180.姫子はマイペース


 姫子は気安い感じでしゅたっと片手を上げたまま、一輝の姿を見て目を見開いた。

 その背後には「きゃーっ!」と盛り上がってる中学の友人たち。その中で1人、沙紀が少し緊張した面持ちでぎこちない笑みを浮かべている。


 身内に仕事をする姿を見られるのは、やはり気恥ずかしい。

 沙紀や他の友人たちもいるし、前回は偶然だったけれど今回はいると分かって来ているから、なおさら。隼人はジト目で姫子をねめつけ小声で話しかける。


「何で来たんだよ」

「そりゃ、沙紀ちゃんにここの可愛い制服見せたかったから……って、はるちゃん居ないの?」

「今日は居ない。生徒会の手伝い」

「せいとかい?」


 姫子は聞き慣れない単語にポカンとした表情で首を傾げた。

 そして必死に生徒会と春希を結び付けようとして眉間に皺を作る。

 すると丁度その時、店内で席を立ちあがるお客の姿が見えた。

 これ幸いと隣にいた一輝の肩を任せたとばかりに、ポンと叩く。


「と、レジ入るわ。一輝、姫子たちを頼む」

「っ! あ、あぁうん、姫子ちゃんたち、こちらへどうぞ」

「はーいって一輝さん、その格好も似合いますね。まるでホストみたい!」

「えっと、褒められてるのかな? では『今日は来てくれてありがとう。今日は君のために特別な席を用意しておいたから』」

「あはははははっ! 一輝さん本当にホストっぽーい!」


 一輝はおどけた様子でそんな演技をしながら、姫子たちを空いてる席に案内する。

 隼人は器用なやつ、と思いながらレジを打っていると、最後尾にいた沙紀と目が合った。沙紀ははにかみながら、こちらに向かって手を小さく手を振ってくる。

 今までの彼女のイメージからはあまり想像できなかった仕草に一瞬驚くものの、隼人も反射的に小さく手を振り返す。

 すると沙紀は目をぱちくりとさせ、頬を羞恥の色に染めながら、慌てて姫子たちの後を追う。その微笑ましい姿に、口元からは自然と笑みが零れていた。


「おーい隼人ー、レジ終わったら5番さんのオーダー持ってってくれーっ!」

「っ! あいよーっ!」


 厨房から聞こえてきた伊織の声で我に返る。

 オーダーを受け取り運びながらも、ちらりと姫子たちのテーブルの様子を窺う。


「今日は何にしよーっ!」

「わ、わ、すごいよ姫ちゃん! こんなにも種類がいっぱいで……っ!」

「……前に来た時の最終候補がこれとこれとこれとこれだったから……」

「あはは、霧島ちゃんってば既にメニューに夢中だ」

「も、もぉ~っ」

「でも実際迷うよね。ここ、季節によっても色々変わるしさ」

「えぇぇ~っ!? ……うちの田舎なんて、春によもぎ、秋に栗くらいの違いしかなかったよぅ。その辺に生ってるの使うだけだし」

「その辺にって、それはそれで気になるんですけど!?」


 メニューを真剣に眺めるマイペースな姫子。

 中学校の友人たちときゃいきゃいと騒ぎながらメニューを囲む沙紀。

 どこにでもありそうな、ごくありふれた和気藹々とした女の子グループの光景。

 どうやら沙紀は、転校先でも上手くやっているらしい。ホッと安堵のため息を吐く。


 そして彼女たちの話の切れ目を見計らって、一輝がお冷やを持ってきた。


「はい、どうぞ。何にするか決まったかな? 今日はくずきり抹茶パフェがおススメだよ。本日限定きな粉サービスもしているからね」

「あ、ならそれにしようかなー」

「じゃあ私も。前から気になってたし、サービスもあるなら頼むしかないよね」

「私も穂乃香ちゃんたちの流れに乗っかろーっと!」

「え、えぇっと私は~……」


 迷っている彼女たちにさりげなくお得情報を混ぜてアピールすれば、たちまちくずきり抹茶パフェにしようという流れになっていく。

 相変わらず如才ないやつだなと、今度は違った意味でのため息が零れる。


「姫子ちゃんもどうかな? この間もおいしいおいしいって食べてたよね?」

「ん~、あたしはパス」

「っ!?」

「え、霧島ちゃん、今日それお得なのに?」

「だってこないだ食べたもん。今日は他のやつにして新規開拓しないと!」

「あ、あはは……」


 その中で1人、姫子だけが空気を読めなかった。

 あけすけな表情でおススメを断り、うーんと唸りながら腕を組む。視線はメニューに釘付けのまま。

 一輝の笑顔の仮面は、ピシリと固まっていた。

