160.いつもと違う夏祭り


 拝殿では祭りの開始に向けて神官衣装に身を包んだ村尾家の人と氏子の女性陣が、慌ただしく飛び回っていた。

 隼人の鼻がピクリと動く。おいしそうな匂いが漂っている。

 春希もスンスンと鼻を鳴らし、その出処に視線を向けた。


「うわ、なにあれお供え物……って、あれお米!? やたらとカラフルだけど!」

御染御供おそめごく、だな。毎年出てるぞ」

「へぇ」


 どうやら祭壇に神饌を運んでいる最中のようだった。

 春希が興味を示した青黄赤に染め分けられた御染御供の他、イワナにアユ、猪に鳥に鹿の肉、それから酒。この月野瀬の地で採れたものが供えられている。


 活発に動き回っているところを手持ち無沙汰で眺めていると、何だか落ち着かない。

 春希もこちらの様子は予想外だったのか、あははと誤魔化し笑いを浮かべている。

 だが手伝おうにも勝手がわからない。

 隼人はいつも外での力仕事ばかりで、春希は今回が初めてだ。


「あ、春希さん! お兄さん!」


 入り口付近で隼人と春希がまごついていると、こちらに気付いた沙紀がとてとてと駆け寄ってくる。

 いつぞや送られてきた画像と同じ、巫女装束に厳かな金の刺繍の施された涼し気な千早、豪奢な天冠てんがんに鈴。

 それらは沙紀の色素の薄い白い肌と亜麻色の髪と相まって、儚く幽玄的な美しさを引き立てていた。


 大きく目を見開く。

 やはり画像と違い、実物は生の迫力というものがあった。

 夏の度に見ている衣装姿だが、沙紀の成長と共にその美しさは年々増している。

 隼人が何も言えないでいると、代わりに春希が興奮の声を上げた。


「わっ、沙紀ちゃんすっっっっっごく綺麗!」

「え、あ、春希さん!?」

「写真では見てたけど、実物は全然違うね、すっごくいい! ね、隼人?」

「あ、あぁ……」


 そう言って春希は、ちょん、と隼人の背中を押す。

 沙紀と正面から向かい合う。

 隼人の目から見ても、今日の沙紀は一際麗しい。神秘的で非日常的な衣装も相まって、まるで触れてはいけないものの様に感じてしまう。

 そんな沙紀が、今まで舞台で見てきただけの沙紀が、すぐ目の前にいる。

 ごくりと喉を鳴らす。


 その沙紀本人はといえば不安そうに瞳を揺らし、上目遣いで尋ねてくる。


「えぇっと……どう、でしょうか……?」

「あ、あぁ、すごく似合ってるよ……」

「……よかったです!」

「っ!」


 しかし隼人の言葉に一転、沙紀は嬉しそうな笑顔を咲かす。

 不意打ち気味にそんな純粋で可憐な笑みを向けられれば、隼人でなくても気恥ずかしさから目を逸らしてしまうのも仕方がない。


 沙紀は、姫子の親友だ。

 その関係性は近いようで遠い。

 元より今までロクに会話をしたこともなく、つい最近春希の提案のグルチャで話すようになったばかりの、女の子・・・

 そのことが面映さに拍車をかけている。

 隼人はポリポリと人差し指で頬を掻く。


「あーその、この間はありがと。看病だけじゃなくて、家のことも色々としてくれて……何かお礼をしたいのだけど、何も思い浮かばなくて……」

「い、いえ、あれは私だけじゃなくて春希さんも! だ、だからおかまいなくっ!」

「そ、そうか、春希もありが――春希?」


 隼人が首だけを振り向かせると、そこにはやけに悪戯っぽい笑みを浮かべ、にやにやとした春希の顔があった。

 経験則からよくないことを考えているのがわかる。嫌な予感がしてピクリと眉が動く。


「おやおや~? 顔が赤いよ、隼人? もしかして沙紀ちゃんに照れちゃってる?」

「なっ!? え、いや、それはえっと!?」

「沙紀ちゃんってばこーんなのに可愛いもんね、わかるよ、うんわかる。てか今もすんごい鼻の下伸ばしちゃってるし」

「ばっ!? んなわけっ!」


 そう言って春希が揶揄いながらちょんっと鼻先を突けば、隼人は後ずさりつつ鼻を擦る。春希はあははと声を上げて笑う。

 そして今度は素早く沙紀の背後に回り込み、ぎゅっと抱きしめ、頬ずりをする。

 沙紀も突然の春希の抱擁にびっくりして顔を真っ赤に染めた。


「は、春希さん!?」

「あ、沙紀ちゃんってば何かいい匂いがする」

「ふぇ!? あのそのっ」

「隼人も嗅いでみる?」

「って、おい!」

「きゃっ!」


 そう言って春希がとんっと沙紀の背中を押せば、よろめいた沙紀を隼人が受け止める形となる。

 腕の中に収まるのは春希と同じく、頭1つ分小さく柔らかな身体。春希とは違う、鼻腔をくすぐるふわりとした甘い香り。それらが沙紀を強烈に異性だということを意識させられていく。

 それは沙紀にとっても同じだったのだろうか、たちまち腕に抱く異性に慣れていないだろう沙紀の身体は熱を帯びていき、頭からは湯気が出そうな勢いだ。

 だけど、このまま先ほど春希がしたように、ぎゅっと抱きしめたらどれだけ心地良いことだろうか――そんなことをちらりと考えてしまい、意識が沸騰してしまった。


 これはいけないと理性が警鐘を鳴らし、慌てて肩を掴んで身を離す。

 その拍子に見つめ合う形となり、何とも言えない空気が流れる。

 ちらりと視界の端に、どこか微笑ましく見守るかのような姿の春希が目に入る。それが少しばかり恨めしい。

 色々と胸の内を誤魔化すように、何かないかと話題を探す。


「んんっ、そういや心太もだけど、衣装よく似合ってたな。あれ、もしかして村尾さんの?」

「あ、はい、おさがりになります! と言っても私も従姉から譲り受けたものですけど」

「そ、そうか。似合ってたけど女の子用だったみたいだし、なんていうか、その、な? 春希?」

「あ、うん。可愛かったよ、心太ちゃん・・・・・!」


 いきなり水を向けられた春希が少し揶揄い交じりの声で応えれば、一瞬きょとんとした沙紀であったがどんどん理解が及ぶにつれ、みるみる目を大きく見開いていく。


「…………え?」


 そんなどこか間抜けな声を漏らすと共に、外からはドンドンドンと太鼓をたたく音が聞こえてくる。

 隼人と春希は、そんな沙紀を見た後、互いに顔を見合わせ笑みを零す。


 いつもと違う夏祭りが、始まりを告げた。

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