179.ジンクス
「秋祭りをするあそこの大きな神社って、縁結びで有名なんだよね」
「えんむすび?」
隼人は一瞬、そのあまりに聞き慣れない単語の意味がよくわからず、間抜けた声でオウム返しをしてしまう。
神社といえば村でなにかあれば集まり騒ぐところというイメージが強く、また縁結びと浴衣も上手く結びつかない。
隣の伊織も今一つピンと来ていない顔をしている。
「祭りの日、それぞれが兎の絵馬に一緒の願いを書いたら叶うってというジンクスがあるんだ。一緒に浴衣を着ていれば心を1つにしやすくて、よりご利益があるのだとか」
「へぇ、なるほどな。それで伊佐美さんが……って、伊織?」
「っ!? あ、あぁいやその、うん、浴衣! 浴衣買いに行かないとだな!」
「顔真っ赤だぞ、くくっ」
「あははっ、伊織くんは相変わらずだね」
「わ、笑うなよ隼人、一輝!」
みるみる顔を熟れたトマトのように赤くする伊織。
そして誤魔化すようにオーダーのくずきり抹茶パフェづくりに専念する。
伊佐美恵麻が伊織に浴衣でというのは、そういうことなのだろう。
それを微笑ましく思って見ていれば、同じように一輝がにこにことした視線を向けてきていることに気付く。
「隼人くんはやっぱり、二階堂さんと絵馬を書くのかな? もしかして浴衣も二階堂さんが?」
「ばっ、違ぇよ!? いや、それに絵馬のことは何も言ってなかったし、考えたことも……」
「なら考えた方が良いかもよ? こうして知ってしまったわけだしね」
「知ってしまった……」
一輝の揶揄いの言葉に、ビクリと表情が固まりくしゃりと顔を歪める。
――知ってしまった。
ふいに先日、二階堂家の蔵で話してもらった、春希の過去を思い出す。
あの時は子猫のこともあり、色々と途中で有耶無耶になった。
それでも、あの時春希がなんてことない風に語っていたことは憶えている。
既に過去のことなのだと。
終わってしまったことなのだと。
どこか諦めにも似た声色が、耳にこびりついて離れない。
この都会に引っ越してきて再会したばかりの時の春希は、かつてと同じような顔を見せながらも、まるで薄氷の上に佇んでいるかのような危うさがあったのを覚えている。
だからこそ、あの時は理由なんてわからなくても強引にその手を引いた。
いつも見せていた笑顔を曇らせるのが、無性に気に入らなかったから。
そして理由を知ってしまった今、一体どうすべきなのだろう? 何ができるのだろう?
月野瀬で告げられた時も、何かをしてあげたかった。
でも何も思い浮かばなかった。
そんな自分に呆れると共に、怒りすら感じてしまう。
知らず、拳を強く握りしめる。
「……隼人くん?」
よほど変な顔をしていたのだろうか?
一輝が心配そうな顔をして覗き込んできたので、慌てて苦笑を零し、軽く頭を振って意識を切り替える。
「ええっと、その、姫子もこの手の話が好きそうだなって」
「……そうかも、だね。その、やっぱり、姫子ちゃんも秋祭り一緒に来るんだ?」
「おぅ、ここんところ家でもどんな浴衣にするかばかり言ってるな」
「へぇ、てことは前回のプールと同じ顔触れになるのかな?」
「いや、1人増える。姫子の友達。その子もいるからなおさら浴衣って……一輝?」
「……え? あぁ、そうなんだ。友達が来るんだ……」
ビクリと一瞬、一輝の表情が強張った。
すぐさま冷静さを取り繕った仮面を被り直すものの、瞳が動揺で揺れている。
隼人はそこで初めて、少しばかり迂闊だったことに気付く。
一輝はモテる。先ほどの店内の様子を見れば疑いようもない。
そして女の子絡みで、中学時代に色々と失敗したということも知っている。
詳しくは知らないが、佐藤愛梨というモデルを務めるほどの子が元カノ、中学の同級生から投げつけられていた裏切者という言葉。
きっと複雑な事情があるのだろう。一輝の懸念ももっともだ。配慮に欠けていた。
一輝にどこか不安そうな目を向けられれば、居た堪れなくなって僅かに目を逸らしてしまう。
