168.移り行く季節
「……」
「「「「……」」」」
沈黙が流れる。
お互い何を話していいのかわからない。
現在時刻は7時過ぎ。
いくら昔から仲の良い幼馴染とはいえ、お泊りをしたわけでもないのに早朝から一緒に食卓を囲む光景は、和義の目にも奇異に映ることだろう。
何より、彼の座る席が埋まっている。
「あ、あのここ……っ!」
「っ! あ、あぁそのままでいいよ、沙紀ちゃん」
そのことに気付いた沙紀が慌てて席を立とうとすれば、和義はそれを制止する。
そしてキッチンに向かいポットのお湯でコーヒーを淹れて、リビングのソファに腰かけた。
どこかまごつく空気の中、隼人がコホンと咳払い。
「その、今朝は珍しいな、親父」
「あ、あぁ、今日は早くから病院の方で色々あるからね」
「っ!」
病院。
その言葉で姫子の肩がビクリと小さく跳ねる。表情も硬い。
隼人はそんな妹の変化を視界の端で捉えつつ、言葉を選ぶ。
「その、いつ、戻ってくるんだ?」
「もうほとんど良くて、本人もなるべく早くって言っているけど……2回目だし、こっちとしてはちょっと慎重になってる感じかな」
「……そうか」
今日はそのへんについて医者とも話し合うのだろうか? どうやら経過は順調らしい。
和義だけでなく、それまで固唾を飲んで見守っていた春希と沙紀もホッと息を吐き、顔を綻ばせる。空気が緩む。
しかし、姫子だけがどこか浮かない様子だった。
それを見た隼人は少しばかり眉を寄せる。
掛ける言葉は見つからない。
するとその時、沙紀がぽんっと手を合わせながら、努めて明るい声を上げた。
「秋祭り! そういえば学校で耳に挟んだんですけど、この辺で大きな秋祭りがあるそうですね!」
沙紀に注目が集まる。
視線が合えば、にっこりと微笑まれた。明らかに姫子を慮ってのものだ。
「あ、うん。ここから電車で2駅ほど離れたところに大きな神社があって、毎年この時期にやってるね。屋台とかいっぱい出てて、花火も打ちあがるみたい」
「わ、わ、屋台って漫画とかでよく見かける、お好み焼きとかリンゴ飴とかベビーカステラとかのあれですか!?」
「そうそう、そんな感じ。すっごいらしいよー」
「って春希、さっきからみたいとからしいとかって、行ったことないのか?」
「……ふふっ」
「あ、ごめん」
「ちょっと、そこで謝られると傷付くんだけど!」
「あはは、お兄さん……」
自然な形で話題が秋祭りへと流れていく。
和気藹々とした空気に変わり、そこへ姫子も「あ!」と明るい声を上げ、するりと輪の中に入ってきた。
「やっぱりそういうお祭りって、浴衣を着てかなきゃだよね!」
「うんうん、せっかくの機会だもんね。月野瀬の祭りだと浴衣なんて着る機会なんてなかったし! 巫女服は着させてもらったけど!」
「え、はるちゃんってばいつの間に!?」
「その時の写真も撮ってますよ~、今度姫ちゃんのところに送るね。そういや私、浴衣なんて着たことないなぁ」
「そうなのか? 沙紀さんいつも巫女服だし、すごく和風なイメージあったんだけど」
「あはは、向こうでは着る機会が……」
「それでそれではるちゃん、秋祭りっていつあるの!?」
「えーっと、今月の23日。毎年秋分の日にやってるよ」
「来週じゃん! ね、ね、じゃあさ、今度の週末は浴衣見に行こうよ!」
「ボク、土曜日はバイトだから日曜日がいいな」
「バイトといえばお土産でもらった和菓子、とっても美味しかったです!」
「あたしも久々にあそこのくずきり抹茶パフェ食べたい!」
女3人寄れば姦しい、とはよく言ったもの。
今度は浴衣からバイト先の衣装へと話が移り、どんどん盛り上がっていく。