 隼人はやれやれといった様子で痛むこめかみに手を当てる。


 ふとその時、視線を感じた。

 何だろうと顔を上げれば、メニューを片手に一輝に尋ねる沙紀の姿が目に入る。


「あの、この中ではゃ……ひ、姫ちゃんのお兄さんが作ったりするメニューってありますかっ?」

「っ!? あ、あぁうん、かき氷系なら以前にも作ってたし大丈夫だと思う……ね、隼人くん?」

「お、おい!? いやまぁ、確かにかき氷系なら俺でも任せてもらえるけどさ」

「じゃ、じゃあ私、このふわふわ宇治金時お願いします」

「おにぃが作るの!? それならあたしも同じやつで! それ、前回の最終こーほの1つだったんだよねー」

「ではふわふわ宇治金時2つ、くずきり抹茶パフェが3つですね。少々お待ちください」


 さっとオーダーを纏め、笑顔でその場を去る一輝。

 どうしたわけか、かき氷を作る流れになった。

 厨房に戻ればオーダーを通しにきた一輝に、すまなさそうに謝られる。


「ごめん、忙しいのにわざわざ隼人くんにかき氷作らせることになっちゃって」

「それは別に。しばらくフロアを1人で任せることになって申し訳ないというか……ていうか悪いな、姫子のやつが。ったく」

「あはは、いいよ。姫子ちゃんらしいね、手強いや」

「まぁ昔から手のかかるやつだよ」

「手強いから姫子ちゃんたちに運ぶのは、隼人くんに任せたよ」

「げっ。妹の接客とか色々抵抗があるんだけど!」

「……僕も友人の妹相手にオーダー取ってきたから、今度は隼人くんの番だね」

「わーったよ」


 そう言われると弱かった。隼人は諦めの色が滲むため息を零す。

 一輝は「よしっ」と自分を鼓舞するように声を上げ、出来上がっていた1番テーブルのオーダーを運びにフロアへと消えていく。


「てわけで伊織、宇治金時2つ作るわ」

「おぅ、頼む。正直オレも、今完全に手がくずきり抹茶パフェモードになってるから、他のはあんまり作りたくねぇ。さっきのあんみつ、妙に手間取っちまった」

「ははっ、そうか」


 伊織に一言断りを入れてかき氷の削り出し準備に取り掛かる。

 トッピングするものは多いもののさほど難しいものじゃない。

 これで大丈夫かな? と思いつつ心持ち少しだけ多めに氷を削り濃厚な抹茶シロップをかけ、白玉、餡子、黒ゴマとバニラのアイスを盛り付けていく。


「伊織、これで大丈夫か?」

「ん~、いいけどダメだ。これを載せてっと……いいぞ」


 まだ日の浅い隼人が伊織にチェックをお願いすると、ひょいっとばかりにソフトクリームを載せた。

 隼人が驚いていると、伊織はニッと笑顔を見せる。


「いいのか?」

「妹ちゃんと巫女ちゃんだけ通常通りっていうのも味気ないだろ」

「悪ぃな……いや、ありがと」

「へへっ、いいってことよ」


 普段調子がいい伊織だが、こういうところでの気遣いができるから憎めない。

 隼人は苦笑しつつかき氷と伊織が作ったパフェと共に、少し緊張気味に姫子たちの席へと持って行こうとして、はたと動きを止めた。視線は2つのかき氷に注がれている。

 そしてお盆を一旦、その場に置く。


「どうした、隼人?」

「いや、ちょっとな。姫子のことだからきっと」

「あぁ、なるほど」


 湯呑みを用意し出した隼人を見て、伊織はなるほどと頷く。

 そしてポットに入ったほうじ茶を淹れ、改めて席を目指した。


「お、お待たせしました」

「わ、わぁ!」「おススメなだけあるね」「写真撮らなきゃ!」「へぇ、おにぃやるじゃん」「思ったよりもボリュームあるね!」


 運ぶや否や歓声が上がり、各自が手を伸ばす。

 そして皆が「んん~っ」と美味しそうな声を上げれば、隼人も釣られて笑顔になる。


「ぁ痛ーっ!」

「~~~~っ!」


 そして勢いよくかき氷を掻き込んだ姫子と沙紀は、頭痛に顔を顰めていた。

 隼人はやっぱりなと苦笑しつつ、用意していた温かいほうじ茶を2人の前に差し出す。


「よろしければこちらをどうぞ」


 そして勢いよくほうじ茶を頬張り、今度は「「熱っ」」と声を上げ、周囲から笑いを誘った。

 隼人が呆れつつ身を翻せば、微笑ましそうに眺める一輝と目が合う。


「準備がいいね、隼人くん」

「……もう少し落ち着いて欲しいところだけどな」

「あははっ」

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