142.――が欲しいよ
みなもが感じたままの言葉をポツリと零せば、一輝は盛大に
そんな一輝の予想外の反応にあたふたしてしまう。
また早とちりしてしまったと、後ろ髪がぴょこぴょこ跳ねる。
「けほっ……ふぅ、もう大丈夫。その、いきなりで驚いたというか……確かに少し特別な間柄で、いい子だと思うんだけど、互いにそういう対象じゃないというか……」
「? そうなんですか?」
「……………………あぁ」
そう言って一輝は笑うも、しかしその顔には少しばかり影が差していた。とても言葉通りに受け取れそうにない。
みなもが心配そうな、困ったような表情を浮かべれば、一輝は片手を額に当て、はぁ、とため息を1つ。軽く頭を左右に振って、みなもに向き直る。
「僕はその、誰かと付き合うとか好きになるとか、よくわからないんだ。それに多分、僕には誰かとどうこうするような資格が無い」
「海童、さん?」
「……噂、聞いたことあるかな?」
「ええっとその、とてもモテるということくらいは……」
「……中学の頃、
「…………ぇ」
みなもの顔が嫌悪に歪む。
ふいに脳裏を過ぎるのは1人で佇む祖父の家、そして家に顔を出さぬ父の顔。
よほど酷い顔をしていたのだろう、今度は一輝が慌てふためく番だった。
「う、噂はあくまで噂だから! その、
「え、あ、はい! す、すいません、早とちりして、その……っ」
「あ、あはは……。あぁでもそうだね、自分で言ってても、うん。ひどいやつだと思う」
必死に弁明の言葉を紡ぐ一輝は、滑稽なほど真剣だった。その姿は
「……くすっ」
「三岳、さん……?」
彼にどういう過去があったのかはわからない。
しかし一見隙が無いように見えて、その実春希の様にただただ不器用で、そしてとても
そう思うとどこか憎めず、だから思わず笑いが零れてしまった。
「ふふ、ごめんなさい。でもその、おススメしてくれた子とは随分そういった彼女さんたちとは違うみたいだし、仲も良いみたいですね」
「どうだろう……おススメされた時は大勢の中の1人でしかなかったし、その、嫌われてはないと思うけれど……」
どこか不安そうな表情を見せる一輝。
それを見たみなもは、またも目をぱちくりさせた。
みなもにとって一輝はよくモテる男子だ。
こうして話していると、見た目や所作だけでなく相手への気遣いも感じられ、クラスの女子たちが色めく声を上げるの納得だ。事実、何度も女子へのお断りシーンを目撃してきている。
だからこそ、こうして特定の誰かの反応を気にするところが驚きだった。
どうやら、よほど特別な相手らしい。
「好き、なんですか?」
「すっ……!」
一輝は言葉を詰まらせる。
しかしそれも一瞬、一輝は胸に手を当てながら苦々しく言葉を零す。
「……僕が好きとかそれ以前に、その子、他に好きな子がいるから」
「ふぇ?」
「もっとも本人は『好きな人がいた』って過去のことにして忘れようとしているみたいだけど、その、本当にいい子で、僕としては応援したいという気持ちが強いというか……」
「応援、ですか……」
「アイドルとか推しの子の幸せを願っているのに近い、かも」
「ふふっ、そう言われると少し気持ちがわかるかもしれません」
みなもはかつて夜の公園で、ずぶ濡れになった春希と出会った時のことを思い出す。
不器用で、秘密を打ち明けてくれて、友達になってくれた女の子。
きっとその子は、一輝にとってそういう相手なのだろうか?
そして話しているうちに、いつしかパフェは空になっていた。
「まぁその高倉先輩もなんだけど、以前恋愛がらみで色々失敗しちゃってさ……だから当分、そういうのはいいかなぁって」
「失敗、ですか」
「うん、失敗。他の人の気持ちっていうのが色々よくわからなくなっちゃってさ……それに――」
かつんとスプーンがグラスを叩く音と共に、一輝は自らの想いを零す。
「僕は今、恋とか彼女とよりも、友達との確かな絆が欲しいよ」
「友達……」
そう言って笑った一輝の顔は、とても眩しく何かに焦がれる、切なげな表情だった。
だけれども、とても綺麗な顔だった。
絆――その言葉がみなもの胸にも刺さる。
みなもが言葉を無くしていると、一輝はいつものにこやかな笑みに戻し、立ち上がる。
「っと、長居しちゃったかな? その、ほとんど愚痴みたいなものだったけど、色々聞いてくれてありがとう」
「い、いえ、その、本当にただ聞いただけですし……あ、それでもよければ、また話を聞きますよ!」
咄嗟にそんなことを口走っていた。
一輝はしばし固まり目をぱちくりさせ、そして何かが腑に落ちたとばかりに頷き笑う。
「あぁ、なるほど。三岳さんのそういうところ、隼人くんに似ているんだ。だから僕もついつい喋っちゃったのかな?」
「ふぇ!?」
「ははっ、じゃあまた何かあれば愚痴らせてもらうよ。それじゃ!」
「……あっ!」
そう言って一輝は、みなもが驚き硬直している隙に伝票を掴んで清算を済ませ、店を出て去っていく。
残されたみなもはしばらくの間、唖然とした様子で後ろ髪をぴょこぴょこさせるのであった。
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