4-2

132.とても綺麗で鮮やかで


 まだ夜のとばりが色濃く残る早朝。

 隼人は促されるまま、まだ眠気の残る目で窓から東の空を眺めていた。

 しばらくすると世界が白み始め、かと思えば一気にすべてを焼き焦がすかのように赤く燃え盛っていく。


 鮮烈な朝焼けだった。ただただ綺麗だった。

 それこそ呼吸を忘れ、眠気が吹き飛んでしまうほどに。


 しかし感慨深そうに目を細める春希とは対照的に、隼人はジト目でため息を吐く。


「すごいね、隼人。夏の暁が季語として使われる意味が初めてわかったかも」

「そうだな、確かにすごいな。だけどこれをわざわざに見せるために、こんな時間に叩き起こされた身にもなってくれ」


 窓を開け放つ春希は、にししと笑う。

 夜から朝へと移り変わるこの一瞬、そしてこの季節でしか見られない夏の夜明けは、たしかに美しいものだろう。隼人だって初めて見たくらいだ。

 時計を見ればまだ5時前、明らかにおかしな時間帯である。


 まだ薄暗い部屋、目の前には春希。

 きっと朝焼けだけでなく、他にもロクでもないことを考えているのだろう。

 今日の春希はシャツに短パンだけという、かつてと同じ格好だというにもかかわらず、大きく成長した身体つきは幼い頃とは明らかに違う。


 昨夜の姫子の言葉が脳裏を過ぎる。

 そのことを考えれば胸中は複雑で、しかしこんなことをするのは隼人だからこそだと思えばどうしてか嬉しさも込み上げてきてしまい、だから自嘲気味に抗議の意味も込めて、わざと大きな口を開けて欠伸を1つ。

 そして寝癖の付いた頭をガリガリと掻いた。


「す、すいませんっ、こんな朝早くから押しかけてしまって……」

「む、村尾さんっ!?」


 予想外の声を掛けられ、大きな口を開けたままの間抜けな顔をで固まってしまった。

 声の出処へと視線を向ければ、部屋の入口の方で沙紀が、申し訳なさそうに佇んでいる。

 朝焼けのせいなのか赤く染まった顔でもじもじとされれば、ドキリと胸が跳ね、あたふたしてしまう。


「あのそのえっと姫子、はまだ寝てるだろうし、う~、こんな寝起きの頭でごめんっ!」

「いえ、それはそれでレアといいますか、こんな時間に押しかけた私たちが悪いのでっ」

「ていうか隼人、ボクの時と反応全然違くない!?」

「春希はアレだ、前科もあるだろ!」

「前科ってなにさ!?」

「あ、あはは……」


 照れ隠しもあって、春希への返事は声が荒くなる。

 隼人にとって沙紀は春希とはまた別の意味で、特別な存在だ。

 月野瀬の数少ない同世代。

 妹の親友。

 そして毎年、祭りで神楽を舞う女の子。


 初めて神楽を見た時の衝撃は、今でもよく覚えている。

 月と星とかがり火に揺られ、描き出すは幻想的かつ神秘的な古代の物語。

 隼人が初めて見た舞台、演劇ともいえるもの。

 その迫力に圧倒され、脳裏に未だ鮮明に焼き付いている。

 それを演じたのが、普段気弱で大人しい沙紀だったから、なおさら。


「はるねーちゃ、はやく行こ」

「っ!? し、心太しんた……?」


 その時、沙紀の背後から小さな男の子が顔を出し、とてとてと春希の傍へ行き、くいっと服の裾を引いた。

 沙紀と同じ亜麻色の髪をした、線の細い少年だ。

 村尾心太、沙紀と7つ離れた弟。

 姉同様大人しい性格で、学校などでは物静かに本を読んで過ごすようなタイプで、隼人も外で遊んでいる姿をあまり見かけたこともない。


 だから隼人は、沙紀以上に心太が来ていることに驚く。

 幼い子供にとっては起きるのも辛いだろう時間帯だ。

 事情を知っているであろう春希に視線を戻せば、ドヤ顔を返される。


「ふふっ、実は昨夜のうちに虫捕り罠しかけといたのだよ!」

「はるねーちゃと、いっしょにつくった」

「いつの間に、というかよく心太がよく興味を示したな……」

「ボクがミヤマについて語ったからね!」

「はやおき、がんばった」

「あ、あはは……」


 心太は眠そうな目をこすりながらも、鼻息荒く春希の服の裾を引っ張り急かしている。

 沙紀の方へと目を向ければ、申し訳なさそうに苦笑い。

 どうやら心太の付き添いで来たらしい。


 さすがに心太とは歳も離れていることもあって交流もなく、どう接していいかわからない。

 だけど目の前で春希とはしゃぐ姿を見れば、幼い時のことを思い出す。

 今日は1日、童心に返るのもいいだろう。


「ちょっと待ってろ、さっさと着替えを済ませるから」

「オッケー。あ、ひめちゃんはどうする?」

「……この時間に姫子が起きるわけないだろ。それに不機嫌になって暴れる」

「あはは、だよねー」


 そして皆で顔を会わせ、小さく笑った。

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