「あーその、すまん、一輝。頭数に入れてるって言いながら、女の子関係のことに慎重だっての抜けてた。……悪ぃ」
「っ!? え、あ、女の子……そうだよね、姫子ちゃんの友達って言えば女の子だよね」
「一輝……?」
隼人がそう謝れば、一輝は慌てて気にしないでとばかりに両手を振る。そしてどこか自分に納得させるように呟く。
よくわからないが、機嫌もすっかり直っている。少しばかり狐につままれたような気分になってしまう。
どうやら許してくれそうなのだが、その意外な反応に少し不思議に思って眺めてると、冷静さを取り戻した伊織が作業の手を止め話しかけてきた。
「なぁ隼人、その妹ちゃんの友達ってもしかして例の巫女ちゃん?」
「そうだよ」
「スマホの画像で見たけど可愛かったよな。それで、どんな子なんだ?」
「うーん……」
すぐさま言葉が出てこなかった。
沙紀の姿を思い浮かべてみる。
子供の時からの、
近いようで遠い間柄。
1つ年下の見た目の儚さとは裏腹に、心に芯を持った、どこか頼りになる女の子。
もし彼女が一輝と出会ったとしたら――どうしてか沙紀が一輝に夢中になるような姿は思い浮かべられず、眉間に皺が寄る。
「……どんな子なんだろうな?」
「おいおい」
思わずツッコミを入れる伊織。
今まであまり交流もなかったこともあり、これ、といった印象があまりない。
「まぁでも彼女なら大丈夫。きっと二階堂さんと同じだろうから」
「あーなるほどね」
「……春希と?」
一輝の言うことがよくわからなかった。
しかし伊織もうんうんと同意を示すかのように頷いており、首を捻る。
「ところで隼人くん、看病してもらったお礼はもうしたのかい?」
「いや、まだ。どうしたものかなぁ」
「いつまでもなぁなぁで引き延ばすと、タイミング見失うぞ~?」
「うぐっ」
隼人が息を詰まらせると、一輝と伊織が揶揄うように笑い声を上げた。
そしてひとしきり笑った後、にこにことした一輝が何かに気付いたように言う。
「その子、こっちに来てまだ日が浅いんだよね?」
「まだ半月かそこいらだな」
「それなら、まだ身の回りで色々足りないものがあるんじゃない? そんな普段の生活に役立ちそうなものとか彩を添えるようなものを送ってあげれば?」
「……なるほど」
確かに一理あった。
隼人自身、引っ越して間もない頃にアレがあればというもの思い浮かべられる。
女の子が欲しいと思うものとなると、また難しいものがあるのだが。
それでも何か方向性が見えたような気がした。
「ならシティに浴衣買いに行った時、何か探してみるかな」
「お、浴衣買いに行くならオレも一緒に行っていいか?」
「いいけど、姫子たちもいるぞ?」
「ならいっそ恵麻にも声掛けてみる。皆で行こうぜ、一輝も!」
「わかった、姫子の方には俺から説明しとくよ」
今度は忘れずに一輝も誘えば、にこりと微笑みを返す。
「あ、もしかして僕も浴衣にしたほうがいいのかな?」
「もちろん、というか一輝が浴衣じゃなかったら俺が姫子に怒られる」
「っ、へ、へぇ、姫子ちゃんが」
「全員浴衣がいいって言いだしたからな。それで俺も着る羽目になったし」
「……なるほどね、姫子ちゃんらしいや」
「それでいつ行く?」
「ええっと確か日曜日シティ現地駅前に10時、だったはず」
「オッケー……と、客だ」
そうこう話し込んでいると、来客を告げる鈴の音が鳴った。きゃいきゃいと黄色い女の子たちの声が聞こえてくる。
厨房を一手に引き受けている伊織がいってらっしゃいとばかりに手を振れば、隼人と一輝はもうひと踏ん張りしますかと顔を見合わせ頷き合う。
そして表に顔を出し、セーラー服の女子中学生の集団を見て、顔を強張らせた。
「いらっしゃ――え?」
「来たわよ、おにぃ……って、一輝さんもいる!?」
「姫子?」「ひ、姫子ちゃん!?」
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