さすがに話に付いていけない隼人は、少しばかり肩身を狭くしつつため息を吐いた。
しかしながら、少しばかり不思議に思う。
再会する前、春希は昔男子と思って一緒に遊んだ幼馴染だったし、沙紀は
そんな2人と一緒に今、都会で朝食を囲んでいる。
3か月と少し前。
夏の始まりの頃には思いもよらなかった光景だ。
今も姫子が「はるちゃん、ちょっと前まで壊滅的な服のセンスだったんだよ」と揶揄い、それに沙紀が「超絶ダサい春希さんの姿見てみたいです」と乗っかって「み゛ゃっ!?」と鳴き声を上げている。
その様子を見ていれば自然と口元が緩む。
和義も目尻を下げていた。すると隼人の視線に気付き、ふいに「お!」と、何かを思い出したとばかりに膝を叩き、にこにこと声をかけてきた。
「そういえば隼人は浴衣を持ってなかったね。ああいうところは皆で浴衣で行った方がいい」
「……親父?」
返事の声は、訝し気なものになってしまった。
姫子や春希、沙紀が浴衣について騒ぐのはわかる。
彼女たちの姿を思い浮かべるだけで心が浮き立つ。
翻って自分の浴衣姿を想像してみるものの、眉間に皺が刻まれるのみ。
いまひとつ意図がわからない。
するとその時、隣の春希も「あ!」と声を上げた。
「それいい! 皆で浴衣、うん、いい!」
「おにぃも揃って浴衣……わ、いいかも!」
「お、お兄さんと浴衣でお祭り……」
どうやら他の皆は、父の案に乗り気の様だった。
隼人が小首を傾げていると、和義は笑みを浮かべ諭すように言葉を紡ぐ。
「思い出になるよ」
「思い出?」
「皆でわいわいと浴衣を着てお祭りに行くなんて、今じゃないとできないことだから」
「……そういうもんか?」
思い出とか、今しかできないだとか言われても、いまひとつピンとこない。
そんな息子の顔を見た和義は、ふむと頷き思案顔。そして手を顎に当てながら、どこか懐かしむ声色でとつとつと話し出した。
「あれはまだ高校生の頃だったかな? 当時腐れ縁だった母さんがお祭りだから浴衣を着たいって言いだしてね。だけど月野瀬の祭りといったらあれだから、そりゃあすごく浮いてた。なんだったら本人も涙目だった。けど母さんはバカみたいに笑って楽しそうで、だから僕たちも釣られるように家に戻って浴衣を――」
「ちょ、ちょっと待って親父、それって!」
「きゃーっ! お父さん、ちょっとそれ詳しく!」
「わ、わ、もしかしておじさんとおばさんの馴れ初め!?」
「あ! 昔浴衣ばかりで山車を牽くことがあったって聞いたことあります!」
なんてことはない、和義の惚気話だった。
姫子の歓声を皮切りに、きゃいきゃいと皆が騒ぎ出す。
両親のこうした話が妙に気恥ずかしい隼人と違い、姫子を始め女子陣は興味津々の様だった。和義も調子に乗って話していく。
顔を真っ赤にした隼人は、慌てて残りの朝食を掻き込み席を立つ。
そして春希の「あ、待ってってばーっ!」という声を背にして部屋に戻り鞄を掴む。
玄関先でゆっくりと靴を履いていたら、やがてドタバタと3つの足音がやってきた。
「もー、おにぃってば!」
「……んぐ、けほっ。隼人が急かすから咽ちゃったし!」
「あの、洗い物は……」
「はいはい。あ、洗い物は学校から帰ったらやっとくよ」
彼女たちは一様に、遊んでる途中の玩具を取り上げられたかのような不満顔。
隼人はガリガリと頭を掻いてドアを開ける。
すると一瞬目の前が真っ白になるほどの、まだまだ熱を帯びた陽射しを浴びせられた。
思わずおでこに
スマホを見ればいつもと同じ家を出る時間。
しかし引っ越してきた時とは、少し違う位置で太陽が輝いていた。
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