4-3

143.誕生日プレゼント作り


 羊出産騒動からしばらく後。

 この日の月野瀬の山は、どこかピリピリしつつも静かだった。


 太陽が西の山へと掛かる頃。

 山の手中腹にある神社の隣、村尾家、その一室にある沙紀の部屋。

 そこで春希と沙紀は山と同じくどこかピリピリした空気の中、真剣な面持ちで手を動かしていた。彼女たちの傍の床には布生地や紐、裁縫道具が転がっている。


「えぇっと、型紙に合わせて生地を少し大きめに切って、と……」


 春希が作っているのは手帳型のスマホケース。

 三毛猫のプリントされた布生地を型紙に合わせ慎重に切り取っていくところだ。


「うんしょっ、すごく硬い、けどぉ~っ」


 沙紀が作っているのはエプロン。

 作る自体は簡単なのだが、それでは味気ないので狐のワッペンを手縫いで付けようとして作戦苦闘している。


 それぞれ、隼人へ渡す誕生日プレゼントだった。

 互いに時々、ネットで調べた作り方を合っているかどうかを確認しあいつつ作業している。


 その時、外でごぅっと強い風が吹いた。

 風の体当たりを受けた窓がガタリと音を立てると共に、雲が流されたのか真っ赤な夕陽が部屋へと差し込んだ。


「わ、もう夕方だ!」

「んぅ~、続きは夜にしましょうか」


 沙紀の言葉で手を止め、春希が両手を上げてぐぐーっと伸びをすれば、ポキリと肩の音が鳴る。

 月野瀬に来てから折を見て制作を進めており、今日は昼間からずっと作業しっぱなしだった。

 春希は形がだいぶ様になってきたスマホケースを見てしみじみと呟く。


「ん、もう少しで完成だねー」

「……お兄さん、ちゃんと受け取ってくれるでしょうか」

「……へ?」


 ふと、沙紀が作りかけのエプロンを手に弱気を滲ませた言葉を零す。

 春希の口から変な声が漏れる。目も大きく見開く。

 するとそんな春希の視線を受けた沙紀は、慌てて言い訳する。


「こ、こういう贈り物をするの初めてと言いますか、今まで接点もろくになかったのでいきなり渡して変に思われないかと言いますか……」

「んー、隼人ってば粗品のせっけんやタオル、シールで応募するお皿とか愛用してるし、こういう実用的なもの好きだから普通に喜ぶと思うよ?」

「その、受け取ってくれても姫ちゃんのというか、妹の友達だから変に気を遣われて使ったりとか使われなかったりとか……」

「あはは、隼人に誰から貰ったかを気にして使うような繊細さとかないし、使えるものなら何でも使うよー」


 春希がケラケラと笑いながら小さく手を振れば、沙紀は少しばかり眉を寄せて目を細め、僅かに羨望を滲ませた声を漏らす。


「……そう言えるところ、少し羨ましいです」

「あー……」


 春希はそこで言葉が詰まってしまった。

 目には少し寂しそうな沙紀が映る。

 声を掛けようにも、なんていっていいかわからない。眉間に皺が寄る。


「す、すいません、急に変なこと言っちゃって……っ!」

「いやいやいや、あのその、えっと……」


 そう言って沙紀が恥ずかしそうにしゅんと俯けば、春希は必死に言葉を紡ごうとして口の中で言葉を転がすも、適切なものが出てこない。

 うーん、と唸ることしばし。

 改めて沙紀を見てみる。

 あどけなさが残るものの綺麗で整った顔立ちは、色素の薄い髪と肌と相まって、神秘的な雰囲気を演出されている美少女だ。

 胸もみなもほどにないにしても、しっかり主張されておりスタイルもいい。

 性格も真面目で温厚、隼人を陰日向で支えるだけでなく、月野瀬の住人たちに慕われているところも散々目にしてきている。


 そう、良い子・・・だった。


 端から見ていて、沙紀の隼人へのアプローチはほんの、さり気ないものである。

 直接的に交わす言葉は少なく、調理やバーベキューなんかでは必要な道具を近くに用意したり、羊の出産の時は獣医さんや必要な道具も持っている家へ連絡し事前の根回しをしたりなど、本人の知らない陰でこっそりと気を回す。

 隼人本人にとってはわかりづらいかもしれない。

 だけど1歩離れたところから見てみれば、明らかに気に掛けていることは明白だった。


 胸中は複雑だ。

 だからこそ気になることがあり、急速に膨れ上がった思いがふいに形となって口から零れ落ちた。


「沙紀ちゃんはさ、いつから隼人のことをその、気にするように思ったの?」

「気にっ!? いえその、う~……い、いつからというのは曖昧ですけれど、切っ掛けなら……」

「切っ掛け?」

「はい……」


 沙紀の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 もじもじと畳の上に人差し指でのの字を描く。

 ちらちらと視線を寄越し、恥ずかしそうにしつつもしかし、大切な宝物をちょっぴり自慢気に、他の人には秘密だよといわんばかりに曝け出す。


「……褒めて、もらえたんです」

「え……?」

「何のためにやっているのか分からない神楽を、綺麗でカッコいいって、初めて誰かに褒めてもらったのが、お兄さんだったんです」

「……っ! そう、なんだ……」


 沙紀ははにかみながら胸に手を当て目を瞑る。

 それはとても綺麗で見惚れるような笑顔で――そして自嘲気味に眉を寄せた。


「そんな単純なことなんです。でも私にとっては大きなことで……あはは、バカみたいですよね」

「うぅん、そんなことないっ!」


 春希は反射的に沙紀の手を取り握りしめていた。

 妙に熱のこもった空気が流れる。

 しかし何を言っていいか分からない。胸もみしみし痛む。

 ただ1つ確かなことは、春希にとってこの一途な想いを抱く沙紀を、どうしても他人事だとは思えなかった。


「ねね、みてみて、はるねーちゃ!」

「「っ!?」」


 その時ふいに沙紀の部屋の襖が、勢いよく開かれた。

 2人は慌てて距離を取る。

 現れたのは心太。

 手には砂や小石を敷き詰め公園のようなものを描いた水槽、そこに数匹のサワガニが遊んでいるのが見える。


「心太くん、サワガニアクアリウム出来たんだね」

「うん、じしんさく!」

「まぁ、可愛らしい」


 捕まえたサワガニを置いておくために、春希が作ってみてはと提案したものだった。

 どうやら春希たちがプレゼントを作っている間、心太はこれを作っていたらしい。


「石でかこんだ池がこだわりっ――!」


 どこか照れくさそうに、しかし少し自慢げに語ってくるところは、先ほどの沙紀そっくりだ。

 くすりと笑みを零し視線を交わした春希と沙紀は顔を見合わせ、笑い合うのだった。


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