141.特別な人



 それからしばらく後。

 みなもは荷物をまとめ着替えを済ませた一輝に連れられて、とある喫茶店にやって来ていた。


「ここって……」


 純和風の店構えに、飛び回る店員の矢羽袴が特徴的な制服。

 みなもの教室でもよく話題に上る、御菓子司しろである。

 もちろんみなもも祖父へのお見舞いに行く際、よくその人気ぶりを目にしていた。

 しかし夏休みとはいえ平日、お昼のピークを過ぎた時間帯ということもあり、いくらか空席が散見される。


「立ち話もなんだし、落ち着ける場所がいいと思って……その、結構歩かせてしまったから、ここは僕が出すよ」

「い、いえっ、それはその、お構いなくっ」

「ははっ、いいからいいから」

「あ、あのっ……」


 みなもは慣れた様子で店に入っていく一輝の背中を慌てて追いかける。

 店に入ったのは初めてだった。

 興味が無かったというわけじゃない。

 内向的なみなもにとって、1人で喫茶店オシャレ空間に入るというのは、なかなかにハードルの高い。


 ちらりと一輝を見る。

 スラリと背が高く、道中も行き交う女性の注目を浴びていた爽やかなイケメン。

 現に今も、店内の熱い視線を集めている。

 その隣に立っていて、緊張するなという方が難しい。


「いらっしゃ――って、一輝!? しかも女の子連れ!?」

「やぁ、伊織くん。彼女とはその、まぁちょっと訳ありでね」

「え、あ、その、よろしくお願いしますっ」

「頭下げないで、お客様!?」


 暖簾をくぐれば驚きの声で出迎えられた。

 一輝へ親しそうな言葉を投げかける明るい髪色の店員――伊織である。


 しかしみなもと伊織に接点は無い。かろうじて目の前のやり取りから、気の置けない仲だというのがわかるのみ。


 さてどうしたものか。

 この状況にみなもがまごついていると、ふいに一輝の顔を見た伊織が目を見開き真面目な顔を作り、やれやれといった様子で頭を掻いた。


「あーその、奥の小上がり端っこ、あそこなら人の目を隠せるぜ」

「助かるよ伊織くん、ありがとう」

「いいって、後で訳くらい教えろよ?」

「話せる範囲でならね」


 そして店の入り口からも見えにくい場所へと案内してくれる。他の客からも距離があり、話し声が聞こえることもないだろう。込み入った話をするにはもってこいの席だ。

 ローファーを脱いで席に着くなり、一輝からメニューを渡される。


「わぁ!」


 目に飛び込んできたのは色とりどりの和風スーツたち。

 水槽で泳いでいる金魚の錦玉に、スイカやマンゴーなど夏のフルーツを使った大福、それに紫陽花など季節の花をかたどった落雁。 

 みなもはその華やかさに瞳を輝かせた。

 そしてしばらくの後、眉間にしわを寄せた。

 あまりにも種類が多く、どれにしようかと目移りしてしまう。


「くずきり抹茶パフェがおススメ、かな」

「ふぇ?」

「つるんとしたくずきりののど越しと爽やかさ、抹茶の渋みと甘さが夏らしくておいしいって、語ってもらってね」

「あ、はい、じゃあそれで」

「すいませーん、くずきり抹茶パフェ2つ――」


 すると一輝が助け船とばかりにおススメを提案してきた。

 迷っていたこともあり、これ幸いとそれに乗っかる。


 一輝が注文している間、改めて店内を見渡してみる。

 漆喰の塗られた黒い柱と梁、それらと対照的な白い壁が落ち着いた雰囲気を演出し、その空間を飛び回るのは矢羽袴の和風モダンな制服。

 なるほど、噂になるのも納得だ。あの制服は少しばかり自分でも着てみたいとも思う。

 そんなことを考えると同時に、みなもは自分の前髪をくいっと引っ張った。


 大丈夫だろうか?

