175.別々の放課後
放課後が訪れた。
終業を告げるチャイムと共に、一気に学校中が騒めき出す。
春希の教室でも意気揚々と部活へと向かう者、友人同士どこかへ繰り出そうと話す者、そそくさと家に帰ろうとする者、十人十色だ。
手早く教材を鞄に仕舞いつつ隣に目をやれば、隼人が大きな欠伸をしながらぐぐーっと両手を上げて伸びをしている。
ちらりと目をやれば、無防備にされされている脇腹。
するとムクムクと悪戯心が湧いてきた。
「――――っ」
息を潜める。
様子を窺う。
意識を集中する。
チャンスは欠伸が終わるまでのわずかな時間。
人差し指でちょんと突くか、それとも羽のように撫でるか、はたまた抓ってみるか。
どちらにせよこれは、昼休みに揶揄われた仕返しなのだ。
だからそう自分に言い聞かせ、正当化する。
「二階堂さんっ!」
「っ!? は、はい……伊佐美、さん?」
春希が手を伸ばそうとしたその瞬間、横から声を掛けられた。
ビクリと肩を跳ねさせ振り返ってみれば、ゴメンとばかりに手を合わせる伊佐美恵麻。
「悪いんだけど、今日バイト変わってもらっていいかな!? 急遽、部活のミーティングが差し込まれちゃって!」
「そういうことなら、別に構いませんよ」
「わ、ありがとう! この埋め合わせは必ず!」
そう言って伊佐美恵麻は手を振りながら、ぴゅうっと教室を去っていく。
春希がその後ろ姿に苦笑を零していると、隼人と目が合った。
ここ最近はといえば、部活にしろバイトにしろ、足並みをそろえることが多い。
特に新学期になって、沙紀がやって来てからはずっと一緒だ。
さてどうしたものか。
春希が眉をよせていると、続けて廊下の方から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「二階堂さーん、白泉先輩が読んでるよー?」
「やほー、二階堂さん!」
「へ?」
視線を向ければ生徒会の手伝いでよく顔を合わせる2年女子の先輩。つい先日、手伝ってほしいと言われたことを思い出す。
白泉先輩はひらりと手を振ってこちらにやってきたかと思えば、ゴメンとばかりに手を合わせた。
「突然で悪いんだけどさ、こないだ言ってた文化祭のお手伝いの件、今日お願いできる? 各部活巡って書類もらってきて欲しいの、ほら、5月の体育祭と同じように! あ、これね――赤線でピッてしてるところはもう貰ってるから!」
「あ、あのっ――」
「それから生徒会に入るっていう話、前向きに考えてくれると嬉しいな! それじゃ!」
そう言って白泉先輩は1枚のプリントを押し付けると、春希の返事を待たず嵐のように去っていく。
図らずともダブルブッキング。
後に残された春希は、「うぅ」と困った唸り声を上げる。
するとその時、ポンッと手の甲で軽く肩を叩かれた。
隼人がやれやれとばかりに苦笑いを零している。
「ま、仕方がないな、優等生。バイトの方が代わりに俺が行っとくよ」
「隼人……うん、お願い」
「あー、二階堂さんいけないのか、それは困ったな……」
「森くん?」「伊織?」
そこへ続けて困った様子の伊織が、頬を指先で掻きながらやって来た。
「ついさっき家から連絡があってさ、今日他のバイト、全員休みみたいなんだよ。だから隼人と二階堂さんの2人にヘルプ入って欲しかったんだけど……」
伊織は「はぁ」と、どこか諦めたような、覚悟を決めたようなため息を零す。
春希と隼人は顔を見合わせる。
バイト初日、隼人と伊織と3人で回し、ギリギリだったことを思い出す。
さすがに2人だけだと厳しいだろう。
手元のプリントに視線を落とし、逡巡することしばし。
「ボク、先輩に断――」
「なら僕がバイトに行こうか。今日は部活も無いことだしね」
「お?」「一輝」「――海童っ!」
いつの間にか近くに来ていた一輝が、やぁと手を上げながら片目を瞑る。
相変わらず様になっていて、春希は反射的に眉間に皺を寄せた。
「夏休み後半、ヘルプで結構手伝ったし、それなりに戦力になると思うよ?」
「おぅ、一輝ならオレも歓迎だ。女性客の反応もいいしな」
「あはは」
「てわけで春希、こっちはどうにかなりそうだ」
「……そっか」
話が纏まり、隼人が任せとけと笑みを向けた。
目の前では春希以外の3人がバイトの話をしている。
なんだか仲間外れにされたような気がして、胸がじくりと痛む。
くしゃりと手に持つプリントに皺が出来る。
すると顔を歪めた隼人が、まるで諭すような声色で言う。
「その
「そう、だけど……」
擬態。
良い子であること。
母親から唯一望まれたこと。
今はもう、とっくにあまり意味が無いともわかっていること。
それでも隼人の言う通り、その仮面を被っていると何かと便利であるのも確かだった。
特に白泉先輩に頼まれたこの類の手伝いは、内申点という数字で可視化されるから、なおさら。
春希は目を伏せ、視線が手元のプリントと隼人の足元の間を彷徨う。
するとあやされるかのように、くしゃりと頭をひと撫でされた。
「んな顔するなよ。夕飯、好きなの作ってやるからさ」
「――ぁ」
すぐさま離れた手のひらに名残惜しさを感じ、もっととねだるような声が漏れた。
顔を上げれば弱った表情で笑う隼人。
その瞳は、本意ではないと言いたげな色を宿していた。
目を見開く。
だから胸に渦巻く感情を理性で無理矢理抑え込み、笑顔を作る。
「ラタトゥイユのパスタ、作ってよ。一番最初に、隼人ん
「あぁ、わかった」
春希は一息で言い切り、そんな
そして振り返ることなく、教室を早足で飛び出して行った。
※※※※※※
カクヨムコン、読者選考中ですね。
私も短編を1つ、投げています。
よろしければ読んで★★★入れて応援してくださいな。
(*- -)(*_ _)ペコリ
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