166.エピローグ、もしくはプロローグ


 9月になった。

 暦の上ではとっくに秋になっているものの、まだまだうだるような暑さが残っている。


 とはいうものの今日から新学期。

 久しぶりに学校生活が再開されることもあって、通学路を歩く隼人の足取りは軽い。

 教室へと足を踏み入れれば、同世代がひしめく騒がしいこの場所に少しばかりの懐かしさを覚えてしまい、思わず苦笑を零す。


 この夏休みは色々なことがあった。

 周囲を軽く見渡してみればそれは他のクラスメイトも同じの様で、真っ黒に日焼けしていたり、以前とは全然違う体型や髪型になっていたり、急に距離を縮めた男女なんかが目に入る。


 きっと彼らにもそれぞれの物語があったのだろう。

 こういう目に見える変化は、月野瀬ではまずお目に掛かれなかったものだ。そもそも向こうには人がいない。


 都会に来てからつくづく感じることだが、色んなことが目まぐるしく変化していく。

 いきなりの変化に着いていけないことも多い。


 この夏で変わったといえば隣の席の春希も、周囲の目からは変わったように見えるだろう。


「…………ふぅ」


 悩まし気にため息を吐き、しかしどこかそわそわと落ち着かない。

 時折思い出したかのようにスマホを取り出し弄って眺め、そして再度ため息を吐く。

 明らかに何か、誰かへ思いを募らせているかのような姿だった。……いつかの姫子の時と同じように。


 当然ながら周囲の目を引かないはずがない。

 隼人にも不躾で探るような視線がぶつけられている。

 ガリガリと頭を掻き眉間に皺を寄せていると、いきなりガシッと逃さないとばかりに肩を組まれた。


「はぁ~やぁ~とぉ~」

「い、伊織っ」

「大変だったぜぇ、バイトのシフト結構アテにしてたのにいきなり穴を空けられてよぉ~……くっ、おかげで夏休み後半、恵麻とどこにも行けなかった……っ!」

「わ、悪ぃ、こっちに戻ってきてからも色々あってな……あーその、一輝が手伝ってくれたんだって?」

「あぁ。といっても部活があるからそれなりにだけど。それでも一輝がいなかったらやばかったな」

「そっか。今度お礼言っておかないとな」

「……んで、二階堂と何があったんだ?」

「あーそれは……あ、あははは……」


 伊織が訝し気に春希へと視線を向ける。

 それはジト目と共に言外に「どういうことだ、説明しろ」と語っているものの、どう答えていいかわからない。

 隼人が愛想笑いで誤魔化していると、業を煮やしたのか春希に突撃する者がいた。伊織の彼女、伊佐美恵麻だ。


「おひさ、二階堂さん」

「あ、伊佐美さん……ごめんなさい、ここ数日急にバイト変わってもらって……」

「あはは、急用じゃ仕方ないもんね。けど、うん、それはそうとして……バイト出られなかった理由って、そのスマホの相手が関係しているの?」

「っ!? え、えぇと、そのこれは……」

「これは……?」


 伊佐美恵麻には有無を言わせぬ迫力があった。

 それだけバイトが忙しかったのと、予定が潰された怨みでもあるのだろうか?


 たじたじになった春希が追い詰められていく。

 これを勝機と見たのか周囲から他の女子たちが「え、なになに、何があったのー?」「そういや御菓子司しろで二階堂さんばバイト始めたってホント~?」と言いながらやって来ては春希を囲み、逃げられそうにない。


 隼人はご愁傷様とばかりに苦笑を零し、そしてポツリとなんとも神妙な声色で呟いた。


「……高校からって言ってたんだけどなぁ」




◇◇◇




 自分が変われば世界が変わる。

 だから沙紀は少しだけ自らの心に素直になって、望みはしっかりと言葉にすることに決めた。


 しかし世界は沙紀の予想だにしないスピードで変化を遂げる。

 いつだって世界が変わる時は一瞬で突然なのだ。


「わ、肌白っ! ていうかあれ地毛っ!?」

「かわいー、っていうか胸も結構大きい!? ふぉぉ、こいつぁ滾るってやつね!」

「たしか彼女って、霧島ちゃんの地元の友達だっけ?」

「おーい、沙紀ちゃーんっ!」


 沙紀の目の前に広がっているのは、月野瀬の小中学校の全校生徒もかくやという数の同級生。

 あまりにも人の多さに頭がくらくらしてしまう。それがまだ他にも3クラスあるという。わけがわからない。

 都会は月野瀬よりも人が多いと聞いてはいたが、これは沙紀の想像を軽く超えていた。

 そんな数の彼らから一身に好奇の視線を浴びせられれば、緊張から身体が強張ってしまうのも無理はない。


 沙紀は今、転校生として都会の中学校の教壇前に立っていた。

 田舎の野暮ったいジャンパースカートではなく、洗練されたデザインの真新しいセーラー服に身を包んでいる。

 あまりにオシャレ過ぎて、制服に着られていないかどうか妙に不安になってそわそわして、襟や裾が折れ曲がってないか妙に気になってしまう。

 教室の端で能天気に両手を振ってる親友姫子のきらきらした笑顔が、今は少しばかり恨めしい。


(どうしてこうなっちゃったのぉ~っ!?)


 あれから沙紀は、両親や祖父母、親族にも自らの望みをはっきりと口にした。

 都会に行きたいと。

 隼人や春希、姫子が行くであろう同じ高校に、どうしても通いたいと。必死だった。


 それは今まで聞き分けがよくあまり手間もかからず、熱心に神社のこと家業を修めてきた沙紀の両親や祖父母、親族にとって、初めて聞く沙紀の願望我がままだった。


 彼らの驚きと共に下した答えが、今のこの状況である。

 沙紀は驚きつつも、嬉しいやら少しだけ申し訳ないやら。

 おかげでのこの8月最後の1週間は月野瀬の皆を始め、隼人や春希、姫子を巻き込んで上を下への大騒ぎ。

 あらかじめ目星をつけていた物件なり、進学に伴う引っ越しの準備なども進めていたものの、それでもかなりの強行軍。

 色んな人の伝手やら手を借りて、急遽都会への引っ越しと相成った。


「えーっとその、村尾さん?」

「は、はいっ、村尾沙紀と申しますっ! 山奥から転校してきてその、右も左もわからない田舎者ではありますが――」


 担任教師に促され、しどろもどろになりながらも自己紹介の言葉を紡ぐ。

 思い返せば、世界が変わるのはほんの一瞬だということは知っている。

 それでもこの状況はあまりにも予想外。

 正直なところ困惑している。

 だけど、それでも、沙紀は自ら変わると決めたのだ。

 尻込みなんてしていられない。

 深呼吸を1つ。

 胸を張って、自分基準で不敵な笑みを浮かべながら高らかに宣言をした。


「――皆さん、私も他の人と同じように、同じノリで接してくださいっ!」


 そして大きな拍手と歓声で迎えられ、ビクリと肩を震わせる沙紀だった。




※※※※※※※※※


 これにて第4章終わりです。

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