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183.お泊り会


 浴衣を買いに行く前日、土曜日の昼下がり。

 学校から帰宅した隼人は、キッチンで夕飯の仕込みをしていた。

 珍しいことに傍らにはスマホ。時折確認するかのように覗き込んでいる。


「……ほんとにこれで大丈夫か?」


 思わず独り言ちる。

 その顔には少しばかりの疑心暗鬼の色。


 作っているのは姫子からのリクエストのもの。少し前SNSで話題になっていた『帰れ、鶏肉へ!』という料理。

 鍋にバター、玉ねぎを並べた上に鶏もも肉を載せて塩コショウ、そして蓋をするように再度玉ねぎを載せた後、ローリエを入れてひたすら弱火にかけるだけ。水は1滴も使わない。時間はかかるものの、準備も調理も非常に簡単な料理だった。

 だからこそ話題になったのだが、あまりにあっけなく仕込みが終わったこともあり、隼人は思わず腕を組み唸る。


 するとその時、インターホンが来客を告げた。

 ソファーでだらけていた姫子が「はーい!」と言いながら機敏に立ち上がり、テレビドアホンへと向かう。

 そしてややあって、春希と沙紀がリビングに顔を出した。

 今日はお泊り会ということもあり、2人の手には大きめの荷物。


「いらっしゃいはるちゃん、沙紀ちゃん。わ、結構荷物あるねー」

「勉強道具も入れてきたら思ったよりかさ張っちゃって」

「うっ、勉強……」

「あはは……とりあえずどこに置けばいいかな? 姫ちゃんの部屋?」


 沙紀は困った風な顔で鞄を掲げ、姫子は言葉を詰まらせ目を泳がせた。皆の苦笑が零れる。

 2人は中3、受験生だ。お泊り会だと言っても、遊んでばかりはいられない。


「ところで春希は何でそんなに荷物が大きいんだ?」

「うん、ボク?」


 春希の荷物は沙紀以上に大きかった。

 隼人の部屋にいくつか着替えを置いていることもあり、それほど荷物が必要だとは思えない。遊び道具としてもかさ張り過ぎている。

 首を捻っていると、春希はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「んふふ~、気になる?」

「そりゃまぁ」

「よろしい、ならば見せてあげましょう。ひめちゃん、沙紀ちゃんちょっといい?」

「え、なになに?」

「どうかしました?」


 春希は明らかに何か企んでいそうなドヤ顔を残し、2人を連れ立って姫子の部屋へと消えていく。

 そして少し遅れて「「きゃーっ!」」という黄色い声が聞こえてきた。

 その後もきゃいきゃいと盛り上がっている様子が窺える。

 何を企んでいるかは分からない。

 だけどどことなく自分だけ仲間外れにされているかのような気がして、眉間に皺が寄った。


 そもそも今日のお泊り会だっていつの間にか計画されており、隼人に知らされたのは直前になってからだったのだ。


「……はぁ、ったく」


 夏休み明け、月野瀬から沙紀がこちらに来て以来というものの、春希と沙紀はこれまで以上に距離を近付けた。

 あの日、祭りの終わった夜。

 沙紀が懇願した通りに。

 話題も服やメイクなど、隼人が入れないものも多く、女の子同士だからこそ当たり前だと言われればそれまでだ。

 それ自体は、まぁいい。

 だけどそれでも、釈然としないものがあった。

 そんな自分の子供っぽい部分に、呆れたため息が漏れる。


 その時コンコンと、リビングの扉がわざわざ控えめに叩かれた。


「隼人ー、そこいる?」

「春希? あぁ、いるけど」

「それじゃ開けるよ? ひめちゃん、沙紀ちゃん、せーので行こっか」

「おっけー!」「は、はいっ!」

「せーの、じゃんっ!」

「っ!?」


 隼人は現れた3人の姿に目を大きく見開いた。

 朱色をベースにした中華風ゴスロリドレスを身に纏った春希。髪も左右にお団子を2つ作っている。

 隣に視線を移せばテレビか何かで見覚えのある軍服をモチーフとしたアイドル衣装姿の沙紀。髪はサイドテールにしており、新鮮だ。

 姫子はミニスカートのメイド服を着ていた。胸元が大きく開かれたデザインで、貧しい胸が一層強調されており、髪もあざとくツインテール。


「どう、隼人? 驚いた?」

「っ! あぁうん、驚いた……」

「あたしもびっくりしたよー。てかはるちゃん、聞くの忘れてたけど、この衣装ってどうしたのさ?」

「通販のポイントが貯まってたから、ついノリと勢いで! 深夜テンションって怖いね! タンスの肥やしになってたけど、いい機会だと思って持ってきたんだ」

「あ、あはは、春希さんらしい」

「でもあたし、こういうの1度着てみたかったんだよねー、はるちゃんグッジョブ!」

「確かにいつもと違う格好をすると、新鮮な気持ちになるよね。ひめちゃんや春希さんの衣装も気になるなぁ」

「お? じゃあ後で衣装の交換しよっか!」


 盛り上がる3人をよそに、隼人はただただ唖然としていた。

 コスプレ衣装に身を包んだ彼女たちはいつもと違った魅力に彩られており、どれもスカート丈が短いということもあって、目のやり場にも困ってしまう。


「ね、隼人はどの衣装が好み?」

「お兄さんの好み、気になります!」

「んぇっ!? あーええっと、こういうの初めて見たし、その、よくわからん……」

「えぇーっ、おにぃその答えつまんなーい」

「つまらなくて結構!」


 ぷいっと目を逸らす。

 隼人の胸は春希の目論見通り何ともいえない騒めきを奏でており、しかしそれを認めるにはどこか悔しいものがある。

 胸がこそばゆくなるような感覚に戸惑っていると、ふいにひょいっと頭に何かを載せられた。


「はい、隼人はこれで勘弁してあげよう。フリーサイズとはいえ、さすがに衣装は入らないだろうしね」

「あはは、おにぃ似合ってる!」

「ふふっ、ちょっと可愛らしいです」

「……なんだこれ?」


 何かと思って手に取ってみれば、猫耳の付いたカチューシャ。

 眉を顰めていると、にししと笑う春希と目が合う。


「ほら、せっかくだから隼人も一緒に、ね?」

「……ったく、どんな罰ゲームだよ、これ」


 しかし隼人だけを仲間外れにならないようにという配慮も感じ取れた。

 たまにはこういうのもいいだろう。

 隼人は呆れたため息と共に、猫耳を付けるのだった。




※※※※※※


てんびんコミカライズ、本日更新です。

よろしければそちらの方も読んでね。

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