 変じゃないだろうか?

 普段のみなもはオシャレとは縁遠く、今日に限ってこの髪型にしてきてよかったと思う一方で、どうしても他のキラキラ輝いているように見える客と比べてしまう。


「そういえば、いつもと髪型違うんだね」

「えっ!? あ、あのその、変……じゃないでしょうか?」

「全然! よく似合っていて可愛いよ」

「っ! あぅぅ……」


 にこにこと人好きのする笑顔で一輝に髪型を褒められれば、みなもは一瞬にして羞恥から顔を真っ赤に染め上げ、肩を小さく縮こませてしまう。

 まともに顔を見られず、もじもじと膝を擦り合わせる。

 しかし、ちゃんと褒めてくれたのだ。何かお礼を言わなければ――そう思いおそるおそる顔を上げれば、やってしまったと言わんばかりの一輝と目が合った。


「あーその、すまない……気を悪くせず聞いて欲しいのだけど、今のはその、別にナンパとかそういうつもりで言ったわけでなく、ただそう思っただけでというか、ええっと……」

「ふぇっ!? あのその、私そんなこと言われ慣れてなくて、ビックリしたというか恥ずかしくなったといいますか……っ」

「そ、そうか、それならよかった! ははっ!」

「あ、あはは……っ」


 何とも噛み合わないおかしなやり取りを繰り広げる一輝とみなも。お互いぎこちない笑みを浮かべる。


「その、気を付けてはいるんだけど、どうも人によっては受け取り方が違うというか、妙な期待をさせてしまうことがあるというか」

「もしかして、先ほどの高倉先輩も?」

「……あぁ、彼女はその、中学の頃にも色々あってね」


 一輝は困った顔で苦々しく眉間に皺を刻む。

 みなもには一瞬それが、時折春希が見せるどこか自虐的な表情と重なった。

 だからといって何て言っていいか分からない。そもそも一輝とまともに話したのは今日が初めてなのだ。

 神妙な空気が流れる。

 しかしそれも一瞬、呆れを含んだカラリとした声によって霧散された。


「なーに変な顔してんだ、一輝?」

「っ!? と、伊織くん」

「ええっと、その…………わぁ!」

「はい、くずきり抹茶パフェ、お待ちどおさま」


 みなもは運ばれてきたくずきり抹茶パフェを目の前にして、胸の前で両手を握りしめ瞳を輝かせた。

 くずきり、白玉、餡子を重ね、抹茶と黒ゴマのアイスと生クリームで彩られたそれは、緑と白と黒のコントラストも鮮やかで、夏の涼やかさを演出していた。

 なるほど、おススメというだけはある。


 伊織は苦笑しつつ、すぐさま奥へと引っ込んだ。聞き耳を立てたりするつもりはないらしい。


 もう食べてもいいのだろうか? そんなことを考えながら一輝の顔をちらりと窺えば、どうぞとばかりににっこり笑って柄の長いパフェスプーンを掲げた。


「いただきます……んんっ!?」


 一番最初に口の中にで感じたのはほどよい冷たさだった。

 火照った身体の熱を奪っていき、そこへ抹茶の爽やかな苦みと甘さが広がっていく。つるりとした葛切りの食感も堪らない。


「おいしい~っ!」

「うんうん、これもおいしいね。ふふっ、アレだけ・・・・熱心に味を語っていただけあるね」


 そう言って一輝は、何かを思い浮かべながら頬を綻ばせていた。

 どうやらおススメされていた時のことを思い返しているのだろう。

 そのおススメした誰かはよほど特別な相手なのか、見ている方も釣られて笑みを零してしまうほどの、良い笑顔だ。まるで、春希が隼人のことを話す時のように。


「あ、もしかしてそのおススメした人って、海童さんの特別な人なんですか?」

「んぐっ!? げほっ、げほけほけほっ、んんっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

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