131.ずっと支えてたんだね


 隼人と姫子と別れ、沙紀と春希はカラカラと自転車を押しながら沙紀の家のある神社へと向かっていた。

 山の麓にある集会所から中腹にある神社までは、距離としては近いものの坂道がきつい。


「……」

「……」


 2人の間に会話は無かった。

 というより、何を話して良いか分からない。

 代わりに虫や小動物の声が、夏の田舎の夜を唄っている。


 沙紀は少しばかり気まずい思いと共に、ちらちらと春希を見ながら、先ほどのことへ意識を飛ばしていた。


 長年月野瀬に住んでいたかのように、するりと皆の輪へ溶け込んでいく愛嬌。

 飲み物や食べ物を運んだり、隼人を手伝う手際。

 そして誰もが圧倒された、歌を奏でる姿。

 透き通る声、引き込まれる所作、切なげな眼差し。


 そのどれもがキラキラと輝いており、まるで太陽みたいな存在感のある女の子だった。

 だから、どうしても自分と見比べてしまう。

 洗練されて、垢抜けていて、眩しくて、あんな特技・・もある都会の美少女。

 あまりに自分とはかけ離れた存在過ぎて、はぁ、と何とも言えないため息が漏れてしまう。


「ね、沙紀ちゃんちょっといいかな?」

「ふぇ?」

「ちょっと寄りたいところがあるんだ。付き合ってよ」

「え、あ、はいっ」


 突如、春希が声を掛けてきた。

 そんなことを考えていたものだから、返事の声は妙に上擦ってしまう。

 意識を戻せば既に目の前には鳥居。沙紀の家はもう近くだ。


 とりあえず反射的に応えたものの、どういうことかよくわからない。

 沙紀が小首を傾げていると、春希は苦笑しつつも手招きした。


「すぐそこだから」

「こっちは……」


 その場に自転車を置き、参道から微妙に外れた、雑草が生い茂る脇道へと進んでいく。

 普段誰もあまり使うことにない、摂末社へと向かう道だ。

 事実、沙紀もそこへ用があることはほとんどなく、ますます状況が分からない。


 山の木々を無理矢理切り裂かれて作られた道は、月や星の光があまり届かず足元がおぼつかない。

 しかし前を行く春希は、まるで歩きなれた道のような足取りでどんどん先へと進んでいく。

 沙紀はよくわからないまま、必死になって追いかける。


 そんな苦戦している沙紀に気付いた春希は「あはは」と苦笑を零し、そしてポツリと呟きながら手を差し伸べた。


「沙紀ちゃんってさ、すごいよね」

「ふぇ?」


 予期せぬ掛けられた言葉に、素っ頓狂な声を上げる。


 すごい? どこが? 先ほどあれだけの光景を作り出した人が何を言ってるのだろう?

 頭の中を疑問符で埋め尽くされながらも、おずおずと躊躇いがちに春希の手を握る。ほんのりと熱を帯びていて、柔らかい手だ。


「ひんやりしてる。手が冷たい人は……」

「へ?」

「うぅん、なんでもない。それよりも沙紀ちゃんだったんだね、はやと・・・を支えてくれてたの」

「っ!? あ、あのその、ええっとぉ……!?」

「皆から聞いたよ。まだ小さな子供でも出来るお手伝いが何があるか、聞いて回ってたんだよね?」

「それ、は……」

「それだけじゃない。今日だってビールの在庫を出したりお皿やコップの手配をしたり、さりげなく汚れたテーブルをふいてくれたり……そしてボクを助けてくれたり」

「べ、別に私はそんな、たいしたことは……」

「くすっ、そういうところだよ、沙紀ちゃん――っと、着いた」

「…………わぁ!」


 薄暗い木々のトンネルを抜けると、一気に月と星の明かりが差し込んでくる。

 夏の夜空のスポットライトに照らされているのは、古い社殿を囲み、奉るように咲き誇る向日葵たち。

 太陽と比べると儚げな光だが、それでも月と星の輝きを受けながら、幻想的なきらめきを放っている。


 とても、そう、とても綺麗な光景だった。

 そしてこれは、夜だからこそ見られるものでもあった。

 沙紀はまさか自分の神社にこんな場所があるとは知らず、思わず感嘆の声を上げ見入ってしまう。


「すごいでしょ?」

「はい、とっても!」

「隼人にも見せたことのない、ボクのとっておきなんだ」

「お兄さんにも? え……ぁ……」

「……あはは」


 春希は少し表情を陰らせ、力なく笑う。

 隼人の知らない、夜のこの場所を知っている……つまりはそういうことなのだろう。

 きっとここは、かつてのはるき・・・にとって特別な場所だったはずだ。


「……どうしてここを私に?」

「沙紀ちゃんだから」

「私、だから?」

「今の隼人・・があるのは、きっとあまり寂しい思いをしなくてすんだのは、沙紀ちゃんのおかげだから……だからね、見せたかったんだ」

「っ!」


 そして春希は真っすぐな眼差して見つめてくる。

 心の奥底まで見透かされていそうな、そんな瞳で。

 思わず息を呑む。


 あぁ。

 おそらくきっと。


 彼女には沙紀の抱えている想いがバレてしまっているのだろう。


 だけど、不思議な気持ちだった。

 恥ずかしくて仕方がなくて、本当は今すぐこの場を逃げ出したい。

 だというのに、妙に春希から目が離せない。

 ぎゅっと、拳を握りしめる。


 すると、春希はフッと表情を緩めた。


「ま、隼人は気付いていないみたいだけどね……っと、ここだっけかな?」

「ぁ……」


 そして春希は困った風に笑いながら身を翻し、社殿の裏手の床下を探る。

 朽ちた木剣、空気の抜けたボール、ピカピカの平たい石といったガラクタを、子供のオモチャを、宝物を取り出す。

 それらを前にして春希が呟く。


「ここさ、昔ボクたちの秘密基地にしてたんだよね。懐かしいなぁ、当時はこういうの好きで、夢中になって集めてたっけ」

「あ、あはは、子供がその、好きそうなかんじですね」

「でも、今の隼人が好きそうなものだとか、喜びそうなものってわかんないんだ。沙紀ちゃんはわかる?」

「ふぇっ!? ええっと、その……あぅぅ……」


 そして春希は立ち上がって振り返り、もじもじとスカートの裾の当たりで指を絡ませ、恥ずかしそうに頬を染める。


「8月25日」

「ええっと、それって……」

「隼人の誕生日。こないだ月野瀬に行った時にさ、相談があるって言ったよね? その、一緒に、隼人の誕生日プレゼント、作れたらなーって……」

「…………ぁ」

「ダメ、かな……?」


 一緒に。

 沙紀の気持ちを知った上で、一緒に。

 その言葉には、春希の色々な想いが込められており、春希が沙紀を認めて・・・いるという言葉でもあった。それが、伝わってくる。


 だから沙紀は目を大きく見開き揺らし、そして衝動のまま春希の手を取った。


「はい、お兄さんを驚かせましょう!」

「うん、よろしくね、沙紀ちゃん」


 そして胸に湧き起こった思いをそのままに謳い上げる。

 少女2人が手を取り方を揺らす。

 月と星の明かりの下、向日葵たちも風に吹かれ揺らめくのだった。

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