136.腕は落ちてないでしょ?


 霧島家を後にした隼人たちは、あまり整備されていない険道と呼びたくなる県道と山際の間を流れる川を横目に、上流に向かって歩く。

 都会の住宅がの道ほどの川の水幅で流れは緩く、深さも膝が浸かることもない。小川や沢と言っていいような規模で、山向こうにある大きな川へと流れ込む支流の1つだ。


 午前中とはいえ真夏の日差しは強く、ジリジリと肌を焼く。

 暑さから皆、額には玉のような汗を浮かべている。

 だけど誰しも、うきうきと足取りが軽い。他愛もない話に花が咲く。


「そういや沙紀ちゃん、この間おにぃと回転ずしに行ってきたよ」

「回転ずし!? それってあの、回るお寿司屋さんの~!?」

「すごかったよ……お寿司の種類だけじゃなくサイドメニューもすごく充実しててさ、フライドポテトにから揚げにケーキ……まさにフルコースだったね……」

「うわぁ、お寿司のフルコース! ……姫子ちゃん、もうすっかり都会の女だね……」

「むっ、お寿司!? 隼人、ボクに内緒で一体いつ行ったのさ!」

「この間のテスト期間中にだよ。さすがに毎日作る余裕がなくてな」

「はるちゃん、さすがにテスト期間中はあまりうちに来てなかったからねー」

「ぐぬぬ……」


 ちなみに姫子の好みはまぐろサーモンえび玉子、完全にお子様舌である。


 そうこうしているうちに、やがて川が大きく弧を描く場所が見えてきた。

 ここだけカーブの為なのか川の水幅も大きく伸びており、その内側には石がたくさん転がる体育館ほどの広さの河原が広がっている。

 月野瀬の住人にも人気の、アウトドアの拠点にもってこいの場所だ。今回の目的地である。


 その時、川向こうの山からサァッと風が吹き下ろす。

 水気を含んだ風は冷たく、たちまち隼人たちの身体に籠もった熱を奪い汗が引く。心地よさからスゥっと目を細めた。


「うわぁ、懐かしい! ここも変わってないねーっ!」

「あ、おい春希!」


 7年ぶりの遊び場に目を輝かせ感極まった春希は、一目散に川辺に駆け寄り、その勢いのまま拾った石を水面に向かって投げつけた。

 ぴちょんぴちょんと音を立て波紋を作りながら、水面を跳ねること軽く10段以上。

 春希はふふんと鼻息荒く、ドヤ顔で振り返る。

 どうやら腕は落ちていないと言いたいらしい。


「まぁね、ブランクあってもこれくらいはね?」

「お? じゃあ俺が手本を見せてやろうか?」

「むっ!?」


 それを挑戦と受け取った隼人は、落ち着いた様子でしかし自信ありげな様子で石を川へと滑らした。

 こちらもぴちょんぴちょんと春希に負けず劣らず、しかし少しばかり勢いよく跳ねていく。

 端から見れば段数はほぼ互角。

 しかし隼人は得意気な笑みを春希に返す。

 春希の顔がぐぬぬと悔しそうに歪み、唸り声を上げる。


「俺も久々だったけど、2段多いな?」

「い、今のはただの肩慣らしだっただけだしぃ? 見ててよ、ボクの本気に腰抜かさないでよね!」

「お? 言ったな、ラムネでも賭けるか?」

「ふふんっ、じょーとーっ!」


 そして始まる水切り勝負。

 隼人と春希は交互に川へ石を投げ込みあい、ぴょんぴょんと水面に生き物のように躍らせる。

 調子を取り戻したのか、跳ねる段数もどんどん増えていく。

 川のせせらぎと水面を叩く軽快な音がリズムを刻み、勝負はどんどん白熱していく。


「ほら、今のはボクの方が1段多く跳ねてる!」

「あぁ、そうだな。でも距離は全部俺の方が圧倒的に遠くまで跳ねてるな」

「ぐぎぎ……」

「あっはっは!」

「もーっ! おにぃもはるちゃんもなにやってんの!」

「「っ!?」」


 突然の兄と幼馴染の行動に面食らった姫子であったが、我を取り戻すと大声でツッコミを入れた。

 腰に手を当て仁王立ち、隣の沙紀は苦笑い。

 隼人と春希もバツの悪い顔で目を泳がせる。

 何とも言えない少し不穏な空気を、突如ドボン、ドボンという水音が切り裂いた。


「えいっ! むぅ~~っ、えいっ!」


 音の鳴る方へ視線を向ければ、心太が川に向かって石を投げていた。

 どうやら春希と隼人の水切りに感化されたらしい。

 しかしオーバースローで投げられる石は水面を跳ねることなく、そのまま虚しく川底へ沈んでいくのみ。心太も顔をしかめている。

 そこへ隼人が石を拾い、話しかけた。


「心太、石はなるべくこういう平べったいのを選ぶんだ。指が引っ掛かるような角ばってる方がいい。それから投げる時は水面に平行になるように、回転を意識して……こんなかんじに、なっ!」

「っ!? え、えーと、こう……………………わぁっ!」


 コツを教え、手本を見せた隼人に倣い、心太が改めて川へと石を投げ入れる。

 すると今度は先ほどまでと違い、ぴちょんぴちょんと2回、石が跳ねた。

 回数はたった2回。

 隼人と春希には遠く及ばない。

 だけど、確かに跳ねた。


「なるべく低い位置から投げるのもいいぞ。こうやって片膝をついてな。やってみ?」

「こうやって、えい! ……わ、わぁ~っ!」

「お、すごいぞ心太」

「は、跳ねた! いっぱい! 跳んだ!」


 そして今度は4回跳ねる。

 心太は歓声と主に両手を上げ、全身を使ってはしゃぐ。


 沙紀がその様子を目を細めて微笑ましく見守っていると、いつの間にか傍にやってきた春希がくいっと手を引いた。


「沙紀ちゃんもやってみようよ」

「ふぇ!? あ、そのぅ、私は……」

「……隼人ってさ、今の見ての通り教えるの上手いんだ。ボクも昔、教えてもらったしね」

「ぇ……あ……はいっ!」


 春希の意図を汲み取った沙紀は春希に手を引かれ駆け出す。


「あ、はるちゃんに沙紀ちゃん! 待ってよ、もぉーっ!」


 1人残されそうになった姫子は、不承不承といった表情で慌てて2人の後を追うのだった。



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