170.部活と将来
校門を潜れば、グラウンドの方から運動部の朝練のかけ声が聞こえてきた。
進学校ということもあり、特に部活に力を入れているわけではない。
それでも皆が一丸となって好きなものに打ち込む姿はキラキラと輝いている。
「二階堂さん、おっはよーっ! ちょっといいかなー?」
「っ! おはようございます、先輩。えっとなんでしょう?」
その時背後から、勢いよくやって来た女子生徒に元気な声を掛けられた。
反射的に春希の纏う空気が凛としたものに、学校で擬態している優等生モードのそれに変わる。
振り向けば、そこには何度か春希に用事を持ってきたことのある2年女子の先輩。
何か用事があるのだろう。
隼人はそっと1歩距離を空けた。
「気が早いと思うかもだけどさ、再来月の文化祭に向けてちょこちょこ手伝ってほしいことがあるんだ」
「はい、いいですよ。でも私――」
「わ、ありがとーっ! 今度生徒会室で待ってるから!」
「――ぁ」
そう言って先輩は、何かを言おうとした春希を置いて駆け足で去っていく。
慌ただしい人だった。残された2人、顔を見合わせ苦笑い。
「ボク、部活入ったって言おうと思ったんだけどなぁ」
「まぁしょうがない。俺たちも花壇の方に行くか」
「そうだね」
校舎裏手にある園芸部の花壇を目指す。
人気は無く、陽当たり良好。
そこではくりくりの癖っ毛をハーフアップに纏めた髪が、ぴょこぴょこと忙しなく揺れていた。
こちらにやってきた隼人と春希に気付いたみなもは、作業の手を止め顔を上げる。
「隼人さん、春希さん!」
「おはよー、みなもちゃん。今日もその髪型なんだ?」
「はい、少しまだ気恥ずかしいというか、クラスで揶揄われることもありますが……変じゃないでしょうか?」
「うぅん、全然! 前よりも似合ってるよね、隼人?」
「あぁ、以前も言ったけど、すっきりして綺麗な感じで品があるよ」
「あぅぅ~」
2人に褒められたみなもは頭から湯気を出しつつ俯き、そして人差し指で髪をひと房くるくるしてはにかむ。
新学期になってからみなもは、髪型を隼人の母真由美によく弄られていたものへと変えてきていた。
まだ慣れていないのか少し気恥ずかしそうにしている様子は可愛らしく、思わずドキリとしてしまった隼人が慌てて目を逸らせば、どこか面白そうな顔をした春希と目が合い、誤魔化すようにガリガリと頭を掻き話題を変える。
「っと、こないだ植えたジャガイモの芽掻きしてたのか。手伝うよ、みなもさん」
「あ、ボクも!」
「ありがとうございます!」
畝からは等間隔に、いくつかまとまって芽がにょきにょきと顔を出していた。
それらのうち太く大きいものを1つか2つ残し、引き抜いていく。
片手で株の根元の地面を押さえ、根こそぎ間引くのがちょっとしたコツだ。
そのことを教え、手分けして芽掻きをしていれば、ふと春希が「あ、そうだ!」と何かに気付いたとばかりに声を上げた。
「みなもちゃん、皆と一緒に秋祭り一緒に行かない?」
「秋祭り……隣町の大きな神社のですか?」
「そうそう、それ! 皆で浴衣着て、屋台巡って、花火見るの!」
「わぁ、それは素敵ですね! だけど難しいかも……おじいちゃんの退院の関係でちょっと慌ただしくなりそうで……すいません」
「そんなこと! お祖父ちゃんの退院、よかったね、みなもちゃん!」
「はい!」
そんな話をしているうちに、手分けしていた芽掻きが終わる。
ふぅ、と手の甲で額の汗を拭えば神妙な顔をしている春希が目に入った。
「どうした?」
「いやさ、引き抜いた芽がちょっともったいない、可哀そうだなぁって」
「あはは、確かに。栄養を行き渡らせるため仕方ないのはわかるんですけど……」
「なら、別のところに植えてみるか? 本元ほどじゃないけど、十分に育つぞ」
「「えっ!?」」
驚きの声を重ねる春希とみなも。
そして早速とばかり移植ごて片手に空いている場所へと向かっていく。
隼人は苦笑しつつ、作付けの際に使う肥料を取りに行くのだった。
◇
移植ごてで穴を掘り、そこに肥料を敷いて土をかぶせ、選別した芽を植えていく。
3人で手分けをすれば、ほどなくして作業も終わる。
「これでよし、と。はい、おしまい」
「本当にこれ、育つんでしょうか?」
