178.誘われてないんだけど?
とある街の駅前、そこで行列を作る純和風の店構え、矢羽根袴の制服が特徴的な天保年間創業の和菓子屋、御菓子司しろ。
しかし今日に限っては甚兵衛に前掛けエプロン姿の男性店員たちが、忙しそうに飛び回っていた。
「5番テーブル、くずきり抹茶パフェ3!」
「あいよー、カウンターさんとこのくずきり抹茶パフェ上がってるから持ってってくれ!」
「1番さん、こっちもオーダーくずきり抹茶パフェ2、それと珍しくクリームあんみつ1。……出来れば1番さんとこ、一輝が持ってってくれ。5番は俺が行くから」
「だってよ、一輝」
「ははっ、了解」
少しばかり憮然とした隼人が店内の方へ顔を向けると、一輝の方へと熱い視線を送る学生服の女性客たち。
一輝が彼女たちへニコリと人好きのする笑みを浮かべれば、きゃっ! と黄色い声が上がる。
そんな様子を前に、隼人と伊織は顔を見合わせ苦笑い。
「しかしまぁ、うちは和菓子屋のはずなんだけどなぁ」
「餡子載ってるだろ、くずきり抹茶パフェ」
「でもパフェじゃん!」
「あはは、でも注文は偏ってるおかげで回せてるってのはあるな。一輝様々だ」
「そうなんだよなぁ」
店内を飛び回っている一輝へ視線を移す。
改めて言うまでもないが、一輝は学校でもかなり噂に上るほどのイケメンだ。
スッと鼻筋の通った甘いマスクに、部活で鍛えられたしなやかな体躯。
どこか人好きのする笑顔で愛想を振りまき、さりげなく「くずきり抹茶パフェがお勧めですよ」と囁けば、女性客はこぞって同じものを頼むことになる。
注文が絞られるおかげで、余裕をもって回せていた。こうして、無駄口を叩くことが出来るくらいに。
一輝は、随分とこういう風に注目されることに慣れているようだった。本人もそのことを意識しているのだろう。その姿はまるで天職をこなしているかのように、キラキラと輝いている。
何とも言えないため息が零れた。
ふと、春希はどうだったかと思い返す。
どちらが多くの注文を取れるかだとか、空いた食器を一気に運ぶ時のコツはどうだとか、複数の席を回る時どのコースにすれば効率的かだとか、そんなことを悪戯っぽい顔で話していたことばかり脳裏を過ぎる。
お客にどう見られているかなんてまるで考えず、一緒にゲームのように仕事をこなして楽しんでいる姿だ。
それがなんだか一輝と比べると可笑しくなって、思わず少し噴き出してしまう。
「隼人?」
「っ! あぁいやなんでも……一輝のやつ、すごいなぁって」
「だなぁ。将来うちに就職してもらいたいくらいだ」
「うちに……やっぱり伊織は、将来この店を継ぐのか?」
「ん~、いや、どうだろ? わかんね」
「……え?」
なんとなしに振った話題に、意外な答えが返ってくる。
伊織の実家でもある御菓子司しろは、天保年間創業の6代続く老舗だ。
だから当然、伊織もその後を継ぐものだと思っていた。
隼人が目をぱちくりさせていると、伊織は少し気恥ずかしそうに目を逸らし、ポツリと呟く。
「あーその、オレ、姉ちゃんがいてさ」
「え……あ、姉がいるんだ?」
「そそ。で、その姉ちゃんだけど店を継ぐ気満々でさ、今は大学の夏休みを利用してイタリアへお菓子の研究に行ってるくらいガチ。だから別にオレじゃなくてもってわけ」
「へぇ、それは」
「ま、実家は今のところ有力な選択肢候補の1つってだけだな。そもそも将来のことなんて、まだまだ先のこと過ぎて想像できねーや」
「……それもそうだな」
そしてお互い呆れたような笑いを零していると、一輝がふぅ、と額の汗を拭いながら戻ってきた。
隼人と伊織が楽しそうに話している様子を目にした一輝は、少しばかり拗ねたような顔を作る。
どうやら店内も落ち着いたらしい。
「なんだか楽しそうに笑ってたけど、何の話をしてたんだい?」
「あぁ、伊織に姉がいるって話をしてた」
「えっ、それは初耳だ。何度かバイトに来てたけど、それらしい人は見かけなかったし」
「夏休みを利用してイタリアへ短期研修中、もうすぐ帰ってくると思うけど」
「なるほど、大学って夏休み長いって聞くからね。それにしても何故イタリア?」
「さぁ? ただ出発前にジェラートと餡子は仲良し! ティラミスと最中は無限大! って叫んでた」
「あはは、アグレッシブなお姉さんだ」
「小さい頃、姉ちゃんのそれがオレに向けられててな、たくさん振り回された」
伊織がげんなりした顔でうげぇと声を漏らせば、その当時の姿を想像した隼人と一輝は、あははと声を上げて笑う。
すると肩をすくめていた伊織が、何かに気付いたとばかりに一輝へと話の水を向けた。
「そういう一輝はどうなんだ? キョーダイ誰かいるのか?」
「僕も姉がいるよ。1つ上」
「うちの姫子とは逆だな。どんな人なんだ?」
隼人の質問に一輝は一瞬顔を店内へと振り返らせ、そして「うーん」と唸りながら顎に手を当て、眉を寄せる。
「……マイペースな人、かな?」
「なるほど、一輝みたいな人か」
「え? 僕ってそんなイメージあるの?」
「あるよ。何度一輝に俺のペースが乱されたことか」
「いやいやそれより隼人、一輝の姉ちゃんだぞ!? すんごい美人に決まってる! そっちの方が気にならねぇか、っていうか画像とか持ってないか?」
「っ!? あー、うん、いやその、それよりも、秋祭りの件! 誘われてないんだけど!」
「「あっ!」」
これ以上姉の話は気恥ずかしいのか、一輝は強引に話題を変えた。
そういえばと思い返す。
伊織からは一緒にと話を向けられていたが、一輝には何も話していなかった。
唇を尖らせる一輝に、ガリガリと頭を掻きながら、少々バツの悪い顔で言葉を紡ぐ。
「悪ぃ悪ぃ、誘ったつもりになってた。頭数には入れてたんだが……」
「すまん、オレも一輝はてっきりいるものとばかり……もしかして何か予定があったりしたか?」
「いや、特に予定は……まぁそういうことならいいんだけどね」
2人が申し訳なさそうに理由を説明すれば、一輝はみるみる顔を綻ばしていく。
隼人は内心単純な奴、と苦笑を零す。
「まぁともかく秋祭りだ。行くのはいいんだけど、俺、浴衣持ってないんだよなぁ」
「オレも持ってないなぁ。恵麻が絶対一緒に浴衣で行こうって言っててさ」
「あぁ、伊佐美さんは、あの秋祭りのジンクスを信じて着てきて欲しいって言ってるのかもね」
「「ジンクス?」」
隼人と伊織の声が重なり、一体何のことかと顔を見合わせる。
一輝はそんな2人に肩をすくめ、少し呆れの色を含んだため息を吐いた。
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