普段は見せない子供っぽい姿を見せられれば、思わず笑みを零してしまい、気付けば声を掛けていた。


「沙紀さん、一緒に行く?」

「は、はいっ!」


 間髪入れず、力強く返事をする沙紀。

 そしてくるりと自分の姿を見回す。


「あ、でも着替えてくるのでちょっと待っててください!」

「わかった」


 そう言ってパタパタと姫子の部屋に駆け込む姿を、微笑ましく見送るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る