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174.見てろよーっ!
資材置き場代わりになっている旧校舎、そこにある空き教室の1つ。
昼休みの喧騒を逃れる避難場所、春希と隼人の秘密基地。
ほんのり秋へと色付き始めた部屋の窓からは、うろこ雲が空の高いところをさらさらと砂のように流れている。
「……ベーコンエッグだ」
「おにぎりなのに?」
「おにぎりなのに。玉子がトロッとふわっとしてて後からベーコンの香ばしい感じが追ってきて、意外とごはんと合う。うん、これはあたりだ」
春希は何とも言えない、驚き交じりの声を上げた。
「春希、新商品が出たら明らかに地雷だと分かっていても突撃するよな」
「こないだのもちもちお餅入り力おにぎりパワーと練乳いちごみるくはひどかった……」
「俺は止めたぞ」
「だって今すぐ食べないと、すぐに発売中止になるのが目に見えてたもん!」
「アホか」
呆れたため息を吐きながら、残念な生き物を見る目をする隼人。
バカみたいなことを言っている自覚のある春希は、てへりとピンクの舌先を見せた。
そしてお互い苦笑を零した後、昼食が再開される。
直前の授業が体育だったせいか、手が進むのが早い。
春希はあっという間にベーコンエッグと定番の鮭のおにぎりをぺろりと平らげたものの、まだまだ小腹が空いている。
すると視線は自然と隼人の弁当箱へと向かう。
いつもより少しだけ大きなライスボールに、ゆでたブロッコリーとカットトマト。
隼人も体育明けなので、みるみる数を減らしていく。
「――ぁ」
「うん?」
思わず制止するかのような声を上げてしまった。
その声色に物欲しそうな色が滲んでいた自覚もあり、慌てて言い訳を紡ぐ。
「あーいやそれさ、夕飯で出たことないぁって思って」
「ん~、なんとなくお昼用ってイメージがあるんだよな。ほら、チャーハンとか蕎麦とかさ。それにこれ、お米の残りを処理しているってところもあるから」
「そういや昨夜はビーフシチューだっけ。皆、ごはんはあまり食べなかったね」
「ちなみにこれ、シチューの残りも入ってるぞ」
「え、うそっ!?」
そう言って隼人は、お箸で半分に割ってみせた。
ビーフシチューが色付いたごはんの真ん中から、ベビーチーズがとろりと顔を覗かせている。濃いめのごはんと相性が良さそうだ。
汗を掻いた後だから、なおさら美味しそうに見える。思わずごくりと喉が鳴る。
「春希、よだれ」
「はっ!?」
すかさず口元を拭う春希。だけどそこには何もない。
隣でくつくつと笑いをこらえる幼馴染をねめつける。
すると隼人は悪かったとばかりに苦笑を零し、弁当箱の蓋にライスボールを1つ乗せて差し出してきた。
「嘘だよ、ほれ」
「隼人ーっ! ったく、誤魔化されないんだからね……むぐ、美味しいから悔しいし」
「ははっ、それはよかった」
ライスボールを頬張りながら文句を零す。
隼人はそんな春希を見て目を細める。
少しばかり子ども扱いされたと感じた春希は、ぷいっとばかりにそっぽを向く。
窓から差し込む初秋の日差しが、少し長くなった影を作る。
そよそよと吹く風がグラウンドで遊ぶ生徒たちの声を運ぶ。
いつしか昼食を食べ終え、壁に背中を預ける。
それぞれお尻を預ける先は、紺一色と白地に猫がプリントされたクッションカバー。
2人きりだった。
特に会話もない。
流れているのは幼い頃からと変わらない、穏やかな空気。
それがなんだか、久しぶりのような気がした。
思えばここのところ、なんだかんだとお昼は他に誰かがいることが多い。
みなもに一輝、伊織に伊佐美恵麻。新しく出来た友人たち。
彼らだけでなく、他にもよく話すクラスメイトも増えた。
今までは想像もしなかった、隼人が転校してきてからの、学校での変化。
そして隼人の家では――とまで考えた時、不意に思考を1人の女の子で塗りつぶされる。
「――沙紀ちゃん」
「うん?」
思わずその名前が口から飛び出してしまう。
目をぱちくりとさせる。意図して零したものではない。
隼人がどうしたことかと顔を向けてくる。
頭がぐるぐるする。
胸はもやもや。
だからそれらを誤魔化すように頭を振って、無理矢理に言葉を繋いだ。
「沙紀ちゃん、浴衣どうするのか決めたみたいでさ。ボク、まだ全然で。今まで着たことなかったから、どういう風なのを選べばいいか迷ってるんだよね」
「あー、俺もだ。そもそもどういうのがあるのかわからん」
「ね、ボクにはどういうのが似合うと思う?」
ふと、そんなことを聞いてみた。
ぱちぱちと数回まばたきをした隼人が、ジッと確認するかのように見つめてくる。それが少し、くすぐったい。
「わからん。自分が好きなのを適当に選べばいいんじゃないか? 俺もそうするつもりだし」
「そっか」
返ってきたのは、そんな予想通りの言葉。
まったくもって隼人らしい。
何とも言えない苦笑が零れる。
その時、キーンコーンと予鈴が鳴った。
少しばかり残念さの混じった声色で「よっ」という掛け声と共に立ち上がる。
そしてふいに、扉を開けようとした隼人が立ち止まった。
「春希はその、きっとどんなものでも似合うと思う」
「……へ?」
思わず間抜けな声が漏れた。
隼人の背中を眺めながら、頭が真っ白になる。
「楽しみにしてるよ」
一呼吸の後、悪戯っぽいとも挑発的ともいえる声色でそんな言葉を投げかけられれば、一瞬にして頬が熱を帯びていく。
隼人の表情はこちらからは見えない。逃げ去る様に教室へとむかっている。
ドキリと胸が騒がしい。
「もぉーっ! 見てろよーっ!」
春希は子供のように、そんな大声を上げた。
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