169.それでも変わらないもの


 空は突き抜けるような青。

 遠目にはいくつかの天に向かって背伸びをしているビルたち。

 月野瀬とは違い周囲を遮る山が無い都会は、田舎と違って随分と世界が広く見える。


 通学路にある街路樹の葉は、ほんのりと色付き始めていた。

 今朝の空気は、いつもより少しだけ涼しく感じる。

 秋祭りが終わる頃になればきっと、制服も夏服から徐々に秋の装いへと衣替えをしていくことになるだろう。


 しかし今はそれでもまだ、歩いていればうっすらと汗ばむほどに暑い。


「そういや沙紀ちゃんの部屋って殺風景というか、まだまだモノが少ないよね?」

「取るものも取り敢えずの引っ越しだったから……間取りも結構広いし、物寂しい感じがするね~」

「あたしも半月くらいは荷物とかちゃんとしてなかったなぁ」


 そんな会話を繰り広げる春希と沙紀、そして姫子。

 隼人は彼女たちの少し後ろを歩いていた。

 沙紀が引っ越してきておよそ2週間。

 こうして一緒に通学するのも慣れつつある。

 ちなみに沙紀の部屋は霧島宅からほど近い1SLDKの単身者用マンション。

 隼人がそこを見たのは、引っ越し当日、搬入の労働力として足を運んだ時のみ。

 どうやら春希は、沙紀の部屋へちょくちょく遊びに行っているらしい。それを聞いて少しだけ、胸がモヤッとする。

 女子中学生の1人暮らしとしてはかなり広いが、母なり祖母が定期的に足を運んで泊まり込むためだとか。沙紀が「私よりも都会観光にウキウキしている」と愚痴っていたのを思い出す。

 そんなことを考えている間にも、きゃいきゃいと会話に黄色い花が咲いている。


「あ、そうだ。今度浴衣見に行くついでに色々買い揃えようよ。百均でも大きなところだと、色々揃うよー」

「百均!? 百均あるの!? わぁ、さすが都会だ……」

「沙紀ちゃんその反応、おにぃみたいな田舎者まるだしだよ……」

「あはは、確か隼人も似たような反応してたかも」

「ふぇ!?」


 百均でのカップの種類がどうだとか、家具とリメイクシートがどうだとか、コスメと小物がどうだとか。

 さっきから隼人の入りづらい話題ばかりで、少しばかりの疎外感を感じてしまう。

 人懐っこそうな顔で笑う春希に、くすくすと嫋やかに微笑む沙紀。そしてわぁわぁと騒がしくしている姫子。

 きっと、どこにでもあるよな、女の子同士のグループ。

 隼人の眉間に皺が寄る。色々と思うことはある。

 月野瀬で春希の過去のことを聞いたこともあり、余計に。


 ちらりと春希の横顔を見れば、いつもと同じどこか悪戯っぽい笑みを沙紀へと向けている。ズキリと胸が痛む。

 それは独占欲にも似た子供じみた感情であり、その自覚のあった隼人は、胸の中のもやもやを吐き出すようにため息を1つ。そしてがりがりと頭を掻いた。


「――聞いてた、隼人?」

「っ!? え、えーと……?」

「もぉ、おにぃったら! 日曜日10時、シティ行くから駅前で待ち合わせ!」

「私、こっちに来てから本格的なお出かけって初めてです!」


 するとその時、ふいに春希が怪訝な表情で下から顔を覗き込んできた。

 思わずびっくりして仰け反る隼人。

 腰に手を当てぷりぷりとした姫子とそわそわしている沙紀を見れば、苦笑しつつ反射的に「あぁ、分かった」と呟く。


 そして、それぞれの分かれ道に差し掛かる。


「じゃ、おにぃ、あたしたちこっちだから」

「また夕飯の時にお邪魔しますね」

「それじゃあね、ひめちゃん、沙紀ちゃん」

「おう、行ってら」


 姫子と沙紀と別れ春希と2人、高校までの通学路を歩く。

 時折ゴミを出す人とすれ違い、バサリという羽音が聞こえてくる。

 集積所近くの電線にカラスが止まり、鳥避けネットをどう攻略しようか思案中だ。

 それ以外は静かなもので、周囲に登校している生徒も少なく、響くのはアスファルトを叩く音のみ。

 騒がしかった先ほどまでとは打って変わって会話はなく、どこか釈然としない。


「――春希」

「うん? 何?」


 そんな思いがつい形となって口から飛び出す。

 しかしこちらに振り返った春希の顔は、やけに上機嫌だった。

 その目はまるで『え、なになにどうしたの? 何か遊びの相談?』と言いたげな期待に彩られている。

 すると何だか色々とどうでもよくなり、自然と口元が緩んだ。


「秋祭り、楽しみだな」


 だから自然とそんな言葉が零れ落ちた。

 するとみるみるうちに春希の瞳が輝きだしていく。


「うん! ボクさ、食べ物の屋台もいいんだけど、射的とか金魚すくい、型抜きとかそっちの方が気になってるんだよねーっ!」

「お、なら勝負するか? 負けたらたこ焼きとかわたがしとか、何か奢るってのでどうだ?」

「言ったね? 虫捕りや魚釣りでボクに勝てたことないの、忘れたわけじゃないよね?」

「そうだな、靴飛ばしや輪ゴム鉄砲のノーコンっぷりとかよく覚えてるぞ」

「む、昔の話だし!」

「なら祭りで白黒つけようか」

「じょーとーっ!」


 お互い子供のように気炎を上げてにらみ合う。

 視線が交差することしばし。


「……ぷっ」「……あはっ!」


 どちらからともなく笑いだす。

 すっかりいつもの空気に変わっている。不思議なモノだ。

 そして祭りの話題に声を弾ませながら、学校へと向かうのだった。

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