171.楽しみだな?


「秋祭り、皆で一緒に行こうぜ!」


 教室に着くなり、やけにテンションの高い伊織が出迎えた。

 いきなりのことで目をぱちくりさせるも、いつもの伊織といえばいつもの伊織だったので、隼人と春希は顔を見合わせ苦笑い。「あー、はいはい」とあしらいつつ自分の席に鞄を置く。

 もちろん、その提案に否やはない。

 そもそもつい今朝方、皆で秋祭りに行こうという話があったばかりだ。

 さてどう答えたものか――そう思いながら伊織を見てみれば、わくわくというよりかはそわそわとしている様子。

 先日のプールの時の姿が蘇る。

 だから少しばかり、ムクリと悪戯心が湧いてきた。


「なるほど、今度は伊佐美さんの浴衣姿が見たいのか」

「バッ!? いや、それはその、なんていうか、えぇっと……」

「そういや浴衣なら、バイトで近い姿を見てるんじゃないのか?」

「し、仕事とプライベートとは別というか」

「お祭りデートに浴衣でオシャレしてきたカノジョ・・・・を見たい、と」

「わ、悪いかよっ!」

「あははっ、べっつにぃ~?」


 弄られた伊織が、顔を真っ赤にしつつも肯定した。

 伊織と伊佐美恵麻は幼馴染で恋人だ。

 しかしその関係は未だ距離感を測りかねているところがあるのか、初々しくもぎこちない。

 どうやら今回も同じ理由で声をかけてきたらしい。

 呆れつつも微笑ましく口元が綻ぶ。


 ふと、少し離れたところにいる伊佐美恵麻と目が合った。

 ちょっぴり申し訳なさそうな顔で、ひらひらと手を振っている。

 どうやら彼女の方も、伊織と同じ心積もりらしい。

 するとその時、隼人と伊織のやり取りを見ていた春希が一瞬にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべ、そして猫を被り直して伊佐美恵麻の下へと近付いていった。


「愛されてますね、伊佐美さん。やはり森くん好みの浴衣にするんですか?」

「に、二階堂さん!?」

「それともお揃いの柄? どんなのを選ぶのか気になりますね。伊佐美さん、バイトだと阿吽の呼吸というか、森くんとまるで夫婦みたいなやり取りをしているから……ね、隼人くん?」

「あぁ、いつも「あれ」とか「それ」だけで、何も言わなくても目だけで通じ合ったり、他にもさりげなく運ぶものの置き場所とかに気を遣う2人が――」

「おい、隼人まで!?」

「ちょっとその話、詳しく!」

「待って待ってちょっと待って、もしかして恵麻ちゃんと森くんって付き合ってんの!?」

「それ今更!? いや確かに教室でいちゃいちゃしてるところ見たことないけどさ!」

「既に熟年夫婦!? ってそういや幼馴染なんだっけ!」

「きゃーっ! ね、ね、お互いいつごろから意識し出したの!?」

「えっ、えっ、えっ!?」「み゛ゃっ!?」「おっと!」


 そして色恋沙汰の匂いが嗅ぎつけた女子たちがやってきて、あっという間に春希と伊佐美恵麻を取り囲む。好奇心と恋バナに火が付いた彼女たちの勢いは凄かった。

 飛び火されてはたまらないとばかりに、素早くその場を離れた伊織を見倣い、隼人もサッと距離を取る。


 質問攻めに会い、あわあわとしている伊佐美恵麻。

 いつも教室で見掛ける、ぐいぐいと皆を引っ張るリーダーシップを発揮する姿とのギャップも相まって、それが余計に彼女たちの熾烈さを増す要因になっているのだろう。

 ちなみに春希は逃げ遅れ、巻き込まれる形で時折「み゛ゃっ!?」と相槌の鳴き声を上げている。

 その様子を見た隼人と伊織は顔を見合わせ苦笑い。

 しかし伊織はやけに優し気に目を細め、伊佐美恵麻を見つめている。


 その横顔に何かが引っ掛かった。

 だがそれが何かはわからない。

 隼人は少しばかり眉を寄せながら話しかける。


「なぁ、いいのか?」

「何が? 恵麻のこと?」

「それと祭りのこと。俺たちが一緒に行ってさ、そのなんていうか、こういうイベントは2人っきりで行った方がいいというか」

「……まぁ、確かにそうかもしれないな」


 隼人は「なら――」と零れそうになったものを、咄嗟に呑み込む。

 伊織の声色と表情は妙に苦々しい色をしており、そこへ踏み込むことへの躊躇いを生む。

 それでも何か言おうとして胸の奥から様々な言葉が湧き上がってくるも、どれも適切なものはなく、口の中で転がし呑み下した。


「そっか」


 かろうじてそんなセリフを捻りだし、視線を春希たちの方へと戻す。

 皆に囲まれた恵麻は顔を林檎のように染め上げ、それでも楽しそうにはにかんでいる。

 見ていて口元が綻ぶような姿だった。伊織も同じような瞳を向けている。


「まぁ2人きりもいいけどさ、皆が、友達がいるからこそっていう状況もいいよな」

「……そう、だな。俺も今まで同世代が居なかっただけに、よくわかるよ」


 隼人がおどけてみせれば、伊織も「ははっ」と歯を見せて笑う。

 そしてひとしきり笑った後、ふいに伊織は真剣な顔を作り視線を落とし、たははとばかりに頭に手をやりながら少し遠慮がちに口を開く。


「悪ぃ、気を遣わせちまった」

「別に。なんのことだか」

「恵麻さ、中3の頃に友達いなくなって孤立していたんだ。だから皆と、友達と一緒だって俺もホッとするっていうか……はは、自己満足かもしれないけどな」

「……伊織?」


 そして伊織から零れ落ちた言葉に思考が一瞬、固まってしまう。

 にわかに信じられないことだった。

 今も女子たちに囲まれている彼女を見れば、孤立してたという姿を想像できない。

 きっと伊織と伊佐美恵麻が付き合う前に、何かがあったのだろう。

 そんな、様々な意味を含んだものでもあった。


 隼人が視線を彷徨わせていると、スッと目を細めた伊織が問いかけてくる。


「隼人こそどうなんだよ?」

「どうって……」

「色々だよ、色々。二階堂のこともそうだし、巫女ちゃんのこともだし……あ、巫女ちゃんや妹ちゃん、誘えばお祭りに来てくれそう?」

「あーいやそれだけど、今朝一緒に皆で秋祭りに行こうって話をしていた」

「お? てことはオレらがそれに乗っかる形になっても大丈夫な感じ?」

「問題は無いと思う。まぁ一応、確認するけど」

「オッケー。楽しみだなぁ、お祭り」

「……そう、だな」


 今度は一転、伊織が意地の悪そうな表情を作る。


「でさ」

「うん?」

「巫女ちゃんに看病してもらったお礼ってしたの?」

「まだだよっ!」

「痛っ!?」


 そして揶揄いの追撃を駆けてきた伊織に、隼人は脇腹を抓って抗議するのだった。

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