「ん~、今日の放課後とかは、一様に干からびたみたいになってると思う。それでも案外根付くぞ。たくましいからな、こいつら。まぁ種芋ある奴よりかは小ぶりになるが」
「そうなんだ。詳しいね、隼人」
「昔、勿体ないと思って試してみたことがあってな」
「へぇ……隼人さん、やっぱり将来は農業関係の道に進むんですか?」
ふいにみなもがそんなことを聞いてきた。
一瞬、ビクリと頬が引き攣るのを感じる。
先日、春希に月野瀬に戻るのかと問われたことを思い出す。
「えーと、それは考えたこともなかった。うちは別に農家ってわけじゃないし、ただ、そういうのに触れる機会が多かったってだけで……」
「そうなんですか? あ、肥料とかの片付け、私がしておきますね」
みなもはちらりと隼人と春希の鞄に視線をやり、道具を集め出す。
なんてことはない、ちょっとした世間話の延長として振った言葉だったのだろう。そこで話はおしまいとばかりに、早々に去っていく。
「んじゃ、ボクたちも行こっか」
「あぁ」
鞄を掴み、連れ立って校舎裏手から正門へと向かう。
その道すがら見えるのは、朝練が終わって校舎や部室棟へと吸い込まれていくジャージ姿たち。
野球、サッカー、陸上、テニス。
体育館からはバスケに卓球、バドミントン。
皆、様々な部活に青春を捧げている。
そんな彼らの中に、ふと一輝の姿が見えた。
同じサッカー部員たちと談笑しながら部室に向かっている。
その表情は爽快さを含む喜びに彩られていた。
きっとそれだけ、サッカー自体が好きなのだろう。
――一輝は将来、サッカー選手になるつもりなのだろうか?
ふとそんなことを考え、すぐさま否定するかのように頭を振った。
この高校は進学校であり、スポーツ強豪校ではない。
サッカー部だって、インターハイの地区予選2回戦で健闘すればいいところと聞く。
一輝が上手いといっても、それは所詮平均的な高校生と比べて上という程度。
プロで通用するレベルじゃない。本人だってわかっているだろう。
そう、隼人の農業知識と同じように。
きっと将来は他の多くの生徒と同じように進学し、どこかに就職するはず。
大体、そんな先のことなんてまだ深く考えてもいないだろう。
そもそも将来の自分がどうなっているか想像できない。
人は変わってしまうということを知ってしまったから、なおさら。
ちらりと隣を歩く春希に目を移す。
かつて並べた肩の位置には頭があり旋毛が見え、そこから長くサラサラの黒髪が伸びている。
身を包む女子の制服からはスラリとした手足。すべすべの素肌も艶めかしい。
変わってしまったのは見た目だけではない。
月野瀬で春希が唄った時のことを思い出す。
皆が言葉もなく、春希が作り出す世界に呑み込まれ魅入られていた。
唄が上手いことや振付が出来ることは、カラオケで知っていた。
しかしあれは最早、身内で盛り上がるとかそういう次元のレベルではない。
春希の
それこそ、プロの世界でも通用するほどの。
――田倉真央。
今を代表する大女優の1人。
その、私生児。
あぁ、なるほどと納得する自分がいる。
春希は一体、将来は何になるのだろうか?
そのことを考えると、ふいに背筋に氷柱を差し込まれたかのように、ゾクリと身震いをしてしまった。
足が止まる。
すぐ傍にいるはずの春希が、やけに遠くに感じる。
何かを確かめようと、ビクリと手が動き――
「隼人、どうしたの?」
少し前を行く春希が、きょとんとした顔で振り返った。
驚くも一瞬、伸ばしかけた手でがりがりと何かを誤魔化すように頭を掻く。
「っ! あぁいやその、一輝が見えるなって」
「……海童?」
春希の声が、あからさまに不機嫌ですといったものに変わる。唇を尖らせる。
ドキリとした隼人は、慌てて言葉を紡ぐ。
「なんていうかさ、運動部だったら春希と一緒の部活は出来なかったなぁって思って」
「あー、確かに」
「だろ?」
グラウンドに目をやれば、男女別のグループで移動するジャージ姿たち。
高校生ともなれば男子と女子で体格が明らかに違い、分かれるのも当然だ。
春希は何とも言えない表情で自分の姿と隼人の姿を見回し、そして「そうだね」と曖昧に笑った。
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